同窓会と恋煩い 前編

 おいしかったナポリタンハンバーグ載せの味を、そろそろ忘れかけている頃。その日は夏場でじめじめむしむししている日だった。

 アスファルトの上を歩いたら照り返しに焼き殺されるという具合でとてもじゃないけれど歩けるわけがなくて、地下に潜り地下の吹き抜ける風のおかげでどうにかやり過ごしていた。


「はあ……次はと」


 会社の用事で、常連の元へと足を運ぶ。

 今時なんでもかんでもネットでやり取りをする、カメラ越しでやり取りをするっていうのが多いんだけれど、立地を直で見る。お客さんの雰囲気を自分で見る。最近の要望を直接聞く。昔ながらのやり取りで得られる情報量を思うと、全部をネットオンリーにしてしまうのは危険だなと思う。

 私は常連さんの要望を聞いてから、それを会社のパソコンにメールで送信し、ようやく今日の仕事は終えられそうだなと思いながら、地下から帰ろうとしている中。

 ずいぶんと綺麗な女の子が、途方に暮れた顔でビルを見上げているのが見えた。大学生か、新卒かくらいかな。栗色に綺麗に染めた髪をハーフアップにし、清楚なカットソーにスカンツを穿いている。足下はフェミニンなデザインのスニーカーで、全体的に綺麗めファッションと言ったところか。

 以前に泉さんに注意されたところだもんなあ……ナンパと気付かないのはよくないって。でも、あの子若いし。

 最近はネズミ講や宗教勧誘もネットが中心になっているらしいから、この子は違うと思うんだけど。私は声をかけるべきかかけないべきか迷った。

 そんなところで、若い男の子が先に声をかけた。

 迷子を助けるんだろうか。そう思っていたけれど、明らかに綺麗な女の子は腰が引けてしまっていた。周りに助けを求めるようにきょろきょろとしているけれど、周りは「関わりたくない」という雰囲気でさっさと立ち去ってしまう。薄情。

 もし生まれも育ちも大阪の多岐川さんだったらどうするだろうと思ったら、彼女はスマートに「ごめんね、待たせたー? あら、彼は誰?」と言って、さっさと彼女と待ち合わせしていたふりして逃げるだろうなあと思い至る。

 ……よし。私はそう思ったら、「ごめんなさい! 待ちましたか!?」と彼女に声をかけた。若い女の子は少しだけほっとした顔を、対して若い男の子は唇を尖らせる。


「もうそろそろ舞台はじまっちゃうから、このまま走れますか?」

「は、はい……!」


 そのままこの場を後にしようとしたものの、若い男の子はまだ諦めてはいない。


「あの、彼女に声をかけたのは俺が先で……」

「すみません、チケット争奪戦に勝って取ったチケットなんです。これに遅刻したら次、こんないい席を取れるかどうかわかりませんけど、チケット代弁償できるんですか?」

「……っ」


 男の子は、「弁償」という言葉に怯んで、そのまま退散してしまった。それに女の子は心底ほっとした顔をした。


「ありがとうございます……」

「いえいえ。こちらこそしばらく見ててすみません。捜し物ですか? もし場所がわからないんでしたら、そちらに観光案内がありますけど……」

「い、いえ……たしかに久々に帰ってきてずいぶんと綺麗になっていてびっくりしましたけど、それでもここ梅田ですもんね? それに位置自体はそこまで変わってないので、自力で行けます」


 ああ、地元の人か。だとしたら、私またも余計なお世話だったかな。

 立派な大阪人には程遠いなと反省しつつ「それでは……」と言おうと思ったものの、彼女が口を開いた。


「あの、第一ビルまで、着いてきてもらってもいいですか!?」

「え?」


 梅田の駅前には第一ビルから第四ビルまでが存在している。どうしてそんな名前なのかは私も知らないけれど、地下で数珠つなぎになっているとはいえど、あの辺りは初見殺しにも程がある立地となっている。

 ちなみにこのビル群の地下は、梅田でも有数の食い道楽の場所として有名で、入れ替わり立ち替わりおいしい店が入っては去るという弱肉強食の舞台と化している。

 大阪に久々に帰ってきた人が、そんな場所になんの用なんだろう。私はあまりにも不安そうにしている子を見ていたら、なんだか「観光案内にどうぞ」なんて言って逃げるのも忍びなくなり「そこまででしたら」とだけ言って、一緒に行くことにした。

 泉さんに知られたら、「また騙されたんちゃうのん?」と呆れられそうだなあと思いつつ、彼女と歩いて行った。


****


 改装工事が進んでいるところは、全体的に透明感のある色をして、どこもかしこもピカピカとしているのに対して、駅ビル群に向かう道は未だに少し埃っぽい色をしていた。

 多岐川さん曰く「老朽工事をしないといけないんだけど、全部をいっぺんに工事したら、地下なんて完全閉鎖。大阪で仕事している人も住んでいる人も生活が成り立たなくなるから、少しずつしていくしかないの。だから工事が全然終わらないの」ということらしい。

