再びのスタンピード(1)

「こんにちはっ、優馬さん。会いに来ちゃいましたっ」


 僕の家にやってきた、よく挨拶する女の人。今日も元気いっぱいだ。染めている金髪が印象的で、とても可愛らしい。

 ただ、自己紹介していないのに名前を知られている。ちょっと怖い。


 だけど、彼女も僕との関係を大事に思ってくれたのだと思うと、けっこう嬉しい。

 僕だけが、この人と接する時間を楽しんでいた訳じゃないんだと思えて。


「確かに僕は優馬だけど。なんで名前を知っているの?」


「あっ、それは気になりますよね。Cランクダンジョンを攻略した人なんだって、噂になってましたよっ」


「それは、あなたの地元でってこと?」


「ううん。もっと大きいと思いますっ。Cランクダンジョンが攻略されたのは、初めてらしいのでっ」


 そうなんだ、知らなかったな。

 もうちょっと、情報を集めた方が良いよね。もしかしたら、ダンジョン攻略の手段を知れるかもしれないし。


 いや、ダメだな。僕が初めてCランクダンジョンを攻略したんだもんね。

 つまり、これから先は僕が先駆者になるわけだ。誰かにやり方を教えてもらうことはできない。


 でも、これまでと同じことだ。今まで通りに戦っていくしかない。

 幸い、加藤さんという協力者ができた。僕は一人じゃない。


 分かっているよ。もともと愛梨がいるから一人ではなかったって。

 だけど、ダンジョン攻略の協力者は、加藤さんが初めてだから。


 目の前にいる彼女も含めて、ダンジョンがきっかけの出会いもある。

 怖かったし、苦しかったけれど、良かったこともあるんだ。


 愛梨がご飯を作って待っていてくれることも、新しい出会いができたことも。

 これから先だって、大切な思い出になってくれるはずだ。


「だから、名前まで知っていたんだね。ところで、あなたの名前は?」


夏鈴かりんですっ。優馬さんのおかげで、死んだ両親も報われたと思いますっ」


 僕のおかげということは、ダンジョンに関わっている。

 つまり、ダンジョン攻略に失敗したか、スタンピードで死んだか。


 どちらにせよ、他人事じゃない。

 僕はダンジョンで死んでもおかしくないし、愛梨だってスタンピードで死んでいたかもしれない。


 なんというか、夏鈴さんは他人のような気がしないな。

 僕がたどるかもしれなかった可能性を、どこかで見ているかのような。


 愛梨が死んでいたとして、僕はダンジョンを攻略した人に感謝できただろうか。分からない。

 だけど、絶望していたことは想像できる。きっと、夏鈴さんだって。


 だからかな。何もかもを失った僕の姿を思い描いているのかもしれない。

 つまりは、自分勝手な共感ではある。だけど、悪い気分じゃないな。


「よろしくね、夏鈴さん。ご両親が亡くなったのなら、大変だよね。できることがあれば、言ってほしい」


 自分でもバカバカしいことを言っていると思う。ただ挨拶していただけの関係の人に、何を。

 きっと、夏鈴さんだって困ってしまうよね。でも、なぜか口から言葉が出てきた。


 まあ、頼ってくれるのなら嬉しいことではあるけれど。

 ほとんど他人とはいえ、少しは親しみを感じている人だから。力になれたらって。


 夏鈴さんは首を横に振って、笑顔を向けてくれる。

 良かった。機嫌を損ねるような物言いではなかったみたいだ。


「大丈夫ですっ。一応、優馬さんと同じ高校生なんですっ。お金にも困っていませんっ」


 高校生だとなぜ大丈夫なのかは分からない。

 だけど、お金に困っていないのなら、そこまで心配はいらないか。


 ああ、そうか。ちゃんと高校に通えてるよってことか。

 それなら、きっと大丈夫だよね。近くのダンジョンも無くなったことだし。


「そうなんだ。じゃあ、あまり心配しなくても良さそうだね」


「はいっ。むしろ、優馬さんの方が大変だと思いますっ。両親の仇を討ってくれたのは嬉しいですけど、だからこそ、死なないでくださいっ」


「もちろんだよ。僕には帰りを待ってくれる人がいるんだから」


「なら、その人のためにも、生きてくださいねっ。私の方こそ、できることがあったら言ってくださいっ」


「心配しなくていいよ。僕だって、生きるために全力だから」


 それに、ダンジョンに他の人を巻き込みたくない。

 夏鈴さんは普通に生きているんだから、わざわざ危険なことをしなくて良いと思う。


 本気で心配してくれていることは伝わるけれど、だからこそ断るんだ。

 僕を大切にしてくれる人は、失いたくないから。


