間違った想い(1)

 優馬の前に現れた、金髪の女。

 Cランクダンジョンを攻略する優馬が、毎回挨拶していた相手。

 そんなことはどうでもいい。なぜ優馬に会いに来たのか。私から優馬を奪うつもりなのか。

 彼女が敵なのかどうなのか。それだけが問題だった。


「こんにちはっ、優馬さん。会いに来ちゃいましたっ」


 優馬は名前を教えていないはずなのに、知っている。

 つまり、危険な相手だ。殺すか?

 いや、急ぎすぎるのは良くない。仮に殺すとしても、しっかりと計画を練らないと。

 おかしいと思われたらまずいんだから。そうじゃなくても、安易に殺すべきじゃない。


 私だって、人を殺して気持ちよくなる異常者ではない。

 分かっているんだ。人殺しは許しがたい罪だって。

 それでも、欲望には勝てなかった。情けないよね。優馬の隣にいるのに。


 きっと、優馬なら。同じ状況だとしても、耐え忍ぶことを選んだんだろうな。

 そもそもダンジョンを生み出そうとなんてしなかったし、私が他の男と近づいても、嫉妬はしても殺そうなんて考えなかったはず。

 優馬のそばに居ると、自分の醜さが浮き彫りになっちゃう。仕方ないことなんだけどね。私が悪いから。


 それでも、私の優馬を奪おうとすることだけは許せない。

 この女がどう考えているのか。それ次第では。私はもっと堕ちていくだけ。


「確かに僕は優馬だけど。なんで名前を知っているの?」


「あっ、それは気になりますよね。Cランクダンジョンを攻略した人なんだって、噂になってましたよっ」


「それは、あなたの地元でってこと?」


「ううん。もっと大きいと思いますっ。Cランクダンジョンが攻略されたのは、初めてらしいのでっ」


 確かに、優馬が初めてのCランクダンジョン攻略者だ。

 予想外ではあるんだよね。もっと先に、うまく攻略する人が居てもおかしくはなかった。

 Sランクダンジョンだけは、何があったとしても優馬に攻略させたけど。


「だから、名前まで知っていたんだね。ところで、あなたの名前は?」


「夏鈴ですっ。優馬さんのおかげで、死んだ両親も報われたと思いますっ」


 ダンジョンのせいで、夏鈴とやらの両親は死んだ。

 結局のところ、私が欲張ったからか。ダンジョンがなければ、優馬と夏鈴は出会わなかった。

 そして、今のような思いをすることもなかった。


 知らなかった。優馬が他の女と仲良くすることが、こんなに苦しいなんて。

 胸の奥から痛みが走るようだ。何かが飛び出してきそうだ。涙がこぼれてしまいそうだ。

 つまらない嫉妬なんだって、分かっている。でも、おさえきれない。

 私と遊真が結ばれる未来をずっと夢見ていた。今では、その光景に霧が出たかのよう。


 ずっと、優馬と一緒にいて。最後には結ばれて。それからも幸せに過ごす。

 当たり前だと思っていた未来が、当然じゃなかったと理解できた。

 そうだよね。優馬だって、気持ちが変わることがあるのかもしれない。

 私を大切にしてくれることは、きっと変わらない。

 それでも、恋愛感情じゃなくなっちゃう可能性だってあるんだ。


「よろしくね、夏鈴さん。ご両親が亡くなったのなら、大変だよね。できることがあれば、言ってほしい」


 これまでは、私にだけ優しかったのに。笑顔を見せてくれたのに。

