再びのスタンピード(2)

 再びスタンピードが発生したらしい。夏鈴さんの住む街で。いや、愛梨はどうなっている。

 僕はどうすべきか。そもそも、今から移動して間に合うのか。


 とにかく、状況を整理しないと。何が起きているのか分からないと、判断ができない。


「他の町ではどうなっているんですか!?」


「今のところ、同時多発的なスタンピードでは無いようだ。わずかな救いだな」


「分かりました。どのダンジョンからモンスターが現れているか、分かりますか?」


「済まないが、まだだ。できれば、すぐに移動できるようにしておいてほしい」


「申し訳ないですけど、状況次第です。加藤さんは大丈夫ですか?」


「今のところは、問題ない。とりあえず、状況が変わったら連絡する」


 そのまま通信が切れていく。加藤さんと繋がっていて良かった。

 もし今の情報が無かったら、何もできないところだった。


 とりあえず、愛梨に連絡しよう。

 様子を確認して、それから動きを決めよう。


 電話をかけると、すぐに出てくれた。


「優馬君、どうしたの?」


 焦っている様子はない。なら、今は安全なのだろう。

 最低でも、すでに死んでいるわけではない。思わず息がこぼれる。


「スタンピードが起きたみたいなんだ。いざとなったら、すぐに逃げられるようにしておいて」


「分かった。優馬君、頑張ってね」


 そのまま電話は切られていった。

 とりあえず、愛梨は無事みたいだ。ありがたい。


 なら、明夜町に向かおう。きっと、いつも出会う場所の近くだ。


 僕は全力で走って、夏鈴さんを探していく。

 車を追い抜かすことすらできて、僕はバケモノなのだと実感した。

 でも、今は都合がいい。これなら、夏鈴さんを助けられるかもしれない。


 駆け抜けていく中で、夏鈴さんの姿を見つける。今にも攻撃されてしまいそうだ。

 赤くなったスライム、黒くなったゴブリン、真っ白なゾンビ。

 どんな能力かは分からないけれど、とにかく夏鈴さんを助けないと。


 全力で剣を振っていく。まずスライムを上から叩き切る。

 続いてゴブリンの首をはねる。その次に、ゾンビを縦に切り裂いていく。


「夏鈴さん、大丈夫!?」


「はいっ、優馬さんのおかげですっ」


 怪我らしい怪我は見当たらない。だから、本当に無事に見える。

 ほっと一息つきたいところだったけど、まだまだ敵がやってくる。


「夏鈴さん、僕の後ろにいて。必ず守ってみせるから」


「はいっ。信じていますからっ。いざとなったら、囮にしてくださいっ」


「そんなことはしないよ。安全な場所にいて。今のところは、僕の後ろで」


 また敵がたくさん出てくる。攻撃を受けないように気をつけているんだけど、何か違う。

 スライムを切り、ゴブリンを断ち、ゾンビを叩き潰す。


 そんな事をしている中で、僕を無視して夏鈴さんへと向かう敵がいた。

 慌てて切り捨てるけれど、違和感の正体に気がついた。

 そうだ。モンスターは僕よりも夏鈴さんを優先的に狙っている。


「夏鈴さん、絶対に僕から離れないで! なぜかは知らないけど、敵は夏鈴さんを目標にしている!」


「分かりましたっ。絶対に邪魔にはなりませんよ。こっちですっ」


 モンスターの前に姿を表す夏鈴さん。

 僕の考えは正しいのだと証明するように、スライムは突進し、ゴブリンは棒を振り下ろし、ゾンビはしがみつこうとする。

 夏鈴さんに当てないように、必死で剣を振っていく。


 いつになったらスタンピードは終わるんだろう。このままじゃ、ジリ貧だ。

 きっと、夏鈴さん一人に人員は割けない。

 むしろ、たった一人の犠牲で済むのならなんて言われかねない。

 でも、ダメだ。夏鈴さんを死なせる訳にはいかない。


 夏鈴さんが囮になってくれているおかげで、僕はずいぶんと楽ができている。

 何も考えずに剣を叩きつけていくだけでいいから。

 だけど、本音を言えば危ないことはしてほしくない。


 言葉を出すのも危ない気がするから、黙っているけれど。

 うっかり夏鈴さんの集中力が切れたらおしまいだから。


 夏鈴さんを守るために、敵を倒し続けていく。

 だけど、モンスターは減る気配を見せない。

 このままだと、本当に夏鈴さんが危ない。ひいては、僕の命だって。


 諦めるか? そうすれば、楽になれる。

 そんな考えが浮かんだけど、全力で否定する。


 僕にとっては愛梨が一番大切だ。

 だけど、夏鈴さんだって見捨てていい相手じゃない。

 僕を頼ってくれる人なんだ。信じてくれる人なんだ。

 そして、僕だけに負担をかけないようにしてくれる人でもあるんだ。


 ただ、今の状況は苦しい。

 前回のスタンピードは、スライム一体を倒すだけだった。

 今回は、いつ終わるのかも分からない。


 疲労が溜まっていくのを実感する。

 夏鈴さんを見捨てないまま、いつまで耐えられる?

 それに、僕だけじゃない。囮になっている夏鈴さんは、いつ限界を迎える?