「じゃあ、今日は行きますねっ。また、会いましょう」


「分かった。また今度ね。これからも、よろしくね」


「もちろんですっ。優馬さんと会えて、本当に良かった」


 その日は夏鈴さんと別れて。

 ときどき、夏鈴さんは僕に会いに来てくれるようになった。


「今日は大変だったよ。別のCランクダンジョンに行ったんだけど、幽霊が居てさ」


「優馬さん、幽霊が苦手だったんですねっ。可愛いですっ」


「それで、スタングレネードを投げたら倒せたんだけどね。持ってなかったらと思うと恐ろしいよ」


「ふふっ、それは大変でしたね。他の倒し方はあったんですか?」


 幽霊が出てきて、冷静じゃなかったからな。

 正直、もっとうまい対処もあったかもしれない。


 今後、幽霊を克服しておかないといけないよね。

 もう一度敵として現れる可能性だってあるんだから。


 めちゃくちゃ怖い。でも、ホラー映画なんかで耐性をつけたほうが良いかも。


「まだ分からないかな。剣が通じてくれるなら、楽なんだけどね」


「でも、もう攻略しちゃったんですよね? ふふっ、なら、出会わなくてすみますね」


 最近は、Cランクダンジョンも一日で攻略できることが増えてきた。

 だから、そろそろBランクダンジョンに挑んでも良いのかもしれないな。


「そうだね。できれば、もう二度と出会いたくないかな」


「幽霊を怖がる優馬さん、見てみたかったですっ。そろそろ時間ですね。では、また」


 夏鈴さんとは、いつも少し会話をするだけだ。

 それだけでも、ずいぶんと心が落ち着いていく感覚があった。


 やっぱり、ダンジョンの攻略を素直に話せるのが大きいんだと思う。

 今でも、クラスメイトや家族には黙ったままだからね。


 もしかしたら、知っていて気づかないフリをしてくれているのかもしれないけれど。

 どちらにせよ、ダンジョンについてあまり触れ回るつもりはない。


 それから、家に入って愛梨と会話をしていく。

 いつも、夏鈴さんは家の前で待ってくれているんだよね。僕の家には入ろうとしない。


「おかえり、優馬君。今日のご飯、もうできてるよ」


「ありがとう。今日は何かな?」


「とんかつと野菜炒めと、味噌汁とさばの味噌煮だよ」


「分かった。楽しみだな」


「うん。優馬君なら、絶対に美味しいって思うはずだよ」


 その言葉通り、確かに美味しかった。

 とんかつは衣がサクサクで肉は柔らかい。野菜炒めはどれもよく火が通っている。

 味噌汁はホッとする味で、さばの味噌煮は味がしっかりと染みていた。


「美味しかったよ。いつも、大変だよね。僕に何かできることはないかな?」


「ううん。余計な負担を増やさないでほしいかな。優馬君は弱いんだから、すぐに死んじゃいそうで怖いよ」


「いつも、ごめんね。心配かけているよね」


「否定はしないけどね。でも、私のためだって分かっているから」


 愛梨は少し悲しそうだ。こんな顔をさせてまで、戦う意味はあるのだろうか。

 いや、ある。僕が一番ダンジョン攻略を進めているんだ。


 万が一スタンピードが起きた時にも、愛梨を守れるように。

 そして、できればSランクダンジョンを攻略して、ダンジョンそのものを無くせるように。


「絶対、愛梨の所に帰ってくるから。それだけは約束する」


「お願いだよ。優馬君がいないと、私はどうにかなっちゃうから。それだけは分かるんだ」


 前から、愛梨は僕が死んだら死ぬと言っていた。

 今回の言葉は、前進したのかどうかのか。


 僕が死んだ後でも、愛梨が幸せに生きてくれる方がいい。

 でも、今の感じだと難しいよね。やっぱり、死ねない。


「大丈夫。愛梨が待っていてくれる限り、何があっても死んだりしないよ」


「うん。信じてるから。ずっと、私のそばに居てくれるって」


 それからは、いつものように過ごしていった。

 愛梨は食事の後には帰っていき、僕は一人の部屋を広く感じる。いつも通りだ。


 やっぱり、僕は一人では生きていけない。

 だからこそ、愛梨のために頑張っていくんだ。改めて、決意を固めた。


 そして次の日。Bランクダンジョンへと向かっていると、通信機から連絡が入った。


「優馬君、聞こえるか? スタンピードだ! 明夜町にモンスターが!」


 明夜町は、加藤さんと夏鈴さんが住んでいる町。つまり、夏鈴さんも危ない!?

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