運命の決着(2)

 自分が死ねばダンジョンは終わる。そう、愛梨は泣きそうな顔で告げる。

 今の表情は、どこまで本当なのだろうか。そんな疑いがある。

 だって、初めてのスタンピードの時、愛梨はモンスターに怯えた顔をしていた。

 愛梨がダンジョンを発生させたのなら、恐れる理由なんてないはずなのに。


 これまでの愛梨のセリフは、敵と考えるには十分なもの。

 そのはずなのに、まだ殺す勇気が出てこない。

 全部ウソだったって愛梨が笑って、これまでの日々が戻ってくるという希望を捨てられない。


 そもそも、人を殺したくなんてないんだ。

 愛梨が悪だったとしても、知らない人だったとしても。

 かつて刀也が殺しにかかってきても、僕は殺せなかった。

 そんな僕に、最愛の人である愛梨を殺せるはずがない。


 だけど、ダンジョンという災害では犠牲者が出ている。

 これからもダンジョンが残ったままなら、危険だって消えない。

 僕の役目は、ダンジョンを終わらせること。

 だって、加藤さんに託されたから。僕だけが、Sランクダンジョンまでたどり着けたから。


 分かっているのに、どうしても武器を構えることができない。

 そんな僕に、愛梨は微笑んでくる。


「優馬君は、私を殺したくないと思っているんだね。嬉しいな。そんなあなただから、英雄にふさわしいと考えたんだよ」


「僕は英雄になんてなりたくなかった! ただ愛梨と一緒に過ごせていれば、それで良かったんだ!」


「私だって、本当の気持ちは同じだったよ。でも、もう戻れないんだ。私が一歩、踏み出してしまったから」


 だとすると、愛梨を殺さなければダンジョンは消えない。

 そんな事があってたまるか。なんのために、僕はこれまで戦ってきたんだ。

 愛梨を殺すため? そんなの、残酷すぎるじゃないか。

 どうすれば良いのか、分からない。なにも動けないでいる僕に、声が届いた。


「優馬さん、あなたの選択はふたつにひとつ。ダンジョンが存在することを受け入れるか、そこのコアに繋がっている愛梨を殺すか。どちらを選んでも、責めはしません」


 声の方を向くと、ディアフィレアの姿があった。

 つまり、愛梨の言葉は本当なのだろう。


 ダンジョンが存在するままなら、夏鈴さんの両親のような犠牲者が出る。

 愛梨を殺せば、僕は大好きな人を永遠に失う。

 こんなのってないよ。どちらを選んでも、何かを諦めるしかないなんて。


 いや、待って。そこのコアってのは、大きな試験管の中にある、赤いものだよね。

 だったら、コアを壊せば、愛梨は死ななくて済むかもしれない。

 わずかな希望でしかないけれど、せめてあがくことができたなら。


 愛梨も死んでしまうかもしれない。ダンジョンだって、壊れないかもしれない。

 それでも、どちらも救える可能性は、いま思いついた可能性だけだろう。

 なら、他の選択肢なんて無いのと同じだ。何もつかめないのだとしても、理想に向かって進みたいから。


 僕は剣を構えて、試験管へと駆けていく。


「よくぞ、その選択をしてくれました」


 女神の声が聞こえる。なら、間違っていないのかもしれない。そんな勇気が出た。

 そして、全力で剣を叩きつけた。もし間違っていたとしても、この選択を後悔しない。

 せめてもの、僕の希望だから。自分で考えた結果だから。


 コアは切り裂いただけなのに、粉々に砕け散っていった。

 そして、試験管ごと消え去っていく。


 愛梨はどうだろうか。そちらを見ると、胸を押さえて苦しんでいる様子だった。

 思わず駆け寄っていく。そして、愛梨の顔を覗き込む。


「あはは……優馬君は、私を殺せなかったんだね。でも、結果は同じ。私はダンジョンと命運をともにする。だから、せめて。キスしてくれないかな。そうすれば、私は満足して行けるから」


