第13話「流行」

 まりのは今この時ほど、生首だけの姿がもどかしいと思ったことはなかった。話す度に新たな情報が追加される浩也ひろやの口を塞げなかったからだ。

「ええとまずは、あなたにはお姉さんがいて、美容師のお仕事をしている」

「うん。ちなみに母親は……」

「そこで情報を追加しないっ」

「あっはい」

「それで、あなたも美容師の資格は持ってるけど、美容師として仕事をしてるわけじゃない。そうよね?」

「成人式シーズンは臨時で手伝いを頼まれ……はい、美容師ではないです」

「で、本業はミュージシャンってことでいいかしら?」

「そのとおりです。はい」

 まりのの勢いに気圧されて、浩也はこくこくと頷く。そこでようやく頭の中で情報の整理がついたまりのは、大きくため息をついた。

「そういえばあなたのこと、名前しか知らなかったものね。状況が状況だったから、そこまで気が回らなかったわ」

 何せ初めて見た時には手錠に繋がれていたし、目を覚ましたと思ったら容易く手錠を外してみせて、それからずっと、『脱出ゲーム』と同じだという不思議な部屋を進んでいたのだから、無理もないといえばそうだろう。

「確かに、俺も部屋の謎解きしか考えてなかったなあ。あ、俺がいたバンド、『歌舞伎Ageかぶきエイジ』って名前なんだけど、聞いたことない?」

「ごめんなさい、知らないわ。最近の流行とか人気の歌手とか、あまり興味なくて」

「うーん、そこまで知名度高くなかったかあ、残念。これでも紅白に出たことあるのが自慢だったんだけどなあ」

「紅白ってあの大晦日の?」

「うん」

「ごめんなさい、やっぱり知らないわ」

 だって、そんな変な名前のバンドだったら絶対に覚えてるはずだ、とは言わないでおいた。

 年末の恒例だからと親に言われて、興味ないなりに毎年テレビで歌番組を見ていたことは記憶に――、記憶に?

 

『年越し蕎麦ができたわよ、ほらあなたも手伝って』


 そう呼びかける母親の顔が思い出せない。


『この後は初日の出を見に出かけるから、温かい恰好をしておくんだぞ』


 炬燵に座ってテレビを見ている父親の顔が、靄がかかったように白くぼやけて―― 


「っくしゅん!」

 浩也のくしゃみで、まりのの意識は引き戻された。

「ううっ、冷えるなここ。早く中入ろうか」

「そっ……、そんな薄着でいるからよ。ところで、中に入るってどこに?」

「ああごめん、こっち」

 浩也がまりのの頭を持ってぐるりと後ろに向きを変えると、目の前には、いかにもオバケが出そうな雰囲気の古びた洋館があった。

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