第3話 小さな村に生まれた勇者様 ①


 勇者が生まれてから十日。勇者はもう二足歩行ができる。勇者は真っ白い綺麗な布を身にまとい、一人瓦礫だらけの村を歩いていた。


 魔族の攻撃により村人は数十人が犠牲になり、数十人以上が行方不明、生き残った他の村民も大なり小なりけがをしていた。十日程度では、その身の傷すら治ることはなく、ましてや心の傷など治るはずもなかった。勇者は小さな歩幅で村の外れにまで歩いて行った。村の外れの被害は特にひどかった。死亡した村民のほとんどがそこに住んでいる者だった。建物はそれがどのような形で立っていたのかもわからなくなるほどに無残な姿となり、その瓦礫の下にはおそらく見つかっていない人の半分ほどが埋まっているだろう勇者は考えていた。そして、もう半分の行方不明者はもう見つかることはないだろうとも。魔族は人間の骨すら容易にかみ砕き食べつくすのだから。


 この村はずれには人はほとんど来ない。まだ、ここに来れるほど精神的にも肉体的にも回復している人はいない。小さな教会にも人はおらず、女神さまの像がその中にはあるだけだった。勇者は瓦礫を一つずつどかしていった。小さな手で体よりも大きな木の板の端を掴みゆっくりと引きずりその下に誰かが埋もれていないのか探した。魔力を込めれば、赤子の身体でもその程度のことはできた。また一つ、また一つ。ゆっくりと小さな体ゆえ時間をかけながら瓦礫をどかしていった。


 どれだけ勇者がそうしていたかはわからない。瓦礫の下に初めて人を見つけた。もうこと切れていた。勇者はその死体を優しくそうっと傷がつかないように丁寧に引きずり、教会の前に広がる緑の上に寝かせた。自分の着ていた布をちぎり、顔に被せ、できる限りの外傷を手当てした。ひとしきり作業を終えたら、手を合わせて、目を瞑った。ずっとそうして。また立ち上がる。今度はその死体があった周辺の瓦礫を重点的にどかしていった。小さな絵を見つけた。濃い茶色の木製の額に入れられた、女性が子どもを抱いている絵。ガラスの部分は割れている。裏面にはご丁寧に二人の名前が書かれていた。愛しいアンナ、可愛らしいアン。将来はアンナ以上の美人になるな。絵を描くことが好きな男性がいることを勇者はキリエに聞いていた。結婚もしていて、子どももいるらしい。オレンジ色の髪をした可愛らしい女の子だ。その絵を死体の手に持たせて、手をお腹の辺りに置いた。また、勇者は手を合わせる。


「アンナさん」勇者はつぶやく。


 また、瓦礫をどかす。教会から鐘の音が鳴った。ゴーンッ。


 鐘の音が鳴ったら家に帰ってきなさいと、キリエに言われていた。勇者は作業を一旦中断して、集めた瓦礫を魔法で燃やした。死体には腐らないように防腐の魔法をかける。魔法や聖剣を出すことは赤子の身体でもできた。体力が搾り取られるが、それは我慢できる範囲だった。


 勇者は来た道をゆっくりと歩いていく。そのあまりにも小さな歩幅を確かに帰ってきた懐かしの大地に刻みながら。人一人ともすれ違わない。皆、家に壊されなかった家の中にこもっているのだ。身を寄せ合い、その静かさがまた壊されるかもしれないという恐怖に包まれ眠れぬまま、せめてもと生きた人の温もりを感じている。勇者は一人で薄暗い世界を進む。


 アネモネ、クズハ、セイメイ、みんなは墓の中で眠ることはできたのだろうか。せめてその墓の前で手を合わさせてくれ、と勇者はそう思う。この村の住民たちにもそれと同じ感情を抱いている。教会も手を合わせるという行為も、死んだ彼ら彼女らの為ではない。自分のためだ。自分が少しでも救われるためのものだ。言い訳のようなものだ。でもその行為を勇者はきっと誰よりも大切にしていた。もし、天国というものがあるなら、一時だけでもこの世の景色が見える瞬間が無の中にあるのなら、その時自分のいた記憶という証を抱いて、会いに来てくれる人がいることを知ってもらえるように。それが、あなた方にとっても救いとなっていたら、勇者にとってそれほど喜ばしいことはない。何度も死んだことがある勇者。天国など行ったことがない。一時、はたまた途轍もない時間の無は無でしかなく無ゆえに――。そんな勇者だから、彼はそれを願うのだ。信じているのだ。夢を見ているのだ。


 扉を叩く。しばらくするとキリエが出てきた。「おかえりなさい」キリエは優しく微笑んだ。勇者は小さく頷く。キリエに抱きかかえられて、子ども用の椅子に座らされる。キリエはテーブルをはさんで向かいの椅子に座り頬杖をつく。


「今日は、何をしてきたの?」目を細めながら言った。


 勇者は小さな手でペンを持つ。顔をよりも大きな真っ白い紙を自分の前に置く。ペンを走らせた。


(むらのはずれにいってきた。がれきをどかして、ひとをさがしてた。ひとりみつけたからきれいにしてきょうかいのまえにねかせた)


 勇者はそう紙に書いた。勇者は母親の前では喋らないようにしていた。その理由は勇者自身にもわからなかった。なんとなく喋りたくなくて、文字で伝えたり、目で伝えたり、その形がものすごく落ち着いて安心した。漢字など細かい字を書くのはまだ時間がかかってしまうので、ひらがなで言葉を綴り、キリエと意志の疎通をしていた。


「どうして、あなたはそんなことをするの?」


 勇者はまたまん丸の手を必死に動かした。


(やらないのはちがうとおもう。やったところでなにもかわらないけど。ほんのすこしだけ、すくわれるようなきがする)


「それは、あなた自身が?」


 勇者は頷いた。


 キリエは微笑み、勇者の小さな頭を撫でた。「あなたはとても優しくて、


 キリエは続けた。


「何も変わらないわ。私はあなたのことを知っていって、あなたは私のことを知っていくの。そうやって、家族になるの」


 キリエはそれから勇者に、シダルケという男の話をした。あなたのお父さん。体がとても大きくて村一番の力持ちだった。いつも笑顔で、常にふざけているような人。あなたと一緒で、とてもやさしい人だったわ。何かできることはないのか、そんな風な目で人のことを見る人だった。でも、あえてしないことも知ってる強い人。出来ないことと、できるけどしてはいけないことがわかる人。そんな彼だけど、時々静かに物思いにふけっている


 ことがあったわ。暖炉の日の前でぼーっと、何かを見てた。時々涙を流すこともあったけね。私はそんなシダルケを少し離れたところから眺めることが好きだった。何を考えているんだろうって。きっととても優しいことよ。一度だけ、聞いてみたことがあるの。何を考えているの? ってね。ずっとずっと、先のことだよ。彼はそう言ったわ。ずっとずっと先のことを考えると、優しくなれるような気がするんだ。例えば、俺は何かの事情で息子の顔をまだ見れていないかもしれない。でも、いつかどこかで出会うんだ。顔も知らないその子と。俺はすぐにその子が自分の息子だとわかる。でもまた事情があって、自分の正体は明かせない。だから小さく、君の名前を呼ぶんだ。君に気が付かれないように。たまらなく、嬉しい。俺は、君を見つけることができたんだから。続けてそう言ったの。不思議な人でしょ? おかしな人なのよ。でも大切な人。私が一番、大好きな人。


「明日は、私も一緒に瓦礫を片付けに行くわ。だってあの人ならきっと、一人きりでもそうするもの。あなたみたいにね」




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