本当のこと(2)

 今日、僕は愛梨に見送られながらAランクダンジョンに向かっている。

 後もうちょっと。もうちょっとだ。だからこそ、油断はできない。


 僕が入ったダンジョンは、SFじみた光景だった。

 金属でできた壁、電光掲示板のように広がる謎の文字、大きな試験管といった様子の、謎のガラス。

 ゲームでも見たことがある景色で、いよいよ終盤だと、見た目からも実感できた。


 なんというか、終盤のダンジョンってイメージだよね。

 やっぱり、ダンジョンという仕組みはゲームじみている。

 何らかの意志を感じかねないほどに、しっかりと調整されているようだ。


 出てくる敵も、ロボットといった感じの見た目。

 四足歩行だったり、二足歩行だったり。

 小さな戦車みたいだったり、ビット兵器みたいだったり。

 様々なバリエーションがあったけど、剣を叩きつけるだけで切り裂かれていった。


 本当に、いま僕が居るのはAランクダンジョンなんだろうか。

 そんな疑問が浮かぶほど、あっけなく敵は倒れていく。

 これまで、ずっと命の危機を感じてきた。

 失敗すれば死ぬ場所だと、意識し続けてきた。


 だけど、今は気が抜けてしまいそうなくらいだ。

 このままじゃ、いざという時に油断から命を落とすかも。

 そんな危機感も浮かんでくるほどに、ただ剣を振るだけでいいんだ。


「ダンジョンのランク設定を間違えたのかな? 他のAランクダンジョンは、どうなっているだろうか」


 とにかく納得ができなくて、つい言葉がこぼれてしまった。

 良くないよね。目の前のダンジョンや敵に集中しきれていない。

 僕が死んだら悲しむ人は、愛梨だけじゃない。

 夏鈴さんだって、加藤さんだって、きっと悲しんでくれる。


 僕の命は僕だけのものじゃない。それが分かるんだから、気を抜いちゃダメだ。

 もしかしたら、油断させておいて殺すための罠かもしれない。

 ダンジョンの構成には、何らかの意図を感じるからね。

 どう考えても、ただ自然に生まれただけではおかしいことがある。


 もしかしたら、神のような存在は本当にいるのかもしれない。

 そんな考えが思い浮かぶほど、ダンジョンはよくできていた。

 まるでゲームのように、難易度が細かく設定されている。

 ランクを付けたのは人間だけれど、それだけの問題じゃない。


 だって、自然現象なら、順番に挑むだけで攻略できる方がおかしいんだから。

 ダンジョンごとに、それぞれの強さの敵がいる。どう考えても変だ。

 いま考えるべきではないと分かっていても、考察は進んでしまう。

 何か、直感のようなものに後押しされているかのように。


 僕の感覚が正しいとして、このダンジョンに何かが待っていることになる。

 なぜ、Sランクダンジョンではなく、Aランクダンジョンで?

