第21話「飾り」

 まりのは昔から、他の人には見えないものが視えた。まりの自身は『うさぎの穴』と呼んでいた空間の裂け目、その先にあるここではない『異世界』。色鮮やかな金魚たちが悠々と泳ぐ空、喋るキノコの優雅なお茶会、砂漠の彼方にそびえ立つ宝石の塔、如雨露で虹の根元に光を注ぐ女神様……。しかしあの時、『うさぎの穴』からの視たのは部屋に捕らわれていた浩也ひろやの姿を見つけ、助けなければと『うさぎの穴』に首を突っ込んで、そして首だけになってしまった。名前も思い出せなくなってしまった自分に、「まりの」という名前を付けたのは浩也だ。ちなみにその名前はどこから出てきたのか由来を尋ねたら、「好きなバンドの名前」ということだった。


 * * *


 鮫が床上をぴちぴちと跳ねる姿を横目で見ながら通路を進み、扉を開いた先は――、和室だった。

「この唐突な場面転換にも、すっかり慣れたわね」

「畳の上を靴で歩くの、何だか凄く悪いことしてる気分になるなあ」

 浩也は遠慮がちに部屋内に足を踏み入れる。床柱は何やら規則性がありそうな凸凹があり、違い棚には香炉が置いてある。床の間には立派な生け花が飾りつけられていて、奥の壁に掛け軸が吊されている。意味ありげな欄間らんまの模様、簡単には開いてくれなさそうな襖、生けられているのは梅に桜に藤に菊、それに竜胆と、季節感がバラバラだ。

「部屋を見てまず『ここではどんな謎解きをするのか』って考えるようになっちゃったわ」

「まりのちゃんも、気がつけば立派なゲーマーだねえ」

 好き好んでそうなった訳ではないのだが。

「ところで、掛け軸に書いてある『時の花を挿頭かざしにせよ』って、どういう意味なのかしら」

「ああそれ? 前にググってみたら、その季節に咲く花を飾りとするように、時流に乗ってこの世を渡るといいよって意味らしいね。挿頭ってのは、今のまりのちゃんが椿の花を髪に挿してるみたいなのを言うらしいよ」

『ググってみた』の意味はよくわからないが、挿頭とはかんざしの語源でもあるらしいとの解説に、まりのは感心するように息をつく。

「じゃあ、この言葉も謎解きのヒントだったりするのかしら」

「いやそれが、何の関係もないんだよね。裏にある棚を隠すために掛け軸が掛かってるだけだし、生け花に関しては本当にただの飾りなんだ」

「なんだ、単なる引っかけなのね」

「それとも、まりのちゃんの髪に季節の花を挿してみたら、隠し部屋へのフラグが立つのかな。今は秋だから竜胆とか……」

「何言ってるのよ、この間新年迎えたばかりじゃない」

「えっ?」

「えっ?」

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