第10話「来る」

 薄暗い通路の奥に、白い男が立っていた。

 通路の端と端の距離なので、男がどんな顔をしているのかはわからない。けれど、肩のあたりまで伸びた、癖のある真っ白な髪が印象的だ。

「うわあ、一番厄介なのが来ちゃった」

「えっ、なに? どういうこと?」

 まりのの問いには答えず、浩也ひろやはすぐさま今来た通路を引き返した。先ほど通ったのはコンテナが並ぶ場所だったはずだが、目の前にあるのは飛行機の座席が並ぶ通路だ。なるほど、ランダムとはそういう意味かとまりのが思ったのもつかの間、通路の反対側にぼんやりと白い男が立っているのが視界に入る。浩也がまたも通路を引き返すと、コンテナの並ぶ通路に出た。しばらく周囲を見回して、白い男の姿が無いのを確認してから、浩也は大きく息をついた。

「ふう、緊張したあ」

「ちょっとお、私にもわかるように説明して。あと私の眼鏡、直してえ」

 浩也が視線を落とすと、腕の中に抱えたまりの眼鏡が、鼻先までずり落ちていた。

「ごめんごめん、ちょっとした緊急事態だったんだ」

 コンテナの脇にあった木箱にまりのの頭を一旦置いて、その隣に腰を下ろした浩也がまりのの眼鏡をかけ直してやる。あとは、すっかりくしゃくしゃに乱れてしまったまりのの髪を、手櫛でざっと整えた。

「ありがと。それで、さっきのあの白い男は一体何だったの?」

「この場所での遭遇イベント、一番低い確率で出現するのがさっきのアレなんだ。通称『ホワイトマン』って呼ばれてて、アレに捕まると――」

「捕まると?」

「一番最初の部屋に戻される」

 コンテナの並ぶ通路に沈黙が落ちる。

「……えっ、それだけ?」

「いやだって、最初の部屋に戻されるんだよ? 部屋の仕掛けも全部初期状態に戻されて、また最初からやり直しになるんだから、タイムアタック勢からは恐怖を込めて『白い悪魔』なんて呼ばれてるんだよ?」

「わ、わかったから。落ち着いて」

 浩也の勢いに気圧されて、まりのは後ずさり――はできないけれど、首の位置が何ミリか動いた、ような気がした。

「それに、ホワイトマンに捕まって最初の部屋に戻されるのは実質ゲームオーバーだから、それはつまりプレイヤーがホワイトマンに殺される比喩表現だって考察もあるんだ」

「殺される」と聞いて、まりのの口からひっと小さな声が漏れる。

「そっ、それじゃあどうすればいいの? こうしている間にもまたさっきみたいに……」

 自分の背後にあの白い男が立っていたらどうしよう。まりのはせわしなく視線を巡らせた。

「いやそれは大丈夫。向こうから通路の切り替わりを越えて来ることはないんだ」

「あっ、そうなのね」

 浩也の言葉に、まりのはほっと息をつく。

「取りあえず遭遇イベントのフラグは立ったから、あとはホワイトマンに捕まらないように気をつけながら、青い扉が出現するまで通路の継ぎ目を往復すればいい。攻略スレでは『ホワイトマン反復横跳び』なんて言われてたりするんだ」

「その言い方だと、白い男が反復横跳びしてるみたいね」

「さて、覚悟を決めて行ってみようか」

 まりのの頭を抱えて浩也は立ち上がった。

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