過ちの結果(1)

 優馬が夏鈴と結ばれるような妄想が消えてくれない。

 だから、優馬と過ごしている瞬間ですら、考え事に浸るばかり。

 いつ優馬は離れて行ってしまうのだろう。そんな風に。

 私と優馬は、ダンジョンがなければ順当に結ばれていたのにね。


 バカな行動をしたばっかりに、いちばん大事なものを失おうとしている。

 因果応報という言葉がふさわしい。分かってはいるんだ。

 だけど、優馬だけは諦めたくない。だって、誰よりも大好きなんだから。


 そんな私は、今は優馬と夏鈴の会話を見ている。

 つまらないストーカーの行動でしかなくて、笑えてしまう。

 これまでは気にしていなかったのにな。ちょっと不安が出たらこれか。


「夏鈴さん、こんにちは。ちょっと相談したいことがあるんだけど、良いかな?」


 嫌だ。遊真が一番頼れる存在は、私だったはずなのに。

 夏鈴の方が頼りになるって思っているの?

 私の方が、ずっと一緒に居たよね。それなのに、どうして。


「はいっ。何でも相談してください。優馬さんなら、何だって歓迎ですっ」


「最近、幼馴染の元気がないみたいで。どうすれば良いのか、よく分からないんだ」


 ああ、私を心配してくれたんだ。嬉しいな。

 相談するのが夏鈴じゃなければ、もっと嬉しかったのに。

 加藤なんて、頼れる大人じゃないかな?

 どうして、夏鈴の方を選んだのかな?


「幼馴染というのは、女の人ですか?」


「そうだね。ずっと、一緒に過ごしてきたんだ」


「帰りを待っている人というのは、彼女ですか?」


「うん。僕の安全を祈ってくれて、支えてくれているんだ」


 優馬は鈍い。私以外に女の人と交流してこなかったから、当たり前だけど。

 夏鈴からの想いにも、気づいていない様子。だからこそ厄介だ。

 きっと、夏鈴が距離を縮めようとする理由が分かっていない。

 だから、簡単に心を許してしまうんだ。私から奪おうとしているのに。


「……そうですか。なら、プレゼントなんてどうですか? アクセサリーなんて、きっと喜んでもらえると思いますっ」


「夏鈴さんに相談して良かった。なら、頑張って選んでみるね」


 夏鈴のアドバイスっていうのは気に食わないけど、私にプレゼントなら嬉しい。

 優馬の色で染まる私も、きっと悪くないんじゃないかな。

 ただ、本当に優馬は私を好きで居続けてくれるだろうか。

 怖いよ。優馬の気持ちが、私から遠ざかる瞬間が。


「私も手伝いますよっ。女の子の好みなら、私の方が詳しいはずですからっ」


「ありがとう。なら、また今度、お願いするよ」


「次の休日はどうですか? たまの休みも兼ねて、ちょうど良いと思いますっ」


 冗談じゃない。夏鈴の選んだアクセサリーをつけろというのか。

 それに、もはやデートじゃないか。ふざけるな。

 私の相談にかこつけて、優馬を奪おうとするだなんて。

 やっぱり、もっとうまく殺しておけば良かったのだろうか。そんな後悔がよぎる。


「分かった。じゃあ、よろしくね」


「はいっ。楽しみにしていますねっ」


 ああ、嫌だな。優馬と夏鈴のデート。

 見るのも怖いけど、見ないで変に進展されるのも困る。

 結局のところ、私は袋小路にいるんだな。

 どこに向かって進んだとしても、望む未来にはたどり着けない。


 夏鈴が帰っていって、優馬が私の元へ帰ってくる。

 だけど、いつものような喜びなんてない。

 私から離れていく優馬の姿が見えるようで、泣き出したいくらいだった。


「お帰り、優馬君。ご飯できてるよ」


「いつもありがとう。今日も楽しみだな」


 いつも通りに優馬がご飯を食べて、美味しいという。

 そんな日常に、影が差したような気がする。

 私の想いが、私の心に棘を刺す。

 優馬の笑顔を見たって、何も嬉しくはなかった。


 どうせ、夏鈴と一緒のほうが楽しいんでしょ?

