間違った想い(2)

 夏鈴への嫉妬なのかなんなのか。自分でも自分が抑えきれなくて、ダンジョン外にモンスターを発生させた。

 優馬の向かおうとしていたBランクダンジョンから、夏鈴に向けてモンスターを進める。


 そう時間の経たないうちに、優馬に加藤から連絡が入った。

 警察官だけあって、情報を集めるのが早い。

 その連絡を受けて、優馬は何かを悩んでいた。

 すぐに、私の所に電話がかかってくる。

 やっぱり、私が優馬の一番なんだ。なら、こんな事しなくても……。


 自分でも整理がつかない感情のまま、電話を受けていく。

 ねえ、私は大丈夫だからね。安心してくれていいよ。


「優馬君、どうしたの?」


「スタンピードが起きたみたいなんだ。いざとなったら、すぐに逃げられるようにしておいて」


 真っ先に私の心配をしてくれるなんて、嬉しいな。

 だから、応援しているね。優馬が泣かなくて済む未来が訪れるように。


「分かった。優馬君、頑張ってね」


 私のために、頑張ってほしいな。

 そうすれば、心が満たされていくから。


 だけど、優馬は夏鈴の元へ全力で走っていく。

 もしかして、私が邪魔だったの?

 だから、電話で状況を確認したの?


 とても必死そうな顔で駆け抜けていく優馬を見ると、胸が苦しいよ。

 どうして、そこまで全力になっているの?

 私をスライムから助ける時には、もっと軽くなかったかな?

