第四話 文芸部黒田香織 星川朝美

 五月さつき晴れの高校の登校時間。

生徒たちの挨拶の声が校内の廊下に響いていた。


「おはよう」

「おはようございます」

「オハー」


 学園の昇降口付近の下駄箱を通り抜け教室へ通じる廊下は生徒たちで混雑している。


 何人かの生徒が小走りに廊下を走っている。

後ろから教師が前の生徒を小走りに追いかけていた。

いつもの朝の光景にヒメは微笑んでいる。



 夢乃神姫、十七歳男子高校生、文芸部副部長。

ちょっとだけイケメンのよくある風貌の普通の高校生。


 本名は神姫と書いて、シンキと読む。

同級生は、からかって『ヒメ』とあだ名で呼んでいた。


 ヒメには、春に同じ高校に入学した妹の夢乃真夏が通学している。

子どもの頃からの仲の良い兄妹で、兄を追いかけての入学だった。



 ある日の下校時刻、ヒメが教室に忘れものを取りに戻った。

机の中に小さなメモが置かれていた。


 ヒメは教室を見回し誰もいないことを知る。

咄嗟に悪戯と感じて無造作に上着のポケットに隠し入れた。

ヒメは直感で行動するタイプだが無頓着な性格だった。


 翌日の夕刻。

下駄箱に通じる廊下の端に下級生の女子高校生二人がヒメをジッと見ている。

ヒメは、視線を避けながら、その前を素通りした。


 背後から女子高校生の一人がヒメに声をかける。

ヒメは驚いて条件反射で振り返った。

視線の先には後輩の女子高生が立っていた。


「夢乃先輩、こんにちは・・・文芸部一年の山白麗奈やましろれいなです」


ヒメは、いきなりにびっくりしながら答える。


「あっ・・・はい、こんにちは山白さん」


もう一人の下級生がヒメに話かけた。

「先輩、初めまして、麗奈と同じクラスの黒田香織くろだかおりと言います。

ーー ちょっと、お話があって」


「初めまして・・・・・・夢乃です。

ーー 僕で・・・・・・分かることなら・・・・・・」


「実は、私も文芸部に入部したいんですが・・・・・・」

と、黒田は言葉尻をにごした。


「黒田さんが問題なければ、僕はいいと思います」

「狭い部室ですが、まだ空席も多いので大丈夫ですよ。

ーー ね、山白さん」

と部員に言葉を振った。


「はい、先輩、ありがとうございます。

ーー 実は、もう一つあるんです」

と山白が言った。


「先輩の誕生日とラインを聞いて欲しいと

ーー 同級生に言われたんです・・・・・・」

頬を紅潮させながら、山白は続けた。


「クラスメイトの星川朝美さんです。

ーー 占いに凝っていて先輩の占いをしたいそうです・・・・・・」


「山白さん?占いって、どんな占いですか」

「四柱推命」

と麗奈はハッキリと答えた。


「星占いのような占いですか?」

「お誕生日が必要になる占いと、朝美から聞いています。

ーー 星占いとはちょっと違う占いのようです。

ーー 私も詳しくはありません」


「そうですか、山白さんのお願いと言うことなら」

と呟きながら、ヒメはおもむろに鞄から紙を取り出した。

誕生日を書いて、部員の山白に渡す。


山白は大きな声で

「先輩、ありがとうございます」


もうひとりの黒田も

「ありがとうございます」


 女子高生二人がヒメの前から立ち去った。




 廊下の先からヒメの前に女性医師が通りかかる。

彼女は保険室のマドンナと生徒たちから呼ばれていた。


 ドクターアルファの有名女優、麦梨良子と同姓同名だ。

容姿もとても似ていて学校の女医には見えない。

男子学生の間では、いつも本人じゃないのかと話題にされている。


 ヒメも心の中でひとりごと

「保険室、悪くないかも・・・・・・」

と、含み笑いを浮かべた瞬間、

目の前の景色が黄色くなって体が浮いたような気がした。

ヒメの意識が緩やかに遠のいだ。




 ヒメの目の前には、きらめく光の洪水が広がっている。

ダイヤモンドダストに似たキラキラの光にヒメの意識が包まれている。

美しい光のもやが視界を遮り場所が分からない。


心の中でヒメは呟く。

「ここは、どこなんだ・・・・・・」


何かの音が時より聞こえている。

「ボワン、ボワン・・・・・・」


 寒暖は感じ無いのに、音と光だけをヒメは感じて夢心地な気分を感じていた。




 ヒメが気付くと目の前に金髪と銀髪の背の高いすらっとした女性が二人いる。

どちらもファッション雑誌のモデルのように美しい。

純白のスカートスーツの上で長い髪の毛が輝いていた。


金髪の女性の方がヒメに話しかけた。


「スーツをお選びください。

ーー どれも差し上げている高級スーツです」


「そうなんですか。夢のようなお話ですね」

と、ヒメが金髪の女性に答えた。


ヒメは心の中で[多分、夢]かと呟く。


 もう一人の銀髪の女性が手招きしながらヒメを別の場所に案内した。


「ベルトと靴をお選びください」

と言いながら


「これ、夢じゃありませんわよ」

とヒメに言った。


ヒメは、その女性に尋ねてみた。

「ここは、何処なんですか?」


銀髪の女性は答えた。

「申し遅れました。

ーー 私たち二人はあなたの女神を担当しています」


ヒメはびっくりしながら

「じゃあーー僕は、死んでここにいるんですか?」


銀髪の女神が説明を続けた。

「いいえ、生きています」


「稀に選ばれた心のピュアな方だけが、

ーー 天上界で予行練習を体験されて現世うつしよにお帰りになられます」

 

 二人の女神は光の彼方に消えて光になった。




 ヒメが保険室のベッドの中で目覚めると白いカーテンから夕日が差し込んでいる。

意識がハッキリする前に麦梨良子に似た女医さんを見たことを思い出した。

ヒメの頭の中は、まだ混乱している。


「目覚めましたか」

と言うと、女医が一方的に説明を始めた。


「私の前であなたが急に倒れて・・・・・・。

ーー 近くにいた男子生徒に手伝ってもらって保険室に連れて来ました。

ーー 幸い怪我もしてなくて良かったわ」


ヒメは、ボーっとした頭で、

「先生、ありがとうございます」


「夢乃さん、もう少し休んだらお帰りになって大丈夫ですよ」

「先生、軽い貧血ですから心配ないと思います」


「夢乃さん、明日も保険室に寄ってくださいね」

女医は、一言言い残して保険室を出て行った。


 ヒメの願いが目に見えない無意識の作用によって実現された。


 保険室にいたのだがーー ヒメは気付いていない。

光と女神の夢もヒメは忘れていた。

果たして夢だったかもあやしい。


 ヒメは、最近、変な夢ばかり見ている。

無意識と対話をしながらひとり言を言って体を起こした。


 日没前の学校に教師や生徒の姿はまばらだった。

日中の学校の賑やかな光景は影を潜めている。

ただ薄暗くなった廊下が静寂に包まれていた。

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