第三話 昼間夕子 文芸部顧問

 文芸部顧問の昼間夕子は久しぶりに隣町から電車で移動して来た。

冬の江ノ島旅行が白日夢のように思い出される。


「小説家の悪い癖だな・・・・・・。

ーー 電車の窓の外にはひらひらと小雪が風に舞っていた。

ーー 車窓から見えた丹沢の山々も綺麗だったけど寒かったな。

ーー 冬の寒さを保存して夏に持って行けたらいいのに。

ーー 科学は出来ないのかしら」


と、頭の中で思考を巡らせていた。


「まぁ、今度は取材旅行でもしてみよう」


夕子の何時いつもの長いひとり言だった。


「さて、久しぶりに本屋でも寄って、

ーー 現物のエゴサエゴサーチでもしよう」


 神聖女学園に通じる沿道の左側にある大きな書店に寄ることにした。

入り口の自動扉を通りエスカレーターを上がった。

左手の突き当たりを左に進んだ記憶を頼りに店内を歩いている。


 昼間夕子は淡いグリーンのジャケットに白いスカートで薄いピンクのシャツを着ている。

シャツ同じ色の大きなサングラスを掛けていた。


「先生、先生、先生!」


「おー日向か、奇遇だなー、よく会うな」


日向黒子ひなたくろこは神聖女学園文芸部の二年生。

ーー 顧問が昼間夕子古典教師だった。


「はい、先生、入学前にこの書店で出会って以来です」

「そうね日向、あれから二年って、あっという間だったな」


「ところで、先生は何か探し物ですか」

「ああね、三日月未来の最新刊をね」


「先生、それなら、この先の棚の端に積んでありましたよ」

「日向は、相変わらず詳しいな」


「三日月先生のファンですから、

ーー 最新刊をさっき購入したばかりです」

「あら、三日月先生も日向のようなファンがいて幸せね」


「ところで、日向、今、時間あるか」

「はい、先生、ありますが」


「いや、のどかわいてな、お茶でもと思ったの」

「このビルの上にカフェがありましたから、

ーー そこは如何いかがですか」


「じゃあ、日向、行こうか」

「ところで先生、本はいいのですか」


「日向の感想で十分だから、今日はやめておこう」


 二人は、エスカレーターを乗り継いで最上階のカフェの入り口に着いた。




「日向には、いつも世話になっているから先生がご馳走する。

ーー 食べたい好きなものを注文しなさい」

「先生、お世話になっているのは私の方ですが」

日向と昼間の思いがすれ違っていたが、二人は笑った。


「まぁ、いいから好きなのを選んで」

「先生のお言葉に甘えて、ケーキセットにします」

「じゃあ先生も同じのにしよう」


「ところで、日向、新人の夢乃と白石はどうだ」

「お二人とも真面目ですから、心配ありませんわ」


「それなら良いが、ちょっと難しい仕事をお願いしたので気になってな」

「先生の杞憂きゆうですわね」


「そうか、じゃあ、日向、

ーー 三日月未来の最新刊の感想を今度聞かせてくれるか」

「私の感想でよろしければ、お伝えしますが」

「ありがたい・・・・・・」




 帰宅部と変わらない部活は珍しくない。

文芸部もしばりはなく、集合して解散が恒例となっていた。

活動日は文芸部顧問の都合で週一の水曜となっている。


 そんな文芸部に新人、川神遙かわかみはるか 山白麗奈やましろれいなが入部することになった。


 顧問の教師は二十代の美人教師、昼間夕子先生だ。

かなりいい加減な性格で、滅多に部室に顔を出さない。

年度初めもあって今日は昼間が出席している。


 上級生が卒業して三人となった文芸部に新入生が二名入って再び五人となった。

部活の最低人数をクリアして安堵した昼間夕子。

狭い部室には、部員と教師が向かい合って座っている。



「みなさん、今年も文芸部顧問に決まった昼間夕子です。

ーー 今日は新入生が二名入部して来たので、

ーー 顔合わせを含めて、部長と副部長を決めることにしましょう」


「昼間先生、部長は前任の部長推薦で、

ーー 三年の日向さんと聞いています」

と夢乃が告げた。


「そうね、夢乃君、私も日向さんで賛成です。

ーー じゃあ、日向さん、自己紹介をお願いします」

と言って、昼間は腰掛けた。


 日向は、立ち上がって大きな声で話始めた。


「部長に選ばれました日向黒子です。

ーー 一年間、よろしくお願いします。

ーー 副部長を二名推奨します」

ーー 二年の白石陽子さんと

ーー 同じく二年の夢乃神姫君でお願い致します」


 少人数の文芸部では、誰が欠席しても支障のない体制が取られていた。


「日向さん、私も承認します」

と昼間先生。


「では、白石さんと夢乃君の順で挨拶をお願いします」

と日向が言って座る。


「日向部長に紹介されました、白石陽子です。

ーー 今後とも、よろしくお願いします」

「同じく日向さんに紹介された、夢乃神姫です。

ーー みんなヒメと呼びます」

と言うと部室に笑い声が広がった。


「昼間先生、新入部員の紹介をお願いします」

とヒメは言って昼間先生にぺこり。



「そうね、私から紹介しましょう」

ーー じゃあ川神さんと山白さんの順で、

ーー 簡単な挨拶をお願いします」

と言って昼間先生はノートを閉じた。


「はい、一年の川神遙かわかみはるかです。

ーー 詩が大好きで入部しました。

ーー よろしくお願いします」


「川神さんと同じクラスの山白麗奈やましろれいなです。

ーー よろしくお願いします」


 顧問の昼間先生は、立ち上がると

「日向さん、自己紹介も終えたので、

ーー 部員リストと部室の鍵を、あとで職員室に届けてください。

ーー そして、今日は解散しましょう・・・・・・。


ーー 次は、来週の水曜ですが私は用事があるので、

ーー 皆さんで何か今年のテーマを決めてみて、

ーー その次の週に私に教えてください」

と言って付け加えた。


「そうね、竹取物語とか、和歌とか、色々あるでしょう・・・・・・」

昼間先生は部室をあとにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る