 泣き出したいような気がしていたけど、頑張ってこらえる。


 走り続けて、夏鈴の所にたどり着いた優馬は、全力でモンスターを倒していく。

 スライムを、ゴブリンを、ゾンビを、一息に切り捨てて。

 まるで夏鈴がヒロインみたいな光景に、思わず涙がこぼれた。

 結局、私はずっと間違い続けてきたんだ。


 優馬と平和に過ごしていれば、それで良かったのかもしれない。

 なのに、ダンジョンなんて発生させたことがダメだった。

 もう戻れやしないのに、優馬と笑い合っていた日々ばかりが思い出される。


 これからは、夏鈴だって優馬の大切な人になってしまう。

 もし夏鈴が死ねば、きっと優馬の傷になる。

 どちらに転んだとしても、私の求めていた未来からは遠ざかってしまう。


「夏鈴さん、大丈夫!?」


「はいっ、優馬さんのおかげですっ」


「夏鈴さん、僕の後ろにいて。必ず守ってみせるから」


「はいっ。信じていますからっ。いざとなったら、囮にしてくださいっ」


 ヒーローとそれに助けられるヒロインの構図が、優馬と夏鈴の間にある。

 私が求めていた全てを、夏鈴は手に入れているんだ。

 優馬に守られて、その姿を目の前で見る。そんな光景を。

 私の望みは叶わない。ここで夏鈴が生きている限り。

 だけど、夏鈴が死んだら、きっと優馬は折れてしまう。


 もう、八方塞がりだ。私の想いが砕け散るような音が聞こえる。

 優馬と結ばれる未来が、だんだん見えなくなっていく。


「そんなことはしないよ。安全な場所にいて。今のところは、僕の後ろで」


「夏鈴さん、絶対に僕から離れないで! なぜかは知らないけど、敵は夏鈴さんを目標にしている!」


「分かりましたっ。絶対に邪魔にはなりませんよ。こっちですっ」


 優馬に楽をさせるために、モンスターを引きつける夏鈴。

 そんな姿が、うらやましくて。届きそうになくて。

 優馬に助けられるだけじゃなくて、支えることまでしている。

 そんな事をしていたら、もっと絆が深まってしまう。

 もう見ていたくない。でも、目をそらしたら終わる気もするんだ。


 それからも、優馬は必死に戦い続けていた。

 夏鈴を守るために。命を尽くして。

 優馬が死んだら私が死ぬって約束、忘れられちゃったのかな。

 それとも、私より夏鈴の方が大事なのかな。


 考えていても、私の望みからは遠ざかるような気しかしない。

 もっと早く、優馬に告白していれば良かった。

 そうすれば、きっと今では結ばれていたはずなのに。

 手が届きそうにない、優馬との日々が手に入っていたのに。


 優馬はずっと戦い続けて、そして加藤から通信が入る。


「優馬君、モンスターの発生源が分かった。君の向かっていたBランクダンジョンだ」


「分かりました、そこに向かえば良いんですね」


「優馬さん、私も行きますっ。これでも、ダンジョンに潜っていたこともあるんですからっ」


 健気にヒーローを支えるヒロインにしか見えなくて、胸をかきむしりたくなった。

 ずっと、優馬の想い人は私だったのに。今では、夏鈴に気持ちが傾いている。

 ダンジョンなんて無ければ、今でも私と優馬だけだったのに。

 どれだけ私はバカだったのだろう。欲をかいたばかりに、優馬を失いそうになって。


「そこに人がいるのか? 状況はどうなっている?」


「なぜか彼女が襲われているので、ダンジョンに向かうか悩んでいたんです」


「なるほど。確かに、君がダンジョンへ向かえば、モンスターに襲われる人は危うい。だから一緒にか」


「そうですっ。優馬さんなら、必ず私を守ってくれますっ」


「頑張ってくれ。私は君たちに期待するしかできない。武運を祈る」


 そのまま、優馬と夏鈴はBランクダンジョンへと駆け抜けていく。

 支え合う二人は、心で繋がっているように見えて。

 本当は私と優馬の間にあったはずの絆が、だんだん遠ざかっていく。そんな感覚があった。

 誰よりも、優馬を思っていたはずの私なのに。


 いや、違うか。私は大罪人だ。

 平和な日々を望んでいたはずの優馬を、戦いへと送り込んで。

 それで、活躍を見て笑っていた私は、邪悪という他ない。

 最初から分かっていたはずなのにね。今になって、罪から追いかけられている。


 優馬と夏鈴はBランクダンジョンへと入っていき、ともにモンスターへと立ち向かう。

 夏鈴は私みたいに安全を確保していない。それなのに、命がけで優馬を支えている。

 私よりも優馬にふさわしい輝きに見えて、吐き気すらした。


 優馬が命をかける姿を喜んで見ていた私。

 対称的に、命がかかっていても優馬を信じ続ける夏鈴。

 私の醜さが浮き彫りになっていくようで、優馬を汚すだけだって思い知らされるようで。


「優馬さん、もっと敵を引き付けますねっ」


 なんて言って優馬に楽をさせようとする夏鈴は、きっと私より輝いた人。

 だから、より優馬の隣が似合っているんだ。悪役でしかない私と違って。

 何度でも直面させられる事実に、また目をそらしたくなる。

 物語のヒーローとヒロインは、いま見ている二人のように思える。


 なんだ。結局、私の目が曇っていただけか。

 輝いた人は優馬だけじゃなくて、私が認められなかっただけ。

 それなのに、優馬を追い詰め続けてヒーローを作ろうとした。

 人を弄んでいるつもりだった私は、単なるピエロだった。


 涙で視界がゆがむ中、優馬達はボスへと挑んでいく。

 ボスである犬の攻撃を、夏鈴の手を取って避ける優馬。

 どちらからも強い信頼が伝わって、私は蚊帳の外。


 もう、今さら夏鈴を殺したりできないよ。

 優馬の心が折れる姿が、まぶたに浮かぶようだもん。

 それに、遊真ごと夏鈴を殺すしかない状況だから。

 想いが遠くなった今でも、優馬だけには死んでほしくない。

 私は今でも、優馬が大好きなんだ。それだけは変わらないよ。


 私を襲った犬から、傷つきながら助けてくれた姿。

 あの思い出は、今でも色あせていないから。

 本当の勇気を見たって思いも、助けてくれた喜びも。


 優馬を嫌いになれたのなら、どれだけ楽だっただろうか。

 だけど、優馬を嫌いになった私に、生きる意味なんてないよね。

 ただ優馬を好きでいただけなら、今みたいに苦しまなくて済んだのに。

 私はバカだった。欲に溺れて、誰も得しない行動をした。


 優馬から手を引っ張られていた夏鈴は、手を振り払う。

 何をするのかと思えば、自分で敵を避けようとしていた。


「私はなんとかよけてみせますっ。ですから、優馬さんは攻撃を!」


 本心からの言葉なのだろう。まさにヒーローに尽くすヒロインで、私より素敵だ。

 悔しいな。優馬への想いに向き合っていれば、夏鈴にだって負けなかったのに。

 今さらではあるけれど、あの日に戻れたらな。祈ってみても、結果は変わらないけれど。

 いくら願いを叶えるチート能力でも、無理なことはあるんだね。


 そのままボスは倒されて、優馬と夏鈴は微笑みあう。


「優馬さん、素敵でしたっ。あなたのおかげで、命拾いしましたよっ」


「良かったよ、夏鈴さんが無事で。じゃあ、帰ろうか」


「そうですねっ。行きましょうっ」


 私は優馬を笑顔で出迎えられるのだろうか。

 ダンジョンから脱出する優馬を見て、不安がよぎった。

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