運命の決着(1)

 愛梨はSランクダンジョンで待っているという。

 なら、急いで向かわなければならない。

 どんな真実が待っているにしろ、どんな未来が待っているにしろ。


 僕は愛梨と向き合う必要がある。

 ダンジョンという大問題を引き起こしたというのは本当なのか。

 本当だとして、僕を英雄にするためというのはどういう意味なのか。


 これまで僕は、愛梨を守るためだけに戦ってきた。

 その姿を見て、笑っていたのだろうか。

 僕がやるべきことは、ダンジョンを終わらせること。

 だけど、全部愛梨のためだったのに。結局、僕は踊っていただけなのだろうか。


 考えをまとめたいけれど、どうすれば良いのか分からない。

 今まで信じていたものが、全て壊れたような感覚だから。

 愛梨は、僕を英雄にしてどうしたかったんだろう。


 Sランクダンジョンで待っているのは、どれくらいの期間なのだろうか。

 そもそも、愛梨は人間なのだろうか。

 疑問ばかりが頭に浮かんで、まったく整理できない。


 1日かけて考えて、1人では無理だと判断した。

 それで、夏鈴さんに相談することに決めた。

 加藤さんも候補ではあったんだけど、警察として動く気がしたから。

 愛梨をどうにかしろと言われて、僕はどうするのか分からない。


 それで、夏鈴さんが良いだろうと。

 他に親しい人は居ないので、選択肢が少ないこともあるけれど。

 僕が相談できる相手は、夏鈴さんと加藤さんくらいだ。

 これまでは、愛梨に相談していたんだけどな。


 夏鈴さんに連絡して、僕の家に来てもらう。

 そして、悩み事を話していった。


「えっと、幼馴染がダンジョンを発生させたって分かったんだ。それで、どうしたら良いのかなって」


「それって、プレゼントを贈った人ですよね。その人が、黒幕だったってことですか? というか、なぜ分かったんですか?」


「うん。そういう話らしい。本当なのかも分かってないけれど、愛梨はSランクダンジョンで待ってるって書き置きを残していて」


「私にも、何が正しいのかなんて分かりません。優馬さんは、どうしたいんですか?」


 僕がやりたいこと。愛梨ともういちど笑い合いたい。

 だけど、ダンジョンの犠牲者や、真実を知った人が許すかどうか。

 それに、これから先、僕はこれまでのように愛梨と話せるのか。

 根本的な問題として、ダンジョンを攻略しても、愛梨は無事なのか。


 とにかく何も分からなくて、心の整理がつかない。

 分かっているんだ。愛梨を殺してでもダンジョンを終わらせるのが正しいって。

 それが、今までの被害に対する責任の取り方だって。


 でも、僕は愛梨と一緒にいる時間だけが幸せだったんだ。

 それを失ってまで、生きる意味はあるのだろうか。

 どうすれば良かったのだろう。愛梨ともっと話しておけば良かったのかな。


「本音では、愛梨ともういちど平和に過ごしたいよ。だけど、夏鈴さんだって、ダンジョンに両親を殺されている。だから、ワガママでしかないよね」


 夏鈴さんは、穏やかな顔で首を横に振る。

 その後、僕の手を取ってゆっくりと語りかけてきた。


「優馬さんは、もっとワガママになって良いんです。私のことを、命がけで助けてくれた。それだけで、あなたは幸せになる権利がある。幸福になってほしいんです」


「だけど、全部愛梨のせいで……」


「私は、優馬さんと出会えて良かった。だから、悪いことばかりじゃなかったんです。それに、真実は秘密にしておけば良いんですよっ」


 確かに、夏鈴さんが信じてくれたのが不思議なくらいには、荒唐無稽な話ではある。

 だから、隠しておけば誰にも気付かれはしないだろう。

 でも、それでいいのだろうか。罪ではないのだろうか。


「ありがとう。まだ答えは出ないけれど、少しは気が楽になったよ」


「それなら良かった。ねえ、優馬さん。あなたがどんな選択をしたとしても、私だけは味方ですからねっ」


 夏鈴さんの強い瞳を見ていると、本当のことだと思える。

 僕がこれからどうするにしろ、味方で居てくれる人か。ありがたいな。

