第22話「呪文」

 部屋の謎解きは一旦休止して、和室にあった座布団に浩也ひろやは腰を落ち着けた。まりのは、座卓の上に座布団を三枚重ねた上に頭を乗せて向かい合っている。

「一体どういうことなのかしら」

 今の自分に身体があったなら、首を傾げていただろう。

 自分に関する記憶はどんどん曖昧になっているまりのだったが、浩也が捕らわれていた『うさぎの穴』の世界を覗いた時のことは覚えていた。手袋をはめた手をこすり合わせながら駅へ向かって歩いていたこと、吐く息が真っ白だったこと。しかし浩也にとっては、「ようやく夏の暑さが収まった」頃のようだ。

 浩也のことについても、大晦日の歌番組は毎年見ていたのだから、出演したバンドの名前に聞き覚えがあってもよさそうなのに、まりのにとっては初耳だった。いくら芸能界に疎い自覚があるとはいえ、何かがおかしい気がする。

「ねえ、他にもっと、誰でも知ってるような事件とかないかしら。それこそ富士山が爆発した! みたいな」

「さすがに富士山は爆発してないけど、そうだな……、正確な年は忘れちゃったけど、今から十四、五年くらい前に関西で大きな地震があったよ。俺はその頃中学生だったけど、テレビでずっと被害のこと放送してて、大変なことが起こったんだなって思ったのを覚えてる」

「そのくらい前だと、私は二歳くらいかしら。……そんな大きな地震があったなんて、聞いたことないわね」

 部屋の中にしばしの沈黙が訪れる。

 浩也が思っていたよりも年上だったことに驚いたが、話が逸れそうだったので触れるのはやめておいた。ともあれ、共通することは多いものの、ところどころ違和感がある。浩也が当たり前のように使っている『座標バグ』だとか『ググった』という言葉も、まりのにとっては知らない何かの呪文のように聞こえるのだ。

「うーん、つまり俺とまりのちゃんとでは、帰る世界が違うってことなのかな」

「そうなのかも、知れないわね」

「でもまあ、帰るところが違ったとしても、この場所から脱出しようって目的は変わらないんだし、今は取りあえず先に進むことだけ考えておこうよ」

 そう言うと、浩也はまりのの頭を持ち上げた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る