第19話「置き去り」

 中庭を抜けた先は、部屋の真ん中を区切る鉄格子に行く先を阻まれていた。鉄格子の横の壁には扉があるが、ダイヤル式のロックで施錠されている。九つのボタンが配置された箱、バケツと雑巾、壁には何か、ペンキか何かで塗りたくられた跡がある。その他には、明らかに何かを置くためのくぼみがある台座があった。

「ねえ、だからって私を重りにすることないじゃない」

 台座の上に置かれたまりのが抗議の声を上げる。

「いやほら、本当ならこの扉を開けた中にある花瓶を台座に置いて鉄格子を開くんだけど、もしかしたらまりのちゃんでもいけるかなー? って思ったら試してみたくなって」

 頭を掻いて浩也ひろやがえへへと笑う。結論から言うと、まりのの頭を台座に置いても鉄格子は開いた。だが、頭を台座から持ち上げると鉄格子は閉じてしまう。

「この部屋の謎解き、何もしてない状態で先に進むとどうなるのかな……」

「えっ、ちょっ、待って」

「すぐ戻るから、ちょっとだけ待ってて。ね?」

 そう言うと、浩也は台座にまりのの頭を置いて、開いた鉄格子の先へと進んで行ってしまった。

「ちょっとぉ……」

 浩也の足音が遠ざかっていく。自分では顎を多少上下させるくらいしか動けないが、万が一この台座から転げ落ちてしまったら、それで鉄格子が降りてしまったらどうしよう。進んだ先で浩也の身に何か起こっていたらどうしよう。このまま置き去りにされたら――。残されたまりのは、つい嫌なことばかりを想像してしまう。浩也は自分を置き去りにするようなひとではないと思っているが、そう確信するだけの信頼関係を、築けているのか自信がない。何せ今のまりのは首から上だけで、浩也に運んでもらわなければ、この場から一歩を踏み出す足もない。ズレた眼鏡を掛けなおすこともできない自分に、いつ愛想をつかしてしまってもおかしくないのだ。

 まりのには、ただひとりで過ごす時間が途方もなく長く感じられた。

「いやーごめんごめん。やっぱり、この台座に置く重りを見つけるとこからやらないとだめみたい。扉の中には台座に乗せる花瓶の他に、先の部屋で使う道具が……、あれ、まりのちゃんどうしたの?」

「何でもないわっ! ただちょっと目にゴミが入っただけよ」

 まりのは、目尻に滲む涙を誤魔化すように瞬きを繰り返した。

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