第14話「月」

 洋館の周りは湖の水面が取り囲んでいる。船や橋といった湖の「外」へ通じるものは何もなく、つまりはこの屋敷の中へ入るしかなかった。

「おじゃましまーす」

 浩也ひろやは場違いに暢気な声をかけながら、ぎぃと軋むドアを押し開けて屋敷の中へ入る。まりのが屋敷の中を見渡せるように浩也に頼むと、浩也はまず、玄関ドア横の窓にかかるカーテンを捲ってみせた。屋敷に入る前は外に青空が広がっていたというのに、窓の外には夜空が広がり、弓のように細い月が見える。扉の外に出たらどうなるのかと浩也に試してもらったが、やはりというか何というか、扉は開かなくなっていた。

「今見える月の形、これから入る部屋の謎解きに使うんだよ」

「そうなの? じゃあ、覚えておくわ」

 まりのは幼い頃から記憶力には自信があった。家族とトランプで遊んでいて、神経衰弱ゲームでは負け知らずだったことも覚えている。それなのに、今は両親の顔も、それどころか自分の名前すら思い出せないのはどういう訳だろう。この場所で首だけになってしまったことと何か関係があるのだろうか。

「この場所は何度も通ることになるから、そろそろ次の部屋行こうか」

 思索の海に没しかけたまりのを、浩也の声が引き上げる。

 広い玄関ホールは吹き抜けになっていて、正面に階段がある。壁際に掛けられた蝋燭の灯で照らされているものの、全体的に薄暗い。電気の灯がいかに明るいのかがよくわかる。

 室内のあちこちに蜘蛛の巣が張り巡らされ、うっすらとカビ臭い。長らく誰も立ち入っていない様子なだけに、蝋燭が灯されているのが不気味だった。

「ねえここ、さっきのホワイトマンみたいなのが出てきたりしないわよね?」

「最初の部屋に戻されるような厄介なのはいないけど……」

「けど?」

「部屋に入るなり驚かせてくる仕掛けはあるから、初見の時はびっくりしたなあ」

「やだ、私そういうの苦手なのよ」

「じゃあ、ここは驚かしポイントだよってところが来たら教えるね」

「お願いするわ」

 浩也によると、この屋敷は最初の段階では中に入れる部屋が限られていて、その部屋の中の謎を解くことで他の部屋に入れるようになるらしい。

「最終的にたどり着くゴールの部屋がわかってるなら、手っ取り早くそこの扉こじ開けたほうがいいんじゃない?」

「まりのちゃんは物理的だなあ。そういえば前に、最後の扉の『鍵がありません』って言葉を無視して『扉を開ける』を選択し続けるとどうなるかって試したひとがいて……」

「どうなったの?」

「何回目かの、『扉を開ける』を選択したら、屋敷中にあちこち置いてある甲冑が一斉に動き出して、プレイヤーを追っかけ回すバッドエンドになったって報告があったね」

「……最初に行く部屋はどこかしら」

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