 今の優馬は、夏鈴にも優しく微笑んでいる。悔しい。悲しい。腹が立つ。壁を殴りたいくらい。

 私の正解は、いったい何なのだろうか。ただ見守っているのが、正しいのだろうか。

 分からない。ずっと、ただ信じてきただけだったから。優馬と結ばれるのは私だって。


 でも、今の優馬は夏鈴にも優しい。

 このままだと、夏鈴になびいてしまうかもしれない。

 信じたくないよ。優馬と結ばれない未来の可能性なんて。

 だけど、不安が消えてくれないんだ。


「大丈夫ですっ。一応、優馬さんと同じ高校生なんですっ。お金にも困っていませんっ」


 それが厄介なんだよ。優馬と近づく上で、障害が少ない。

 親が居ないから、帰る理由だってあんまりない。

 優馬に近づく上での障害が、ほとんど無くなっているんだ。

 だから、とても怖い。優馬が夏鈴に惹かれてしまう未来が。


 私の想いは、これまで喜びだけを与えてくれた。

 優馬が陰ってしまった時も、苦しさというほどではなかった。

 だけど、今はとても苦しいんだ。叫び出したいくらい。足元が壊れるんじゃないかって気もする。

 でも、どうして良いのか分からない。何を頑張れば良いんだ。


「そうなんだ。じゃあ、あまり心配しなくても良さそうだね」


「はいっ。むしろ、優馬さんの方が大変だと思いますっ。両親の仇を討ってくれたのは嬉しいですけど、だからこそ、死なないでくださいっ」


「もちろんだよ。僕には帰りを待ってくれる人がいるんだから」


 私のことだ。そうだよね? 優馬が帰るのを待ってるのは、私だけだもんね?

 そうじゃなかったら、私から希望はなくなってしまう。

 優馬、助けてよ。私のことを大好きって言ってよ。お願いだよ。


「なら、その人のためにも、生きてくださいねっ。私の方こそ、できることがあったら言ってくださいっ」


 何もしなくていいよ。優馬に近づかないで。

 私だけの優馬じゃなくなっちゃったら、生きていけないよ。

 ただ、優馬だけが居てくれれば良い。それだけのことが、どうして難しいのかな。


「心配しなくていいよ。僕だって、生きるために全力だから」


「じゃあ、今日は行きますねっ。また、会いましょう」


「分かった。また今度ね。これからも、よろしくね」


「もちろんですっ。優馬さんと会えて、本当に良かった」


 夏鈴の目は潤んでいて、頬を軽く染めていて。

 だから、きっと優馬が好きなのだろう。

 私から優馬を奪わないで。彼だけが、私の全てなのに。

 つまらなかった人生を、鮮やかに彩ってくれた人なんだ。

 だから、お願いだよ。優馬、私だけを見ていてよ。


 そんな願いも虚しく、優馬と夏鈴はこまめに交流していた。


「今日は大変だったよ。別のCランクダンジョンに行ったんだけど、幽霊が居てさ」


「優馬さん、幽霊が苦手だったんですねっ。可愛いですっ」


 そうだった。だから、優馬の勇気を見せてもらおうと思っていた。

 だけど、あっさりと乗り越えられてしまった。嬉しいような、詰まらないような。

 私の胸の奥に、夏鈴が優馬の力になったのではないかという考えが浮かんでしまった。

 そうだとすると、悔しいどころではない。泣き出したいくらいだ。


 優馬は、私じゃなくても良かったの? ただ、自分を好きになってくれたら良かったの?

