第8話「鶺鴒」
階数を間違えて一階に戻されることもなく、無事扉を開けた先はホテルの一室のような部屋だった。さて、ここではどんな面倒――、いや手の込んだ仕掛けが用意されているのだろうか。
「あれ、おかしいな。こんな部屋見たことないぞ」
「えっ、そうなの?」
「うーん、本当なら廊下っぽいところに出るはずなんだよ」
「もう少し中の様子を見てみたら? もしかしたら何か思い出すかもしれないし」
「そうしてみるか」
これまで順調に、いやむしろ推理小説を読んでる横から犯人の名前とトリックを解説されているような、ネタバレもへったくれもない状態で進んでいたわけで。なのでまりのも、一緒に部屋の謎解きをするつもりで部屋を観察してみることにした。
落ち着いた色の壁紙にカーペット敷きの床。木製のベッドには清潔そうな水色のシーツがかけられている。ただし、部屋に窓はなく、先ほど入ってきた扉以外に他の部屋へ繋がりそうな扉が見当たらなかった。ちなみに他の扉には鍵がかかっておらず、開けてみたらトイレと風呂場があるだけだった。
ただ、棚板に何かを置くためのくぼみがある、ガラス扉のキャビネットが壁際にあり、部屋の至る所に小鳥のフィギュアが置かれている。他にも何かがありそうな鍵付きの引き出し棚があり、見た感じは今まで通った部屋――部屋とは言えない場所もあったが――と同じように仕掛けを解いて鍵を見つけ出す「脱出ゲーム」の部屋に思える。
「なんかここ、ラブホみたい」
何気ない浩也の発言に、まりのはぎょっと目をむいた。確かに浩也は自分より年上の男性だし、そういった経験があるのかもしれないけれど、改めて考えて見ると年頃の男女が密室に二人きりだなんて……、
「うーん、やっぱり知らない部屋だなぁ」
思考の海に没しかけていたまりのは、浩也に「ラブホテルに行ったことあるの?」と聞くタイミングを逃してしまった。
「あ……、こほん。あなたが知らないならお手上げね。さっきからずっと動きっぱなしで疲れてるんじゃない? 少し休んでもいいと思うの」
声が少々裏返り気味のまりのに言われるまま、浩也はベッドに腰を下ろした。スプリングの利いたマットレスの弾力が心地よい。まりののことも、ずっと抱えていたから髪の毛が乱れてしまっている。少しは整えてあげた方が良いかと、ベッドの上に置いてみれば、その下からカサリと何かの音がした。浩也がシーツを捲ってみると、何かが書かれたメモ紙が置いてある。
「『ばんとなれ』? 何のヒントかな」
「違うわよ、それは『
「つがいって、夫婦のことだっけ」
「そうとも言うわね」
先ほどから、ラブホテルみたいだのつがいだの、妙に男女を意識させる雰囲気が漂っている気がする。まりのは話題を逸らすつもりで、部屋の至る所に置かれた小鳥のフィギュアに目を向けた。
「ねえ、あそこに置いてある小鳥のフィギュア、
「へえそうなんだ? よく知ってるね」
感心する浩也に、長い尾を振る様子から石叩き鳥と呼ばれたり、あるいは嫁ぎ教え鳥と呼ばれているなど、まりのは鶺鴒についての知識を披露しはじめた。
「日本神話ではイザナギとイザナミに夫婦の和合を……」
そこまで言ったあたりで、まりのは言葉を詰まらせた。頭の中で猛烈に嫌な予感が渦巻く。まさかこの部屋の仕掛けは……、男女が、そのつまりセッ……しないといけないのではないだろうか。しばし部屋の中に訪れる沈黙、浩也がぽんと自分の膝を打った。
「そうか、わかった。つまりこの部屋では」
浩也の言葉に、まりのはぎくりとする。
「鶺鴒のフィギュアを雌雄並べて番になるようにキャビネットへ置けばいいんだ。台座がネジで固定されてたから、まずはそれを外すドライバーを探そう」
「……」
「あれ? 違うかな。まりのちゃんは鶺鴒の雄雌の区別ってわかる?」
「もうやだこの部屋ぁ」
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