表出する歪み(2)

「行きますよ!」


 優馬が敵と戦おうとすると、男はすぐに逃げていく。

 そのまま、男は物陰で優馬を待つ。


 なるほどね。いい相手と戦ってくれている。

 こういう、卑怯とも言って良い戦い方は、優馬は経験してこなかったからね。


 Cランクダンジョン、Bランクダンジョンと進めていく上で、今回の戦いはきっと大きな力になる。

 いつか優馬にSランクダンジョンを攻略してもらうためにも、ちょうどいい。


 なら、今後も続く関係になってくれれば良い。この男次第ではあるけれど。

 優馬にとって必要なものは、悪辣さだからね。


 いくらなんでも、今の優馬は素直すぎる。

 もっと悪い手段を思いつくのなら、もっと素敵になれるよ。


 私は優馬を信じているからね。どんな手段を手に入れても、根っこの善良さは変わらないって。

 きっと、私を助けるためだけに、あらゆる手段を使ってくれるから。


 戦いの方では、私の想像通りに男は不意打ちした。

 曲がり角を通ろうとした優馬に、物陰から剣が襲いかかる。


 優馬が避けたのを確認して、敵はまた逃げていく。優馬も追いかける。


「殺すつもりですか! なら、逃がしませんよ!」


「Cランクダンジョンに入れる人間が、さっきの一撃で死にやしないよ!」


 優馬よりも、ダンジョンに入った人間の耐久性を理解できているみたいだ。

 仮にさっきの攻撃が当たったとしても、せいぜいアザができる程度だ。

 その観点でも、今の敵はちょうど良いな。

 優馬はヒーローだけあって、運が良いのだろう。


 必要なタイミングで、必要な技能を覚えられる敵に出会う。

 これまでは、私が調整してきたけれど。今は偶然だからね。


 間違いなく、優馬は運命に愛されている。

 彼の活躍を、世界が望んでいるかのようですらある。


 私の選んだヒーローは、本当に主人公と言っていい存在なんだ。

 改めて、心に恋慕と興奮が湧き上がってくる。


 頬が熱いし、胸がドキドキする。

 私の想い人は、誰よりも最高なんだ。その感情だけに、支配されそうになる。


 でも、まだダメ。いつか優馬と結ばれるときまで。

 私の心が優馬で埋め尽くされるのは、ハッピーエンドの後でいい。


 優馬は敵に翻弄されて、うまく活躍できていない。

 だけど、そんな姿すらも愛おしい。これからの成長を見られるのだと思うと。


「鬱陶しい奴め、逃がさないぞ!」


 なんて優馬は叫んでいたから、頭に血が上ったのかと思った。

 だけど、違った。全力で敵を追いかけていない。


 その上、わざと足音を大きくしているのだから。

 まだつたないとはいえ、策を考えだしたんだ。


 優馬の成長は、自分のことのように嬉しい。

 私が見たかったのは、今みたいな光景だよね。


 苦戦しながらも、勝ちに向かって進んでいく。

 そんな姿を見られる幸福は、私だけのもの。


 いま戦っている敵だって、優馬の本当の価値は理解できないはずだ。

 臆病で、頼りなくて、情けない。そんな姿を知っている私だからこそ、優馬の魅力が分かるんだから。


 優馬の策はハマったとは言い切れなくて、結局力押しのような形で勝った。

 単純な戦闘技能なら、間違いなく男のほうが上だった。


 だけど、だからこそ優馬は伸びていくんだ。

 今の戦いを反省して、糧にして。私のためだけに。


 そんな優馬も良いけれど、さっきまで敵だった男に手を差し伸べている姿も良い。

 お人好しさが全面に出ているよね。それでも、私が危険な状況なら、私以外を捨ててくれるんだから。


「大丈夫ですか?」


「ああ。君の力は、私を遥かに超えている。このまま戦ったところで、勝てないだろうな」


「なら、僕がダンジョンに挑むことを認めてくれますか? 邪魔さえしないのなら、認める必要もありませんが」


「悔しいが、そのつもりだ。君のような子供に、戦わせたくはなかったのにな。同じCランクダンジョンに挑んでいるのに、私の成長は頭打ちなんだ。それでも、大人である私が戦いたかったのに」