 迷いはしなかった。愛梨の望むままに、キスをする。

 涙であまり顔が見えなかったけれど、愛梨は笑ったような気がした。


「ありがとう。そして、サヨナラだね。優馬君と出会えて、私は幸せだったよ」


 その言葉を最後に、愛梨はモンスターのように消えていく。

 カランと音がして、そこには僕が贈ったハート型のロケットが残っていた。

 ああ、本当に大事にしてくれていたんだな。そう思えたけれど、悲しいだけだった。


「優馬さん、こちらに来てくれませんか……?」


 そう言われて振り向くと、ディアフィレアの姿も薄れていた。

 どういうことだ。女神だって、僕の選択を喜んでいたのに。

 ディアフィレアの元に向かうと、彼女は柔らかく微笑んだ。


「優馬さんなら、きっと最後まであがくと思っていました。あのコアは、私の力の根源。だから、私の力で生まれたダンジョンも愛梨も、そして私も消える」


「なら、どうして止めなかったんですか!」


「これが罰だからです。私は愛梨に力を与えたことで、多くの不幸を招いた。その責任を取っただけです」


「それで、この世界はどうなるんですか?」


「あなたは優しい子。巻き込まれる人を心配しているのですね。大丈夫。神がおらずとも、世界は回ります」


 そんな事を言いながら、ディアフィレアは僕の頭を撫でていく。

 全く嬉しくない。結局は、僕は全てに踊らされていただけ。

 そして、愛梨とディアフィレアを殺してしまっただけ。

 どうしてみんな、僕を選んだりなんてしたんだ。そうじゃなきゃ、もっと良い未来だったかもしれないのに。


「優馬さん、生きてください。あなたが覚えてくれているのなら、愛梨も私も報われる」


 愛梨と同じように、ディアフィレアも消えていく。

 そして、地震のような揺れが起こりだした。

 きっと、ダンジョンが消えていくのだろう。僕も脱出しないと。


 僕の手に残ったロケットを握りしめながら、全力で走っていく。

 そして脱出し終えた頃に、門が消えていった。


 その姿を見ていた門番と、少しだけ会話をして。

 門番がどこかへ報告するのを見てから、家へと帰る。


 そこでは夏鈴さんが待ってくれており、僕の顔を見て悲しそうにしていた。

 きっと、愛梨と一緒に帰ってこなかったことで、状況が理解できたのだろう。


「優馬さん、お疲れ様でした。ゆっくりと、休んでください。あなたは私のヒーローなんですよっ」


 慰めてくれているのだと思う。だけど、あまり反応する元気が出てこなかった。


「また、会いにきますねっ。悲しいでしょうけど、私はあなたの前から消えません。それだけは約束しますっ」


「ありがとう。夏鈴さんが居てくれたおかげで、だいぶ気分が楽になったよ」


「それは嬉しいですっ。優馬さんがもっと楽になれるように、頑張りますねっ」


 夏鈴さんと出会えたことは、せめてもの救いだったな。

 ただダンジョンを攻略していただけだったら、僕は失っていただけだった。

 それでも抑えきれない悲しみとともに、夏鈴さんが去った後は、涙を流しながら眠っていった。


 次の日には、ダンジョンが消えたとニュースになっていた。

 とある高校生によって攻略されたと解説されていて、名前が出なくて良かったと安心するばかり。

 愛梨を失ったばかりの僕は、周りが騒がしくなるなんてゴメンだったから。


 ただ、加藤さんはささやかな祝いの席を用意してくれるらしい。

 僕の知り合いを誘って良いから、少しくらいはねぎらいたいのだと。


 それで、夏鈴さんと向かうことにした。


 僕達三人だけで集まって、ダンジョンについて話していく会。

 変に持ち上げられもせず、騒がれもしない。心地よい空間ではあった。


「優馬君の活躍を祝して、乾杯だ」


 グラスを上げて、ゆっくりとジュースを飲み干していく。

 悲しみが消えたわけじゃないけれど、生きている実感は得られる。

 愛梨は居なくなったけれど、僕は生きていくことができる。そう思えた。


「優馬さんは、本当に頑張ってくれましたっ。誰がなんと言おうとも、最高のヒーローですよっ」


「今のところは、私達だけが知っている事実だな。優馬君とて騒がれたくないだろうから、配慮させてもらったよ」


「ありがとうございます。騒ぎになっていたら、うんざりだったでしょうね」


「それでも、君には名声を得る権利がある。望みさえすれば、いつでも真実を明かそう」


「いえ、大丈夫です。僕は、ただひとりの人として生きていく。それでいい」


 実際、僕の悲しみを知らない人に持ち上げられても、嬉しくはないだろう。

 加藤さんは、知り合いだから例外ではあるけれど。

 愛梨は行方不明ということになっているし、今のところは葬式も行われていない。

 だから、僕の心を理解してくれる可能性があるのは、夏鈴さんだけだ。


「なら、生活に困ったら、いつでも言ってくれ。それくらいは、私の権限でどうにでもなる。知られざる英雄が飢えるなんて、望むところではないからな」


「分かりました。ゆっくりと考えます。あまり頼りすぎると、堕落してしまいそうですから」


「君はえらいな。君に後を託したことは、確かに正解だったよ」


「ありがとうございます。これからも、たまには会いましょう」


「そうだな。夏鈴さんと言ったか。君も、よろしく頼むよ」


「はいっ。優馬さんは、私が支えますからっ」


 祝いの席は、少しだけ心を上向きにさせてくれた。

 しばらくして解散した後も、夏鈴さんは僕についてくる。

 そして、僕の家で話をしていた。


「ねえ、優馬さん。愛梨さんに手を合わせませんか? 私達だけでも、祈ってあげましょうっ」


「そうだね。本当のことを知っているのは、もう僕達だけだから」


 僕の写真が入っていたロケットを握って、愛梨に向けて祈る。

 ねえ、愛梨。僕はこれからも生きていくよ。愛梨との思い出を抱えながらね。


 夏鈴さんも、加藤さんも、きっと僕を支えてくれる。

 だから、愛梨の分まで幸せになってみせるよ。

 それが、せめてもの弔いになると信じているからね。

 僕を大好きだって言ってくれた愛梨への。


 さよなら、愛梨。これから先も、ずっと忘れないから。

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