第10話「来る」
薄暗い通路の奥に、白い男が立っていた。
通路の端と端の距離なので、男がどんな顔をしているのかはわからない。けれど、肩のあたりまで伸びた、癖のある真っ白な髪が印象的だ。
「うわあ、一番厄介なのが来ちゃった」
「えっ、なに? どういうこと?」
まりのの問いには答えず、
「ふう、緊張したあ」
「ちょっとお、私にもわかるように説明して。あと私の眼鏡、直してえ」
浩也が視線を落とすと、腕の中に抱えたまりの眼鏡が、鼻先までずり落ちていた。
「ごめんごめん、ちょっとした緊急事態だったんだ」
コンテナの脇にあった木箱にまりのの頭を一旦置いて、その隣に腰を下ろした浩也がまりのの眼鏡をかけ直してやる。あとは、すっかりくしゃくしゃに乱れてしまったまりのの髪を、手櫛でざっと整えた。
「ありがと。それで、さっきのあの白い男は一体何だったの?」
「この場所での遭遇イベント、一番低い確率で出現するのがさっきのアレなんだ。通称『ホワイトマン』って呼ばれてて、アレに捕まると――」
「捕まると?」
「一番最初の部屋に戻される」
コンテナの並ぶ通路に沈黙が落ちる。
「……えっ、それだけ?」
「いやだって、最初の部屋に戻されるんだよ? 部屋の仕掛けも全部初期状態に戻されて、また最初からやり直しになるんだから、タイムアタック勢からは恐怖を込めて『白い悪魔』なんて呼ばれてるんだよ?」
「わ、わかったから。落ち着いて」
浩也の勢いに気圧されて、まりのは後ずさり――はできないけれど、首の位置が何ミリか動いた、ような気がした。
「それに、ホワイトマンに捕まって最初の部屋に戻されるのは実質ゲームオーバーだから、それはつまりプレイヤーがホワイトマンに殺される比喩表現だって考察もあるんだ」
「殺される」と聞いて、まりのの口からひっと小さな声が漏れる。
「そっ、それじゃあどうすればいいの? こうしている間にもまたさっきみたいに……」
自分の背後にあの白い男が立っていたらどうしよう。まりのはせわしなく視線を巡らせた。
「いやそれは大丈夫。向こうから通路の切り替わりを越えて来ることはないんだ」
「あっ、そうなのね」
浩也の言葉に、まりのはほっと息をつく。
「取りあえず遭遇イベントのフラグは立ったから、あとはホワイトマンに捕まらないように気をつけながら、青い扉が出現するまで通路の継ぎ目を往復すればいい。攻略スレでは『ホワイトマン反復横跳び』なんて言われてたりするんだ」
「その言い方だと、白い男が反復横跳びしてるみたいね」
「さて、覚悟を決めて行ってみようか」
まりのの頭を抱えて浩也は立ち上がった。
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