第28話「かわたれどき」

 謎解きはあっという間に進んでいく。浩也ひろやが「第二の故郷」と豪語するだけあって、ライブハウス内の違和感に気付くのが早かったからだ。最終的には、音響ブースのカセットデッキから出てきたメモ紙をヒントに、ステージ床に貼られたビニールテープのマーキングがある場所を調べて、床下のスイッチを押すことで、バーカウンター奥にある扉が開いた。

――ステージ横の扉は、結局何をどうやっても開くことはなかったけれど。

「ここが最終ステージ。とはいっても謎解きは無いんだけどね」

 そこは鉄道の駅だった。ただし、まりのがうたた寝していた間にたどり着いていた地下駅とは違い、一本しかない線路のすぐ横に、海が広がる小さな無人駅だ。駅のホームには青い列車が停まっている。乗車口は開いていて、いつでも乗ることはできそうだ。

 まりのは視線を駅から外に向ける。暗い空には星が瞬いているが、水平線のあたりはうっすらと明るくなっていた。

「夜明け前……、確かこういうのを『かわたれどき』って言うのよね」

「かわたれどき?」

「すぐ近くにいる人の顔もよく見えなくて、『あなたは誰?』って尋ねるような、そんな薄暗い空って意味らしいわ」

「そっか。まりのちゃんは物知りだね」

 浩也は目線が合うように、まりのの頭を抱え上げた。

「どう? これなら『彼は誰?』なんて尋ねなくてもよく見えるでしょ」

「ちょっ……、もう! 近いわよっ!」

 前髪の隙間から覗く浩也の目が、真っすぐにまりのを見つめているのがわかる。まりのは顔を逸らすことも出来ず、ただただ視線を彷徨わせることしか出来なかった。


「この列車に乗ればこのゲームはクリア。ゲームだと、夜明けを走る列車のエンディング画面になるんだ」

「そう……、じゃあ、あなたはこれで元の世界へ帰れるわね」

 自分は恐らく、帰れたとしても無事ではないだろう。何せ首から下がないのだから。とはいえその事を浩也に告げる気にはならなかった。

「どうして? まりのちゃんも帰れるよ。自分の世界に」

「だって無事に帰れたとしても、あなたとはもう……」

「そうだね、ここを出たらもう二度とまりのちゃんとは会えないかもしれないね」

 浩也は視線を巡らせる。青い列車、次第に明るさを増していく水平線、そして――、椿の花を髪に飾った生首だけの女の子。

「でも俺は忘れないよ、まりのちゃんのこと。一緒に『エスケープ・ザ・ルーム』を攻略した相棒のことをね」

「ありがとう、私も忘れないわ。だって私――」

「『記憶力には自信があるの』だもんね」

「もうっ! 先に言わないでよ!」

 彼誰時かわたれどきの空に、二人の笑い声が響いた。

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