 予想通りの動機ではある。だけど、成長が頭打ちとはどういう事だろうか。

 私は優馬をひいきしてはいるけれど。だからといって、優馬以外に攻略できないものではない。


 Sランクダンジョンは、優馬だけにしか攻略させるつもりはない。

 それでも、他のダンジョンを攻略するライバルは必要だって思っていたんだけど。


 何か失敗してしまったのだろうか。分からない。

 でも、優馬に問題がないのなら、気にすべきことではないかな。


「気遣ってくれたんですね。ありがとうございます。でも、僕は大丈夫です」


「ああ。私よりも、よほど見込みがあるだろう。でも、私も協力するよ。この街の警察署に来てくれれば、装備を融通する」


 なるほどね。一応、政府の対応は調べていた。

 その中で得た情報には、確かにダンジョン攻略者に装備を支給する計画があった。


 当たり前ではあるよね。スタンピードがある限り、ダンジョンは大きな災害のもとだ。

 攻略できるのなら、それが最善だと考えるのは普通のこと。


 ちょうど良いな。優馬にだって武器は必要だと考えていた。

 それが、わざわざ装備を与えてくれる存在と出会うなんてね。


「警察官なんですか? それでも、武器なんて持てるものなんですか?」


「私は特別ではあるが、スタンピード対策だよ。最低限、市民を守る手段を構築するためだった」


 特別ね。後で調べておいた方が良いかも。

 優馬に害をなさないのなら、どうでもいいんだけどね。


 とはいえ、面倒な思惑に優馬が巻き込まれちゃったらね。

 一応、最低限の情報は集めておいた方が良いかな。


「そうなんですね。なら、あなたも市民を守るために?」


「ああ。だが、限界が見えてしまった。だから、君に託すよ。今回の戦いで、私の装備の有用性は理解できたと思う」


「そうですね。モンスターにも通じたんですか?」


「その通りだ。理解してくれるのなら、話は早い。今後の君の戦いで、役立ってくれるだろう」


 優馬が便利な道具を手に入れたら、もっと活躍が見られるよね。嬉しい。

 やっぱり、優馬のカッコいい姿はいくらでも見ていたいから。


 いずれ、全てのダンジョンを攻略してしまう瞬間を惜しいと感じてしまうくらいだ。

 私の望みは、優馬のヒーローとしての姿を見ること。その後、遊真と結ばれること。


 同時に両方が叶えられないことが、悲しくもある。

 だけど、私の幸せにはいろんな色があるということでもあるからね。


「分かりました。警察署に向かえば良いんですね。明日、行きますね。誰が取り次いでくれますか?」


「ああ、すまない。名乗っていなかったな。加藤かとう拓人たくとを呼んでくれ。それが私の名だ」


 加藤拓人か。偽名かもしれないけれど、調査しておくか。

 優馬に無理難題を押し付けるようなら、消えてもらうために。


 だけど、焦って殺したりはしない。

 大きなウソがなければ、きっと優馬の力になってくれる人だから。


 私以外にも、優馬を支えてくれる人は居た方がいい。

 依存してくれることは心地良いけれど、私と仲違いした時に相談できる相手くらいはね。


 もちろん、優馬とケンカしたい訳ではない。

 だけど、人間関係に絶対はないからね。ちょっと心が離れても、いつか仲直りできるように。


「分かりました。知っていると思いますが、僕は笹木優馬です。よろしくお願いしますね」


「ああ、よろしく頼むよ。不甲斐ない大人で済まないが、君しか居ないんだ」


 優馬の輝きは、加藤とやらにも通じたらしい。

 やっぱり、私の優馬は最高だよね。分かるよ。


 誰かにダンジョン攻略を任せるのなら、優馬しか居ないよ。

 慎重だけど、いざという時には危険に飛び込める人だからね。


 私の幼馴染で、本当に良かった。

