頭の中で
ご飯のにこごり
声がする
頭が痛い。アルコールを飲んだわけでも、眠り過ぎたわけでもないのに。眠る前なにしたかも思い出せない。ぽっかりと記憶に穴が開いている。その穴は今も広がり続けて、あんなに抱えた思想も積み上げてきた知識も今では食い尽くされてしまった。
埋まらない欠落は焦燥となって私の頭を悩ませる。本を読んでも町に行ってもすぐにすべて忘れてしまう。空っぽでいつもより足取りも軽い。ただ頭の重さを除けば。
頭の中から音がする。話し声のような、波の声のようなざわざわ声。言葉は寄生虫となって頭蓋骨の内側で蠢いている。だけどその音も今では心地いい。脳のほとんどを食い尽くされたのか今は晴れやかな気分だ。心地がいい。チョコレートだってミルクティーだっていつもよりも甘い。本の文字だって踊りまわっていて楽しそうだ。鏡の中の男の顔だけは苦痛で歪んでいる。ああ、お前も笑えばいいのに。
頭が割れそうな心地よさで腹が減る。食べたそばから腹が減る。頭の中でまた声がする。
町に行こう。なるべく人のいるところに。人に会いたい。人に見てもらいたい。私がみんなの前で羽化するところを。見てほしい。
玄関を飛び出す足取りはいつもよりずっと軽やかだった。鏡には青い顔。浮足立って道を歩く。人だ。挨拶をする。また人。青い顔で元気よく挨拶をする。やがて大通りに出る。頭が割れそうだ。痛い。立ってられずスクランブル交差点の中心で倒れこむ。車も右往左往する。耳の外側からざわざわ叫び声が聞こえる。ビルに囲まれてエコーする言葉の渦に巻き込まれたクラクションとエンジン音が五月蠅い。目を閉じると静かで真っ暗だった。よく眠れそうで、眠った。やはり心地よい眠りがそこで待っていた。
おはよう。わたしの頭から蓋を開けて飛び出したそいつは騒ぐ人間たちに向かって挨拶をして笑いかける。背に負った虹色の羽でぐるぐると鱗粉をまき散らしてから、どこか遠くに飛び去って行った。そのしばらく後、町は綺麗な虹色の髪をして、虹色の羽のまるで妖精のような生き物で溢れかえった。
頭の中で ご飯のにこごり @konitiiha0
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