第18話「椿」

 部屋の扉を開けた先は、中庭だった。と言っても、日本の住宅事情で考えるなら家が一軒が建ちそうなほどの広さだ。渡り石が敷かれた通路の脇には椿が植えられていて、真っ赤な花が咲いている。四方を壁で囲まれているので外に通じてはいないが、上には青空が広がり、陽の光を受けて椿の葉がつやつやと輝いていた。

「屋敷の中は夜だったのに、外は昼間なのね」

「そういえばそうだね。時間の流れが違ってるのかな? あっ、ここは次の部屋へ向かうための通路だから、特に仕掛けや謎解きはないよ」

「ねえ、元の世界に戻ってみたら、何十年も経ってました。……なんてこと、ないわよね」

「さすがにそれは……、うーん、わかんないや」

「そんなぁ」

「でも、『エスケープ・ザ・ルーム』のエンディングって、明るい未来に向かって進んでいくよって感じだから、そんな悪いことにはならないと思うんだよね。俺はそういうトコが好きでゲームやりこんだし」

「この場所が、ゲームの通りであることを願うばかりね」

 浩也ひろやに抱えられながら、まりのは中庭を見渡してみる。椿は花がまるごと落ちるので不吉だとも言われているが、種からは油がとれるし、花や葉は薬になったり食用にもなることから、古くから愛されている花だと、まりのは本で読んだ覚えがある。

 自分に関する記憶はどんどん曖昧になっているというのに、こんなことばかりはっきり覚えてるのはどうなのかと、まりのは少し自嘲的にため息をついた。

「どうしたの、まりのちゃん?」

「ううん、なんでもないわ。ただちょっと、椿を見てたらまるで今の私みたいだなって思っただけよ」

「綺麗なところが?」

「そっ、そうじゃないわよっ!」

 自分がそんな、花みたいに綺麗だとか自惚れたようなこと言うわけないじゃないと慌てるが、まりのの話を聞いているのかいないのか、浩也は椿の花枝を一本手折ると、まりのの髪に挿した。

「うん、似合ってる」

「もう! そういうところよ!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る