第5話「旅」

 温室の部屋を抜けたら、そこは雪国だった。もとい、雪景色の中を走る列車の中だった。

「本当に、何でもありなのね」

「まあ、ゲームだからね。と言いたいところだけど、実際にこうやって体験してみると……」

 揺れる車内、窓の外を流れていく景色、冷たい風が、窓の隙間から吹き込んでくる。

「本当に旅をしてるような、不思議な気分になるよね」

「もっと他の感想抱いてもいいような気がするけど」

 扉を引き返したら、先ほどまでいた温室の部屋に戻れるのだろうか。気になったまりのが、浩也ひろやに頼んで確認してもらったが、扉は閉ざされて戻ることはできなかった。

 これでは何かあった時に困るのではないかと思ったが、浩也は脱出ゲームとは「そういうもの」だと認識しているようで、特に疑問も不安も抱いた様子がない。座席にまりのの頭を置いて、向かい合わせになるように浩也も腰を落ち着けた。

「ねえ、ここでは何をどうするの?」

 座席に落ち着くまでの間にざっと見ただけでも、意味ありげなスイッチが置いてあったり、窓ガラスに謎の記号が描かれていた。

「いや実は、ここでは何もしないのが正解なんだ」

「えっ?」

 まりのは目を瞬いた。何もしないのが正解とは一体どういうことなのだろう。

「暗号みたいな文字列があったり、いかにもな仕掛けが沢山あるでしょ。でもこれは全部フェイク、解けない謎に躍起になってる間に、駅について扉が開くってわけ」

「なによそれ。とんだ骨折り損じゃない」

「脱出ゲーム好きな人ほど引っかかる、なかなか巧妙な仕掛けだよね」

 浩也は寛いだ様子で車窓を流れる景色に顔を向ける。しばし車内には、がたたんごととんとレールを走る車輪の音が響き、まるで本当に鉄道旅をしている気分だ。

 時折吹き込む風が浩也の長い前髪を揺らしていたが、ふと、前髪の隙間から覗く目がまりのに向けられた。

「それとも、思い切って窓から外に飛び出してみる?」

 浩也がまりのの頭を抱え上げ、車窓へと近づける。灰色の曇天を流れてゆく雪景色。これは絶対に絵画などではない、そう肌で感じられた。首元がぞわぞわと粟立つのは、風の冷たさのせいばかりではないだろう。

 今の浩也は一体どんな表情をしているのか、振り向いて確かめることもできない。

「ねえ、まさか私を、ここから放り投げるつもり?」

 吹き付ける風が窓ガラスをガタガタと鳴らす。

「……いや、まりのちゃんなら手っ取り早くここから飛び降りよう! なんて言うかなと思ったから言ってみただけ。さすがにそんなひどい事しないよ。」

 そう言って、浩也はまりのを抱えたまま、ふたたび座席に腰掛けた。

「ほら、この方がさっきより窓の外がよく見えるでしょ」

 膝枕と呼ぶには頭の位置がおかしいけれど、床に落ちないようにと、まりのの顎に軽く添えられた浩也の手は、大きくて温かかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る