第9話「つぎはぎ」

「もしかしてあそこ、隠し部屋だったのかな」

「はい?」

「解放条件はわからないけど、いや、もしかしたら階段のところで一回休憩をしたのが良かったのかな。それともその前の電車のところで……」

「あのー、もしもしー?」

「遊びつくしたと思ってたけど、こんな新要素があるなんて、大発見かもしれない」

「私はあんな部屋、二度と行きたくないわ」

 先ほどの部屋は、鶺鴒せきれいのフィギュアを雌雄並べて置いたらキャビネットが横にスライドし、そこに次の場所へと続く扉があった。とはいえ、そのフィギュアの台座を留めるネジを外すためのドライバーが入ってる引き出しの鍵を開くために図形パズルを解くためのピースを見つけるためのヒントを映すテレビのリモコンの電池を部屋中のあちこちから探し出す羽目になった。

 はしゃぐ浩也に抱えられながら、よくもまあ、こんな面倒くさい謎解きを楽しめるものだと、まりのはもう何度目になるかわからないため息をつく。


 扉の先はというと、船のような場所だった。ただし、丸窓から見える外は晴天と言い難い。どんよりとした赤錆色の海が波打ち、やはり赤錆色の空が広がっている。元はそれなりに豪華な客船なのだろうが、床にはうっすらと埃が積もり、壁からは茶色い何かが染み出している。通路の奥は薄暗く、先を見通すことはできない。まりのにとっては、ホラー映画の一場面のように感じられた。

「実はここ、毎回通路がランダム生成されるんだ」

「なにそれ?」

「説明するより実際に見た方が早いかも。さて、ゲームの場面がどう再現されるのかな」

 浩也が通路の曲がり角へ足を踏み入れると、周囲の景色が一変した。通路は通路なのだが、さっきまでの客船とは違う、作業員が往来するような無骨な内装だ。

「へえ、こうなるのか。本当に画面が切り替わってるみたいだ」

 しばし周囲を見回した浩也が先へと進むと、その後も通路の分かれ道や曲がり角を抜けるたびに、内装をつぎはぎしたみたいに次々と船内の様子が切り替わっていく。

「本当に何でもありね」

「ここはゲーム通りだから安心したよ。さっきの部屋だけ、なんで違ってたのかなあ」

「あの部屋の話はもう勘弁して。ところで――」

 この通路に来てからというもの、浩也の様子がおかしい気がする。通路が切り替わるたびに、しきりに周囲の様子を気にしているのはどういう訳だろう。

「ねえ、一体何を警戒しているの?」

「実はここ、ちょっとしたアドベンチャーパートになってるんだ」

「アド……なにそれ?」

「最終的には青い扉にたどり着けば次の場所に移動できるんだけど、その前に遭遇イベントがあるんだ」

「ええとつまり、誰かに会うってことね」

 浩也が十字路に足を踏み入れると、飛行機の客席のような場所に出た。シートの座面は腐食していて、中から錆びたスプリングが飛び出ている。

「一番楽なのが幽霊の女の子。その子に会った時に出る選択肢で『出口までつれていって』を選べば自動的に青い扉のところまで連れて行ってくれる」

「幽霊なんてちょっと怖いわね」

 まりのは今の自分が喋る生首であることを棚に上げた。

 客席のエリアを抜けると、今度は貨物船のような場所に出た。浩也はやはり周囲を見回しながら、大きなコンテナが並ぶ隙間を通り抜ける。

「傷だらけのおじさんは、顔は怖いけど『助けてほしい』を選べば案内してくれるし、カニっぽいロボットは、『アリアドネの糸はどこへ続くの?』を選べばいい」

「幽霊におじさんにカニ、まるでまとまりが無いわね。何か意味があるのかしら」

「どうなんだろうねえ」

 アリアドネの糸というのは確か、化物ミノタウロスが潜む迷宮から脱出する逸話のことだ。幽霊は出てくるし通路は継ぎ接ぎだし、おまけに糸。

「この場所、さしずめ『継ぎ接ぎ幽霊船パッチワークゴーストシップ』とでも呼べばいいかしら」

「あれ、よくわかったね。ゲーム内でもそう呼ばれてるんだよ」

 コンテナの隙間を抜けると、最初に見た客船の通路のような場所に戻ってきた。

「それで、遭遇率は凄く低いんだけど、気をつけなきゃいけないのが――」

 周囲を見渡していた浩也の足が止まる。


 通路の奥に、白い男が立っていた。

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