過ちの結果(2)

 Aランクダンジョンに入った優馬は、素早く敵を倒していく。

 拍子抜けしたような顔をしていて、少し可愛い。

 でも、これまで苦労した分、しっかり気楽に攻略させてあげるね。


 と思ったけれど、優馬はちょっと困っているみたい。

 これまで、ちゃんと苦戦させてきたからね。

 だけど、これからは不安に思わなくて良いんだよ。

 私が、これまでの苦労に見合うご褒美をあげるからね。


 優馬はボスまで進んでいき、そのまま片付けてしまう。

 大型のロボとはいえ、弱い設定だと簡単だよね。

 これから先は、優馬の無双タイムだよ。

 あなたはこの国を救った英雄になって、私に告白されるんだよ。


 そんな未来を夢見ていると、突如ダンジョンに異変が襲った。

 私の手から制御が離れて、優馬の周りが輝いていく。

 そして、真っ白な印象の女。私をこの世界に転生させた女神が現れた。


 私にはディアフィレアと名乗っていた女神は、遊真に向けて話し始める。


「こんにちは、笹木優馬さん。私は、女神と呼ぶべきもの。今日は、あなたに話したいことがあって来ました」


 いったい何だ。嫌な予感しかしない。

 私には、この世界で自由にしろと言っていた。

 なのに、今さら現れて何をするつもりなの?

 私の警戒も通じないまま、話は進んでいく。


「なるほど。話したいことというのは、なんですか?」


「その前に、まずは私を信じてもらわないといけません。ディアフィレアの名において命じます。優馬さん、息を止めてください」


 ディアフィレアの言葉と同時に、優馬は顔を青くしていく。実際に息が止まっているのだろう。

 私の優馬になんてことをするんだ。別の手段ででも、優馬に信じさせることはできたはずなのに。


「すみません、苦しめてしまって。ですが、これが手っ取り早かった。優馬さん、もう大丈夫ですよ」


 ディアフィレアは申し訳無さそうな顔をしている。

 だけど、私には分かる。絶対に悪いとは思っていない。

 そうじゃなかったら、そもそも優馬の息を止める必要なんて無いんだから。

 わざわざ苦しめるため。そうとしか思えない。


 だけど、女神に対してはチート能力は通じないだろう。

 本音を言えば、今すぐにでもディアフィレアを殺したいけれど。

 与えられた力で勝てると思うほどバカじゃないつもりだ。

 何か手段があるのならば、どうにかして殺すのだけれど。


「ディアフィレアさん、でいいですか? 伝えるのは、僕じゃないとダメなんですか?」


「どちらにもはいと答えます。あなたが全ての中心だからこそ、語るべきことなんです」


 私の行動は、間違いなく見抜かれている。当たり前か。神なんだから。チート能力を与えられるほどの。

 つまり、これから優馬に私の本性が気づかれてしまう?