 きっと、出会えなければ、私は人生に絶望していたから。


 優馬のカッコいい姿を見ていることだけが、私の生きる理由だから。

 私の望みも、願いも、優馬が居てこそのものだから。


「分かりました。今日は帰りますけど、加藤さんはどうしますか?」


「私も戻るとしよう。報告しないといけないことがあるのでな」


 優馬が帰ってくる前に、食事の準備をして。いつも通りに食べてもらって。

 それから、加藤拓人をチート能力で調べていた。


 どうにも、ダンジョン攻略を任される立ち位置だったらしい。

 そこで、いま一番ダンジョンを進めている優馬に目をつけたんだとか。


 本当は、優馬に活躍してほしいというのが、彼の上司の考えだった。

 だけど、子供に命をかけさせる自分が許せなかった。そういうことらしい。


 まあ、どうでもいいことだ。理由がハッキリした以上、敵対の可能性は考えなくて良い。

 問題があるとすれば、優馬に無茶なダンジョン攻略をさせないか。


 だけど、加藤が優馬を担当しているうちは大丈夫だと思う。

 その程度には、子供を大切に思っているようだったから。


 なら、優馬にとって頼れる大人のポジションで居てもらおう。

 そうした方が、きっとお互いのためになる。


 優馬は装備や相談相手を手に入れる。

 加藤はダンジョン攻略の協力ができる。優馬が無理をしないかも見守れる。ちょうど良いよね。


 次の日、優馬は加藤から装備を渡されてからダンジョンへと向かっていた。

 いろいろと貰っていて、金も取られないという大盤振る舞い。


 加藤はよほど優馬に期待しているのだろうな。間違っていないよ。

 私にとって、唯一にして最高のヒーローだから。誰よりも素敵な人だから。


 ただ、気になることもあった。金髪の女だ。


「あ、装備を変えたんですね。なら、前よりも安全そうですか?」


「そうですね。だいぶ楽ができると思います」


「なら、安心ですね。今日も頑張ってくださいっ」


 優馬は彼女と離れることに名残惜しさを感じている様子。

 確かに、優馬を心配する人間は、ほんの一握りだ。


 だから、おかしな事ではない。分かってはいる。それに、優馬は私を一番に想っている。分かっているんだ。

 それでも、私の優馬を奪われるかもしれないという懸念があった。心が抑えられなかった。


 ただ、今のダンジョンだけの関係だ。そう思うことで、自分を落ち着かせて。


 優馬はいつも通りにダンジョンへと向かう。

 いつもと違うのは、新しい装備を手に入れていること。


 優馬の戦い方は明確に変わっていて、策を考えたんだと分かるもの。

 主に、加藤の戦い方を真似ていた。うん。最初はそれでいいよ。


 これから、もっと優馬に道具や戦い方が馴染んでいくだろう。

 そうなれば、もっと活躍を見せてくれる。楽しみだ。


 優馬は順調にダンジョンを進んでいって、ボスと戦う。どう見ても鬼って感じで作った。

 今回は、単純なパターンでは勝てないように設計した。


 だけど、加藤との戦いで学んだおかげで、道具を手に入れたおかげで、スムーズに敵を倒せていた。

 うんうん。優馬と加藤の出会いは、とても良いものだった。


 これからも、優馬の活躍に役立ってくれるはずだ。

 だったら、それなりに気にかけてあげよう。優馬のためだもんね。


 ただ、私の予定が狂ったと思える出来事があった。

 いつも優馬と挨拶していた女が、彼の家へと訪ねてくる。


 つまり、私と優馬の時間に入り込んでくる相手なんだ。

 自分の心が冷えていくのが、強く実感できた。


 優馬。私だけを見ていてくれるよね?

 そうじゃなかったら、きっと私はおかしくなっちゃうよ。

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