 この辺りも工事をするのかなと思うと、少しだけ落ち着かない。


「ところで、私は第一ビルって、ご飯の店舗しか知らないんだけれど、なにかあるの?」


 聞くと、彼女はピクンと肩を跳ねさせた。


「……同窓会が、あるんです」

「あら。だからか」

「えっ?」

「綺麗な格好をしているから、なにかあるのかなと思ってました」


 私がそう素直に言うと、彼女は照れたように「ありがとうございます」とはにかんだ。可愛いなあ。そう思ってこちらも釣られて顔を綻ばせていたら、彼女は続ける。


「高校の同窓会で……本当に久々なんです」

「あらら……」


 私の中では、大学ならともかく、高校の同窓会というのはちょっと意外だった。

 どうにも大学のときは、自分で選んで行くからこそ、人間関係もそれなりにまとまっていて、今でも付き合う子が多いのに対して、高校時代の人間関係って、割と大人が勝手に決めた枠組みが多いから、高校を卒業したら切れていることが多い印象だった。

 まあ、この辺りは人にも寄るんだろうなあ。私がそうしんみりと思っていたら、彼女は歩く。


「私も高校の同窓会で行くかどうか迷っていたんですけど……でも、今回の同窓会の幹事が……」


 途端にうっすらと顔を赤らめさせてしまった。

 そこで私は彼女の格好や年齢を思って、気付いてしまった。

 ……同窓会に行くんだったら、友達に一番いい服を見せるって意気込みで行くけれど、彼女の格好は友達用とはどことなくずれている。これは。


「元彼さんとか?」

「ち、違いますよ! 付き合ってはいませんでした! ……気になる人だったんですよ」

「あらあらあらあら……」


 完全に下世話な声が出てしまった。やっぱりかあ、高校時代のときに気になる人だったら、そんな格好になるよなあ。なによりも彼女、まだ若いもの。私の年だったら、既に結婚とかの話が出てきてしまうけれど、彼女の場合はまだそんなこともないだろう。

 彼女は顔を真っ赤にさせて続ける。


「……友達に言ったら、十中八九からかわれるんで、言えなかったんです」

「応援してもらえなかったの?」

「高校時代って、恋愛って空気じゃなかったんで」


 まあ、たしかにそうか。今の人間関係を崩したくないって思ったら、惚れた腫れたが発覚しても口にすることを躊躇う。一対一だったらともかく、女子同士の結束力は時に頼もしく時におっかない。

 上手くいった場合は周りが祝福してくれるだろうけれど、上手くいかなかった場合は周りが相手を攻撃する……世間一般ではないけれど、とにかく思い込みの強い高校生の女子になったら、そんなことも悪気なくしてしまうんだから、迷惑かけられないと思ったら、好きと口にすることすら躊躇うんだよなあ。


「でも、どうして私が付き添いに?」

「……私を見張って欲しかったんです。根性なしなんで、誰かに見張られてなかったら、そのまま約束のレストランに着いても、中に入れずに逃げ出しそうなんで」

「ああ……だから第一ビルだったんだ」


 あの辺りの店を貸し切りにしていた訳ね。なるほどなるほど。

 彼女も、全くの赤の他人の私だから言えたのだろう。とつとつと語り出すのは、聞いているこっちが洗浄されてそのまま流されてしまいそうな思い出だった。


「……見ているだけでよかったんです。本当に真面目で頭もよくって、国立大に現役合格するような人だったんで。それに、優しかったんです……一緒の委員会活動のときも、なにかとよくしてくれて。本当にいい人だったけど、卒業式のときは未だに彼は試験が終わっていなかったから、SNSやアプリのIDすら交換できなかったんです」

「そう……」

「……私が地元を離れていたから、変わっているかもしれませんけど、せめてひと目会ってみたかったんです。幻滅するかもしれませんけど……」


 ポジティブに「会いたい」だけで済ませればよかっただろうに、彼女は迷ってしまったんだろうか。だんだん、何度も通ってきた道に差し掛かってきた。

 ふつりと喧噪が消えたかと思ったら、人通りのない道へと入っていた。

 しばらく地元を離れていて、久しぶりに大阪に来たと言っても、さすがに違和感を覚えたんだろう。突然人がいなくなったことに、彼女は不安げに辺りを見回した。


「あ、あの!? 私たち……駅ビルに向かってましたよね!?」

「そのはずなんだけど……ああ、噴水」

「あれ? ……泉の広場って、もうなくなったはずですよねえ?」


 地元を離れていたとはいえど、さすがに噴水が撤去されたことは既に知っていたみたいだ。そして。

 いつものように迷宮喫茶も営業している。

 ……私、最近迷子を案内してばかりな気がする。私は「すみません、駅ビルってどっちですかー?」と言いながら、いつものようにブリキの看板の店の扉に手をかけていた。

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