第20話「たぷたぷ」

 鉄格子で隔てられた先は下り階段で、地下へと降りた先にはそこそこ広い空間が広がっていた。しかし、壁沿いにぐるりと通路が取り囲んだ中央部分が水没していて、浩也ひろやの腕で一抱えもありそうな木製の樽が飛び石のようにいくつも水面に浮いている。

 今いる場所から通路の反対側に扉があるのだが、通路の途中は木箱やワインボトルが横倒しに積まれていて、通るのは難しそうだ。

「ねえまさか、あの樽の上を跳んで渡るとか言わないわよね」

 水面をたぷたぷと漂うワイン樽を見ながらまりのは恐る恐る尋ねる。

「やってもいいけど、その場合、水面からいきなりサメが飛び出してくるんだよなぁ。つまりビックリポイントってやつだから、まりのちゃんは驚かないようにね」

「はっ? サメ? サメってシャークのサメ? なんで洋館の地下にサメがいるのよ」

「いやまあ、サメって大体理不尽な登場の仕方するもんだし。それにここ、脱出ゲームだからねえ」

 ゲームの世界に整合性を求めてはいけないのかもしれないが、唐突に鮫の存在を告げられて、まりのは戸惑うばかりだ。

「サメについては考えるのをやめておくわ。でも、このままじゃ向こうの扉まで辿り着けそうもないわよね。どうするの?」

「さっきの部屋でバールのようなものを見つけたでしょ、それをここで使うんだ」

「バールのようなものじゃなくてバールそのものじゃない。使うってどんな風に……きゃっ!」

 浩也は、右手に握ったバールを振り上げたかと思うと壁に叩きつけた。派手な音がして壁の一部にヒビが入る。そのまま二度三度と叩きつけると、壁が崩れて人が辛うじてくぐれるくらいの穴が開く。穴の奥にはまた別の通路があった。

「本当はもう少し手順を踏んでから、隠し通路の存在を見つけるんだけどね」

「サメよりも、あなたが突然壁を殴り始めた方がびっくりしたわよ。もう」

 穴の先にある通路を進むとバルブがあり、浩也はそれを回す。すると、壁の向こうでざばざばと水音が響いた。通路を引き返してみると、中央部分の水が引いている。まだ少し水たまりの残る床の上を、一匹の鮫がぴちぴちと跳ねていた。

「これで向こうの扉まで安全に行けるようになったってわけ」

「なんだか、鮫が哀れに思えてくるわね」

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