第17話「砂浜」

 今まで練習用のスタジオ予約やライブハウスへの出演依頼といったスケジュール管理は、直斗なおとが行っていた。だが、事務所を通してマネージャーが付くようになり、バンド活動の幅が広がった。

 大規模野外音楽フェス――といっても無料開放エリアにある小ステージだが――への出演が決まったのも、事務所へ所属した恩恵のひとつといっていい。

 青い空、白い雲、メイン会場のすぐ横には真っ白――、ではないが砂浜が続いていて、聞こえてくる音楽に合わせて海水浴客が踊っていた。

「あっ……ちぃなぁー」

 影三えいぞうが椅子の背にもたれたまま、呻くような声をあげる。用意されていた楽屋はテントのような簡易なで造りで、スポットクーラーと大きな扇風機がフル稼働していても、暑いものは暑い。

 他のバンドの演奏を見に行っていた泥谷ひじや浩也ひろやが戻ってきた。二人とも、頭から水を被ったようにびしょ濡れだ。

「いやー、あまりにも気持ちよさそうだったからちょっと泳いできちゃいました」

「は? 俺らこれから出番だぞ?」

「安心してください、ちゃんとシャワーは浴びてきました」

「そういう問題かよ……」

 コイツは時々突拍子もないことをするなと直斗が呆れていると、着ていたTシャツを絞っている泥谷の隣に立つ男と目が合った。タオルで濡れ髪を拭いている彼は、切れ長の目をしたなかなかの美男子だ。

「ところでえっと……、どちらさん?」

「俺です、浩也です。泥谷君が泳いでるのが楽しそうで、つい俺も一緒に……」

 そう言いながら前髪を下ろしてみせると、いつもの浩也が現れた。


 ライブ中は前髪をあげるようにマネージャーが浩也を説得して以降、女性ファンが増えた気がする。

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