 私の気持ちなんて、本当は伝わっていないんでしょ?

 だからだよね。夏鈴と出かけるなんてこと。


「何か悩みがあるのなら、言ってほしいよ。悲しそうな愛梨を見るのは、つらいから」


 言える訳がない。夏鈴とのデートをやめろだなんて。

 私がなぜ知っているのか、疑われてしまうだけだ。

 やめてよ。中途半端な優しさは。私は余計に苦しいだけだよ。


「ううん、大丈夫だよ。優馬君は自分の心配をしていて。死んじゃったら、元も子もないんだから」


「無事にダンジョンを攻略できても、愛梨が苦しんでいるのなら意味がないよ」


 それなら、どうして夏鈴と一緒にいるのさ。どうして全力で助けたのさ。

 私の命も背負っているのに、夏鈴を捨てられなかった。それが優馬の気持ちなんだよね。

 ふざけないでよ。他の女のついでくらいに扱われて、どうして嬉しいと思うんだよ。


「良いから! 放っておいてよ! ……ごめんね。少し、頭を冷やしてくる。また、明日ね」


 自分でも、理不尽だとは分かっていた。

 私は優馬の生活なんて知っているはずなくて、優馬と私は付き合っていない。

 なのに、怒りをぶつけるのが正しいのか。そんな訳がない。

 だけど、優馬は私の全てなんだよ。分かってくれてもいいじゃん。


 それからも、優馬とは距離を感じたままで。

 夏鈴との距離は近づいているような気がして。

 私の想いはぐちゃぐちゃになりそうだった。

 いつから間違っていたのかなんて、初めから分かり切っている。

 だからこそ、何もできないでいた。


 結局のところ、私のせいでしかない。

 優馬に助けてもらった時の想いが、歪んでいったせい。

 そうだよ。私の本当の望みは、優馬のそばに居ることだったのに。

 なんで、英雄になんてしようと考えちゃったんだろう。


 私が間違えたばっかりに、優馬との距離が遠ざかっていく。

 どうしてなんだろう。願いを叶える力なんて、無い方が良かったのかな。

 私の欲望は叶って、本当の想いは離れていく。

 皮肉なものだ。一番欲しいものを失って叶う願いなんてね。


 私はバカだった。ダンジョンなんて無ければ、全てがうまくいったのに。

 優馬も私も、苦しまなくて済んだのに。

 分かりきったことだよ。想い人を命がけの戦いに送り込む人間なんて、終わっている。


 優馬と夏鈴が結ばれた方が、当人たちにとっても良いのかもしれない。

 そんな考えに侵されながら、優馬と夏鈴のデートをながめていた。


「優馬さん、不安そうですねっ。大丈夫ですよ。優馬さんの気持ちは伝わりますっ」


「本当かな? 仲直りできるかな? 情けないけど、怖くて仕方ないよ」


「ケンカしちゃったんですか? なら、想いを伝えちゃいましょう。仲直りしたいって、素直な気持ちを」


 いい子ぶってくれちゃって。どうせ、私と優馬がこじれたほうが都合がいいんだろう。

 優馬に嫌われたくないから、綺麗事を言っているだけだろう。

 そんな考えをする私は、どれだけ醜いんだろうな。

 優馬も夏鈴も、私よりも素晴らしい人なんだって、スタンピードの時に実感したのにね。


「そうだね。そうするしか無いと思う。他の手段は、思いつかないよ」


 そのまま優馬達はアクセサリー屋に向かっていく。

 この2人が結ばれたならば、私はどこに行けば良いんだろう。

 優馬と私は釣り合わない。そんな風に考えるけれど。

 だけど、諦めたくないよ。初恋なんだ。結ばれたいんだ。


「何か気に入ったものはありますかっ?」


「うーん。女の子のアクセサリーって、よく分からないや」


「そうですかっ。なら、このブレスレットはどうですか?」


 夏鈴が選んだものなんて、どうでもいいよ。

 細かく見る気にもなれなくて、ただぼーっと眺める。

 本当に、なんでこんなものを見せられているんだろう。

 分かっている。ちゃんと優馬の気づかいを受け入れていれば、まだマシだったって。


 私は間違い続けてしまう。

 もしかして、私がいない方が、優馬は幸福だったのかもしれない。