 そんな恐れを振り払いながら、モンスターを倒し続ける。

 一体なぜ、夏鈴さんが襲われているのだろう。

 いや、今は考えている場合じゃない。

 とにかく、夏鈴さんの命を第一にしないと。


 焦りが襲いかかってくる中、ずっと戦い続ける。

 夏鈴さんが死んでしまえば、僕の日常がひとつ終わってしまう。

 そんな未来は嫌だから、頑張っている。 

 でも、本当に乗り越えられる状況なのか?

 不安に負けそうになりながら戦っていると、通信機から声が聞こえた。


「優馬君、モンスターの発生源が分かった。君の向かっていたBランクダンジョンだ」


「分かりました、そこに向かえば良いんですね」


 ハンズフリーの通信機で助かった。手に持って戦える状況ではないからね。

 とにかく、今の状況で耐え続けるのは厳しい。だったら、元を断ちに行くだけだ。

 けれど、夏鈴さんを見捨てることもできない。


 どうすれば良い。何が正解なんだ。


「優馬さん、私も行きますっ。これでも、ダンジョンに潜っていたこともあるんですからっ」


「そこに人がいるのか? 状況はどうなっている?」


「なぜか彼女が襲われているので、ダンジョンに向かうか悩んでいたんです」


「なるほど。確かに、君がダンジョンへ向かえば、モンスターに襲われる人は危うい。だから一緒にか」


「そうですっ。優馬さんなら、必ず私を守ってくれますっ」


「頑張ってくれ。私は君たちに期待するしかできない。武運を祈る」


 ダンジョンの場所は分かっているので、夏鈴さんと一緒に走っていく。

 驚くべきことに、僕と大きな速度の差はなかった。

 僕は敵を倒しながらとはいえ、すごい身体能力だ。

 なんで僕を応援していたのか分からないくらい、ダンジョンでレベルアップしている。


 敵を切り続けながら走ってしばらく。Bランクダンジョンに到着した。

 門番の存在もなく、まっすぐに門に入っていくことができた。


 さあ、ここからだ。初めてのBランクダンジョンなのに、一発で攻略しないといけない。

 それも、夏鈴さんを守りながら。とてつもない難題だ。

 だけど、絶対に諦めたりしない。ここまで来たんだ。負けてたまるか。


 ダンジョンの中は森になっていて、とにかく動きづらい。

 木の枝や草、ツルのようなもの、何もかもが動きを妨害してくる。

 にもかかわらず、スライムもゴブリンもゾンビも、手足を取られないかのように進んでくる。


 ただ、良い事もある。壁にできるものが多いので、夏鈴さんを守りやすい。

 敵の攻撃してくる位置を限定できるので、そこにだけ注意していれば良いのだ。

 木が邪魔で攻撃できない敵を、剣を叩きつけて切る。

 そうしていくことで、僕はそこまで疲れずに進んでいくことができた。


 もうひとつの要因として、防御を考えなくて良いことがある。

 理由は分からないけど、とにかく敵は夏鈴さんばかりを狙う。

 だからこそ、僕は攻撃に全力を注ぎ込むことができた。


「優馬さん、もっと敵を引き付けますねっ」


 夏鈴さんはわざわざ自分からスキをさらして、だからこそモンスターも攻撃していく。

 その後ろや横から、僕はモンスターに斬りかかる。

 楽に倒せはするのだけれど、夏鈴さんが心配だ。

 万が一にも僕が失敗してしまえば、それだけで危ないのだから。


 だけど、夏鈴さんがいないと、このダンジョンは攻略できない。そんな気がする。

 どのモンスターも動きが早くて、僕だけだったら囲まれていただろう。

 後ろに気を配らなくて良いことが、どれだけ戦いを楽にしてくれるか。


 そのまま順調に攻略を進めていき、いよいよボスと戦うことになった。

 真っ黒で大きい犬に、より鋭い牙と、大きな角が生えている。

 勢いよく突進してくるので、夏鈴さんの手を取って避ける。

 すると、角に当たった木が大きな音を立てて倒れていった。


 ボスはそのまま向きを変えて、また夏鈴さんへと向かう。

 手を引っ張ろうとすると、振り払われた。


「私はなんとかよけてみせますっ。ですから、優馬さんは攻撃を!」


 また手を引っ張ろうとすれば、今度も振り払われるだろう。

 そして、それが夏鈴さんのスキになってしまう。なら、大丈夫だと信じるしかない。

 そう考えて、僕は全身全霊でボスに攻撃を仕掛けていった。


 結果として、夏鈴さんは無傷のまま敵を倒すことができた。

 速度では劣っているのに、最低限の動きで攻撃を避けていた。

 彼女はときおり足払いを仕掛けて動きを妨害していたりして、僕よりも技術では上だったかもしれない。


「優馬さん、素敵でしたっ。あなたのおかげで、命拾いしましたよっ」


「良かったよ、夏鈴さんが無事で。じゃあ、帰ろうか」


「そうですねっ。行きましょうっ」


 結局、今回の事件では愛梨も夏鈴さんも、加藤さんも無事だった。

 だけど、いつ次のスタンピードが起きるかなんて分からない。あらためて実感した。

 できるだけ早く、Sランクダンジョンを攻略しないと。

 まずは、次のAランクダンジョンだ。しっかりと、決意を固めた。

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