 分かっている。私だって、必ずしも優馬じゃなくて良かったかもしれない。

 ただ、ヒーローとしての輝きを見せてくれていたのなら、それで良かったのだと思う。

 だとすると、優馬に求めすぎるのは悪だ。でも、感情が追いついてこない。


 初恋だったんだ。仕方ないじゃないか。優馬だけが、私に希望を見せてくれたんだ。

 優馬にとっては違ったのかな。ただの幼馴染として、普通に好きになっただけだったのかな。


「それで、スタングレネードを投げたら倒せたんだけどね。持ってなかったらと思うと恐ろしいよ」


「ふふっ、それは大変でしたね。他の倒し方はあったんですか?」


 私達の家の前で、和やかに会話しないでよ。

 夏鈴さえ居なければ、もう優馬に会えていたのに。

 どうして、夏鈴と優馬は出会ってしまったのかな。

 ダンジョンのせいだって、分かってはいるんだよ。


「そうだね。できれば、もう二度と出会いたくないかな」


「幽霊を怖がる優馬さん、見てみたかったですっ。そろそろ時間ですね。では、また」


 優馬が帰ってくる。ようやく私の所に。ずっと、夏鈴とばかり話して。

 悔しいよ。ずっと、私だけを見ていてくれたのに。私だけのヒーローでいてくれたのに。

 もう、夏鈴にとってもヒーローになってしまったんだね。

 優馬。ダンジョンなんて、作らなければ良かったのかな。

 そうすれば、今でも二人の世界だったのかな。


 分からないよ。何が正解だったのかなんて。

 私はただ、優馬が居てくれればよかったのに。

 優馬と同じ時間を、過ごしたいだけだったのに。

 輝く姿を、私に見せてほしかっただけなのに。


「おかえり、優馬君。今日のご飯、もうできてるよ」


 少し冷めちゃいそうだったけどね。

 夏鈴との時間が、私の予定を狂わせる。

 優馬と一緒に過ごすのは、私だけの特権だったはずなのに。

 今では、順番待ちをしなくちゃいけない。どうしてなのかな。


「ありがとう。今日は何かな?」


「とんかつと野菜炒めと、味噌汁とさばの味噌煮だよ」


「分かった。楽しみだな」


「うん。優馬君なら、絶対に美味しいって思うはずだよ」


 優馬の好みは、誰よりも研究した。

 美味しいって言ってもらいたかったから。笑顔をみせてほしかったから。

 いまでも、夢中になって食べてくれてはいる。

 だけど、以前ほど心が踊らない。理由なんて、考えるまでもないよね。


「美味しかったよ。いつも、大変だよね。僕に何かできることはないかな?」


「ううん。余計な負担を増やさないでほしいかな。優馬君は弱いんだから、すぐに死んじゃいそうで怖いよ」


 本当は、もっと私に触れてほしい。私に好きって言ってほしい。

 だけど、ダンジョンを攻略したら言いたいことがあるって約束が邪魔をする。

 あの時は、今みたいな状況になるなんて想像もしていなかった。

 優馬はずっと、私だけを見てくれるはず。そう信じていた。


「いつも、ごめんね。心配かけているよね」


「否定はしないけどね。でも、私のためだって分かっているから」


「絶対、愛梨の所に帰ってくるから。それだけは約束する」


 私のそばに居てくれないと、苦しいよ。泣きたいよ。

 夏鈴を心の居場所にしてほしくないよ。だから、忘れないでよね。


「お願いだよ。優馬君がいないと、私はどうにかなっちゃうから。それだけは分かるんだ」


 優馬だけが、私の全て。生きる理由。優馬の居ない世界に、意味なんてない。

 私と優馬が結ばれない未来だって、何の価値もない。

 だから、お願いだよ。ずっと私だけを見ていてよ。


「大丈夫。愛梨が待っていてくれる限り、何があっても死んだりしないよ」


「うん。信じてるから。ずっと、私のそばに居てくれるって」


 そうじゃなかったら、私の人生なんて無駄だったことになる。

 信じたい。信じさせてよ。ねえ、優馬。


 優馬の家から帰ってから、ずっと悩んでいた。

 これからどうするのか。どうすればいいのか。

 夏鈴を排除するのか、しないのか。

 するとして、どんな手段を取っていくのか。


「優馬……私は優馬にふさわしくないのかな。幼馴染なのに、何も分からないよ……」


 つい、弱音がこぼれてしまった。

 ただ近くにいることに、ずっと甘えていたのかな。

 だから、今でも優馬の気持ちが分からないのかな。

 それなら、私の努力が足りなかっただけ?


 結局のところ、優馬は私をずっと好きでいてくれるのだろうか。

 それが保証されるのなら、今の苦しみにだって耐えてみせるのに。

 怖いよ。未来が暗闇であることが。心が寒いよ。凍えちゃいそうなくらい。


 分かっている。夏鈴を殺そうとすることは、絶対に間違っている。

 優馬に好きになってもらえるように、アプローチするのが正解なんだって。

 でも、心が抑えきれない。だから、ごめんね。私はスタンピードを起こすよ。

 夏鈴が死んじゃったら、私が慰めてあげるから。だから、泣かないでほしいな。

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