 疑問が疑問を呼ぶばかりで、うまく集中できていない。

 そんなざまでありながらも、モンスターは簡単に倒せてしまう。


 何かがおかしいのだろうか。僕が強くなっただけだろうか。

 よく分からないけれど、緊張感が抜けそうだ。

 愛梨の顔を思い浮かべて、必死で油断しないように心に言い聞かせていく。


 僕は愛梨に好きって言いたいんだ。これからも一緒に過ごしたいんだ。

 だから、ここで立ち止まる訳にはいかない。

 加藤さんは僕に希望を託してくれた。夏鈴さんは僕に命を預けてくれた。

 そんな人達の期待に応えるためにも、心を強く持つんだ。


 改めて気を引き締めて、ダンジョンを進んでいく。

 相変わらず全てのモンスターが弱くて、順調ではあった。

 だけど、心にのしかかるような不安がある。

 今の順調さは、この先に待ち受ける試練の前兆ではないのかと、そんな予感が。


 進み続けると、いつものように結界のようなものに囲まれる。つまりボスだ。

 今回の敵は、大きな人型ロボット。10メートルくらいあるだろうか。

 そこらの家よりも高くて、見上げてしまいそうだ。


 さっそく敵は腕を振り下ろしてくる。

 避けると、腕とぶつかった地面から爆音が響く。

 当たったら危険なはずなのに、まるで脅威を感じなかった。

 ただ切っていくだけで勝てる。そう確信できた。


 思った通り、手の届く距離にまで降りてきた敵の腕は、簡単に切り裂ける。

 相手はもう片方の腕で攻撃してくるけど、同様に切って終わり。


 後は簡単だった。足に剣をぶつけて、切り裂いて。

 動けなくなっていった敵を、適当に料理していくだけだった。


 切り刻まれた敵は、ゆっくりと消えていく。

 あっけなさと、わずかな達成感に包まれながら、足を戻そうとしたその時。

 空間が光に包まれていった。そして、目の前に女が現れる。


 髪や瞳孔、肌まで全てが純白の、見たことがないほどの美人。

 そして、とても穏やかに微笑んでいる。

 だけど、何かとても触れがたいものかのように感じた。


 目の前にいる女は、僕に目を合わせてゆっくりと話し始める。


「こんにちは、笹木優馬さん。私は、女神と呼ぶべきもの。今日は、あなたに話したいことがあって来ました」


 女神を名乗る女は、確かに神々しさのようなものがあるかもしれない。

 それに、神の存在を信じるに足る理由はある。

 だけど、まだ心の底から信じることはできていなかった。


「なるほど。話したいことというのは、なんですか?」


「その前に、まずは私を信じてもらわないといけません。ディアフィレアの名において命じます。優馬さん、息を止めてください」


 その言葉と同時に、僕は呼吸ができなくなる。

 思わず首元に手を寄せてもがくけれど、何の効果もない。

 口を開いても、喉に力を入れても、全く息はできなくて。

 確かに人知を超える力を持っていると、心の底から理解させられた。


「すみません、苦しめてしまって。ですが、これが手っ取り早かった。優馬さん、もう大丈夫ですよ」


 言われてすぐに、呼吸は取り戻せた。

 全く息ができなかった割に、むせることもなかった。

 心底、人間から外れた存在なのだろう。女神というのも、信じて良いのかもしれない。

 僕に信じさせるために取った手段には、ちょっと思うところがあるけれど。


「ディアフィレアさん、でいいですか? 伝えるのは、僕じゃないとダメなんですか?」


「どちらにもはいと答えます。あなたが全ての中心だからこそ、語るべきことなんです」


 僕が全ての中心? どういう意味だろう。まあ、順番に説明してくれるだろう。

 そうじゃなかったら、改めて質問をすれば良い。

 さっきのように息を止められたらと思うと、ちょっと邪魔できない。


「分かりました。続けてください」


「可愛い子。あなたが選ばれるのも、納得ですね。愛梨の計画の、その中心に」


 愛梨の計画? 一体何の話だ? 女神がわざわざ語るほどの計画を、愛梨が?

 頭が追いついてこない。それでも、ディアフィレアは話を続けていく。


「愛梨の魂は、私がこの世界に呼び寄せました。あなたに伝わるように言うと、転生ですね」


 つまり、愛梨には前世があったということなのか?

 それが、計画とやらに何の関係が? 愛梨が転生者だとしても、僕の気持ちは変わらない。

 僕にとって、愛梨だけが愛する人。ずっと、隣にいてくれた人だから。


「その際に、私はとある力を与えました。願いを叶える能力とでも呼べる力です」


 願いを叶える能力で、愛梨が何かを計画した?

 嫌な予感が、ふと頭に浮かんだ。考えるな。やめろ。話を聞くな。

 必死に目をそらしていると、女神の声は直接頭に届きだした。


「私が与えた力で、愛梨はダンジョンという災害を引き起こしました。優馬さん、あなたを英雄にするために」


 それが本当だというのなら、僕の決意は。苦労は。戦いは。すべて愛梨に仕組まれていたってこと?

 信じたくない。だけど、辻褄が合うこともある。

 弱かった僕が、あまりにも順調にダンジョン攻略を進めていること。

 初めてのスタンピードの時、都合よくスライムだけが敵になっていたこと。

 Eランクダンジョンと、唯一のSランクダンジョンが、僕の住む火狩町にあること。


 全部、線で繋がってしまう。なら、本当に愛梨が?

 そうだとするのなら、2回目のスタンピードで夏鈴さんが襲われていたのは。

 本当に嫌な考えばかりが思い浮かんで、僕はうずくまってしまいたいくらいだった。


「Sランクダンジョンに向かってください。そこに、全てを終わらせる鍵があります」


 全てが終わったら、僕は愛梨を失ってしまうのだろうか。

 そもそも、愛梨は本当に僕を好きでいてくれたのだろうか。

 何も分からない。僕はどうしたいのかも、どうすれば良いのかも。

 それでも、もう知ってしまったから。戻ることはできない。


 愛梨。どうしてダンジョンなんて。

 僕は、ただ愛梨と過ごしていられたら、それだけで幸せだったのに。


「優馬さん、ゆっくりと考えてください。スタンピードは、私が起こさせませんから」


 そう言って、ディアフィレアは去っていく。

 正確には、僕には消えたように見えた。女神なのだから、おかしな話ではないだろう。


 ダンジョンを攻略できた達成感なんて消えてしまって、足に力が入らない。

 それでも、僕は家へと帰っていく。


 愛梨が出迎えてくれることはなくて、嫌な予感とともに自室に向かう。

 すると、机の上に一枚の手紙が置かれていた。


――Sランクダンジョンで待っています。愛梨より。


 今日の話は事実なのだと、心から理解できた。

 泣くことも笑うこともできないまま、Sランクダンジョンに向かわないとという義務感だけがあった。

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