 そう考えたら、体が勝手に動いていた。

 ディアフィレアに向けて、チート能力で死を願う。

 だけど、何の効果も現れない。当然のことでしかない。


 なのに、心には強い無力感が襲いかかってきた。

 このままじゃ、私は優馬に嫌われてしまう。

 いくらなんでも、ダンジョンで大勢を殺した私を、許しはしないだろう。

 優馬には真っ当な良心がある。私とは違って。どれだけでも殺してきた私とは。


「分かりました。続けてください」


「可愛い子。あなたが選ばれるのも、納得ですね。愛梨の計画の、その中心に」


 可愛いというのは、どういう意味だろうか。

 なんとなく、素直に褒めているとは思えない。

 人が働きアリの必死さを可愛いというような、歪んだ欲を感じる。

 単に敵だから、疑っているだけだろうか。優馬にとって、悪い未来でなければ良いのだけど。


 もう、きっと私は嫌われてしまうだろう。

 それでも、優馬には幸せで居てほしい。

 私に教えてくれた幸福は、本物だったから。

 誰よりも、大好きな人だから。


 私のように、女神に運命を狂わせられないでほしい。

 なんて、私の自業自得ではあるんだけどね。

 でも、チート能力がなければ、ただ優馬と穏やかに過ごせたから。


 私の望みは、願いを叶える能力なんてなくても叶っていたんだ。

 余計な欲を持ったせいで、歪み切ってしまったけれど。

 私を弄ぶために、女神が与えた力。なんて、悪く言いすぎだろうか。


「愛梨の魂は、私がこの世界に呼び寄せました。あなたに伝わるように言うと、転生ですね」


 思わず悲鳴を上げそうになった。

 私の本性が知られるのは、もう諦めた。

 それでも、元が男だなんて知られたくない。

 気持ち悪いだなんて、思われたくない。


 せめて優馬には、可愛い女の子だと思っていてほしいよ。

 TSしたなんて知られて、どんな目で見られるのか。想像したくない。

 優馬だけなんだよ。私が好きになった人は。

 だから、せめて。せめて異性だと認識されていたい。


「その際に、私はとある力を与えました。願いを叶える能力とでも呼べる力です」


 ふふ、もう確定しちゃったね。私が黒幕だって優馬に伝わることは。

 でも、男だったと知られないのならそれでいいかな。

 嫌われたとしても、少しでも綺麗だと思われたい。

 ただ、変な趣味を持っただけの人だと思われたくない。


「私が与えた力で、愛梨はダンジョンという災害を引き起こしました。優馬さん、あなたを英雄にするために」


 その通りだよ。

 私は優馬の輝く姿を見たかった。

 幼い頃、犬から私を助けてくれたみたいに。

 でも、間違っていた。本当は、ただ結ばれるだけで良かった。


 ああ、過去に戻れたならな。

 そうすれば、優馬に告白して、付き合って、やがて結婚して。

 今となっては、遥か遠くでしかないんだけどね。


「Sランクダンジョンに向かってください。そこに、全てを終わらせる鍵があります」


 Sランクダンジョンを攻略すれば、ダンジョンは終わる。私が終わらせる。そのつもりだった。

 だけど、ディアフィレアが言っている意味は違うように思える。

 鍵ってなんだろう。私はそんなもの、用意していない。


「優馬さん、ゆっくりと考えてください。スタンピードは、私が起こさせませんから」


 ああ、この言い方をされたら、私がスタンピードを起こしたって気づかれちゃったな。

 夏鈴を殺すためにモンスターを出現させたのも、バレちゃっただろうな。

 これから私は、どうやって優馬と会話すればいいのだろう。


 結局のところ、優馬は私を信じてくれなかったな。

 いや、全部私が原因なんだけどね。だけど、胸が引き裂かれそうだ。

 さっき出会ったばかりの女神を、私より信じてしまうなんて。


 でも、私のせいなんだけどね。

 優馬を追い詰めて、苦しめて、そんな姿を眺めていた。

 私への罰として、優馬に嫌われるというのは有効だよ。


 私はもともと、優馬が好きだった。

 その気持ちを一番大事にしていれば、それで良かったのにね。

 ごめんね、優馬。あなたには謝るよ。

 だから、今は顔を合わせられない。


 きっと、いま話をしても、何も良いことはないから。

 私だって感情的になってしまうはず。

 だから、優馬とはいったん離れるよ。


 できれば、私が敵になったとしても、好きで居てほしい。

 だけど、高望みがすぎるよね。

 私の想いは、もう届かない。だから、せめて思い出だけでも。


 優馬にもらったロケットを手にとって、犬から助けてもらった頃の写真を入れる。

 それから、優馬に別れの手紙を書いた。

 次に会うのは、Sランクダンジョンでだね。だから、できるだけ早く来てほしいな。

 私と優馬がどうなるにしろ、運命の分かれ目になる日を待っているから。


 もし優馬に殺されるのだとしても、私は出会えてよかったと思うよ。

 だから、優馬も嬉しいと思っていてくれたらな。なんて、望み過ぎか。


 あるいは、優馬と私の最後の邂逅。

 その瞬間を、心を整理しながら待っているね。

 きっと、優馬はダンジョン問題を解決した英雄になる。

 そんなもの、私の本当の願いじゃなかったのにな。


 もし最後になるのなら、せめて私の想いを伝えたいよ。

 拒絶されるのだとしても、好きだって言いたいよ。

 私のことを、どうかいつまでも覚えていてほしい。

 仮に私が死んでしまったとしても、永遠に。


 優馬、ごめんね。大好きだよ。

 ずっと一緒にいてほしいのは、私の本音だったんだよ。

 だから、せめて私をあなたの傷にして。

 お願いだよ、優馬。私を忘れないでね。どんな未来でも。

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