 愛梨と僕がどうなったとしても、夏鈴さんにはお礼を言おう。

 きっと、喜んでくれると思えるから。


「決めた。僕はこれからSランクダンジョンに向かうよ。どんな結果になるとしても、決着を付けてくるから」


「はい。応援していますっ。必ず、無事に帰ってきてくださいねっ」


 僕が無事に帰ってくることを祈ってくれる人は、愛梨だけじゃない。

 それだけで、わずかに心が軽くなった。

 これからつらい現実に立ち向かうための勇気をもらえた。


 Sランクダンジョンへの門をくぐると、火狩町に似た景色があった。

 アスファルトの地面、見覚えのある建物、空気。

 僕と愛梨の全てに答えを出すための場所として、ふさわしいよね。

 まあいい。これからも、モンスターが襲いかかってくるはず。


 剣を構えながら、一歩一歩進んでいく。

 スライムが現れたり、ゴブリンが出てきたり、ゾンビがやってきたり。

 とにかく、これまでの敵の総決算のようであった。


 知っているはずの光景が、まるで違うものに思える。

 当たり前ではあるんだけどね。同じ景色だとしても、ダンジョンの中と外だ。

 こうして戦っていると、初めてのスタンピードを思い出すな。

 愛梨がスライムを発見して、僕は愛梨を守るために戦った。


 黒幕が愛梨だという前提だと、僕を戦わせるために用意されたのだろう。

 それでも、あのスタンピードでは大勢の犠牲が出た。

 ただ僕を戦いに挑ませるためだけに、沢山の人を殺す。


 愛梨がやったことは許せないという思いはある。

 それでも、ダンジョンを終わらせるために愛梨を殺せるのかというと、難しいだろう。

 愛梨を守るために武器をとって、愛梨を止めるために武器を振る。

 いま感じているものは、なんとも言葉にしがたい。


 結局のところ、僕はピエロでしかなかったのだろうか。

 愛梨を好きだという感情を、ただ利用されていただけなのだろうか。

 諦めている僕と、今でも信じたい僕がいる。


 モンスター達を倒しながら進んでいくと、よく知っている場所にたどり着いた。

 僕と愛梨が、犬に襲われた所。懐かしさを感じていると、結界に囲まれる。

 そして、景色が切り替わっていった。


 真っ白な空間に、ひとつだけ大きな試験管のようなものがある。

 その中に、真っ赤な塊が入っていた。なんだろうか。

 考え事をしていると、後ろから声が聞こえる。


「ねえ、優馬君。さっきの景色、よく覚えているよ。あなたが私を助けてくれたところだよね」


 覚えてくれているという嬉しさがある。

 そういえば、あの日から愛梨と仲良くなった記憶があるんだよね。

 当時の愛梨は、何を考えていたのだろう。


 生まれ変わったとして、記憶を持っていたのだろうか。

 そうだとして、僕をどう見ていたのだろう。助けたことを、どう思っていたのだろう。

 いったいいつから、ダンジョンを発生させることを計画していたのだろう。


 疑問ばかりが頭に浮かんで、だけど言葉が出てこない。

 愛梨は僕に何を望んでいるのだろうか。知りたいような、怖いような。

 英雄というのは、いったいなにを指すのだろう。


「優馬君が、私を犬からかばってくれた。自分だって怖いのに。だから、私はあなたを好きになったんだ」


 それで、好きな相手を英雄にするために、ダンジョンを生み出す。

 狂っているとしか言いようがない。僕は好きな相手に絶対に同じことをしない。

 どれだけの犠牲が出たと思っているのだろう。どれだけ僕が苦しんだと考えているのだろう。

 絶対におかしいとしか思えないのに、それでも愛梨を嫌いになれない。バカだな、僕は。


 だって、好きと言われて嬉しいと感じてしまうのだから。

 その言葉を出す時の笑顔に、見とれてしまっていたのだから。


「ねえ、優馬君。ダンジョンを終わらせる方法、教えてあげようか。私を殺せば良いんだよ」


 突然告げられた言葉に、呼吸が止まったような気がした。

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