 そんな考えすら思い浮かんで。でも、逃げ場もなくて。

 他の男と結ばれるなんて、考えられない。

 だけど、優馬に私はふさわしくないんだ。


「良いね。なら、それで行こうかな」


「もっと色々なものから選ばなくて良いんですか?」


「夏鈴さんを信じているから。きっと、大丈夫だよ」


 私はなんて無様なんだろう。

 優馬が他の女を信じる姿を、ただ遠くから見ているだけ。

 出会いのきっかけも、仲を深める時間も、全部私が用意したようなもので。

 きっと、私の行動を知る誰かが居たら、哀れみすら感じるのだろうな。


 それでも優馬の様子から目を離せないままで。

 すると、夏鈴のアドバイスを得ずにアクセサリーを選んでいた。

 きっと、夏鈴に贈るものだろう。そう考えて、目をそらしていた。


 奪われるのをただ見ていることすらできない、いくじなし。それが私。

 抵抗するどころか、現実から逃げるだけ。なんて情けないのだろう。


 優馬は会計を済ませて、夏鈴と話す。

 私はとんだ負け犬じゃないか。笑い合っている男と女を、ただ何もできずに見ているなんて。


「ありがとう、夏鈴さん。おかげで、いい買い物ができたよ」


「ふたつロケットを買っているの、見ちゃいましたっ。期待して良いんですか?」


 ふたつ? つまり、夏鈴だけじゃない?

 わずかに希望が芽生えたような気がして、思わず胸元を握った。


「もちろんだよ。これ、どうぞ」


「ありがとうございますっ。……こっちの方でしたかっ。大事にしますねっ」


 夏鈴はがっかりしている。まさか、本命と思われるものが残っている?

 それなら、優馬は私に自分で選んだ本命のアクセサリーを渡してくれる?

 だったら、私だって前を向ける。優馬との未来のために、頑張れる。


「気に入ってくれたら嬉しいよ。でも、無理に使わなくてもいいからね」


「いえ、大切に使いますよっ。優馬さんからの贈り物ですからっ」


「ありがとう。夏鈴さんには、助けられてばかりだね」


 ふと、心が痛んだ。

 私が優馬を助けたこと、あるだろうか。

 それどころか、追い詰めてばかりじゃないだろうか。


 だったら、私は。

 優馬がまだ好きで居てくれるのなら、これからの人生を捧げよう。

 そうすることで、私だって幸せになれるはずだから。

 大好きな優馬を助けられることは、きっと素敵なことだから。


「お礼を言うのはこっちの方ですよっ。素敵な贈り物、ありがとうございましたっ」


 夏鈴が去っていくことで、優馬は私のところへ帰ってくる。

 本当、優馬の両親の存在は都合がいいよね。

 私を信じてくれて、優馬を任せてくれるんだから。


 しばらく経って、優馬がドアを開ける。

 待ちきれずに、すぐに優馬のところへ向かった。


「お帰り、優馬君。今日はどこに出かけていたの?」


「ちょっとね。ねえ、愛梨。これ、受け取ってほしいな」


 優馬から渡されたのは、ハート型のロケット。

 この形ってことは、つまり。

 私は報われるのかもしれない。そう思えた。


 つい嬉しくなって、胸元にロケットを抱える。

 優馬の方へ向くと、つい笑顔が浮かんだ。

 そのまま心を形にしていく。


「この形は、優馬君の気持ちって事でいいんだよね。ありがとう」


「う、うん。自分で言うのは恥ずかしいね」


「そうかもね。でも、いつかちゃんと言葉にしてほしいな。待っているから」


 もう、優馬を追い込むのはやめよう。

 そして、できるだけ早く私から告白するんだ。

 私の望みは、優馬と穏やかに過ごすこと。それがようやく理解できたから。

 優馬が英雄になることなんて、本当は必要ないんだって思えたから。


 そして次の日、Aランクダンジョンへと向かう優馬を見送った。

 これからは、もう優馬を苦しめたりしない。そう決意しながら。

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