表出する歪み(1)
優馬への次の課題として、多少の知性を持った敵を用意することにした。
単純な力押しでは勝てない敵に、どうやって対応するか。それが見たくて。
実際にCランクダンジョンに挑んだ優馬は、苦戦しているよう。
追い詰められている雰囲気はないけれど、それでもいつもより気を配って会話していた。
「今回はダンジョンを攻略できなかったよ。まあ、今までが順調すぎただけだよね」
「そう思うよ。急いだりしないでね。私にとっては、優馬君が無事でいることが大事なんだから」
「ありがとう。僕も、愛梨が無事で居てくれるのなら十分だからね。無理はしないよ」
「お願い。優馬君、つらいことがあったら、何でも言ってくれて良いからね」
優馬が活躍するようになってから、皮肉っぽいことを言いたくはならなくなっていた。
だけど、その程度じゃ足りない。うっかり言葉を間違えれば、ひどく傷つくだろう。そんな気がしていた。
優馬は根本的には弱い人間なんだ。よく知っている。
それでも、大切な人のために勇気を振り絞っているだけ。
だからこそ、弱っているところを追い込むなんてことはできない。
心が傷ついて、死に急いでしまうかもしれないから。
私は優馬を活躍させたいのであって、苦しめたい訳じゃない。
もっと言えば、優馬には幸せになってほしい。
私にとっては、優馬は想い人。そうでなくても、大切な幼馴染なんだから。
そんな相手を、命がけのダンジョンに送り込んでいる訳なんだけどね。
「大丈夫だよ。今は攻略が遅れているけど、全くダメではないからね」
「なら、良いけど。優馬君は、必ず私の所に帰ってくること。約束だよ」
「もちろんだよ。誰に言われるまでもなく、当たり前のことだよ」
優馬が私を居場所と感じてくれている。とても嬉しい。
彼の優しさも、思いやりも、強さも弱さも。心の全部は私のものなんだ。
だから、安心して待つことができる。
私のためだけに、必ず生きて帰ってきてくれるから。
「ありがとう。優馬君、また明日も明後日も、いつだって待っているから」
「うん。愛梨のそばだけが、僕の帰るべき場所だよ」
うんうん。私の想いは絶対に届く。
そう思えるから、心が軽い。優馬の声も顔も、私を愛おしいと全力で表現しているから。
優馬を好きになって良かった。今、こんなにも幸せだから。
私はずっと、彼のような人に出会いたかったんだと思う。
前世でも求めていたヒーローだったからね。
まあ、恋をしたのはきっと、女の体だからだけれど。
男を好きになることに、違和感はないのか。
そう聞かれたとしても、問題ないと返せるよ。
私が好きなのは、私を好きでいてくれる優馬だから。
ずっと私の幸せを望んでくれる人だから。
そんな感じで、落ち着いた気持ちで優馬をダンジョンに送り出す日々。
だけど、少しだけ気になっていることがあった。
優馬が毎日挨拶をしている相手。金髪に染めた、私とは対称的な女。
なんとなく、嫌な予感がしていた。私の邪魔になる人じゃないかって。
だけど、いま攻略しているダンジョンにいる間だけの関係だから。そう、自分に言い聞かせていた。
「こんにちはっ。今日もダンジョンですか?」
「そうですね。頑張っていきたいと思います」
「ご無理はなさらず。あなたが死んでしまったら、私は悲しいですっ」
「ありがとうございます。帰りを待ってくれる人もいるので、死んでられませんよ」
「なら、その人を悲しませないようにしないといけませんね。応援してますねっ」
こんな会話をしていて、ただの挨拶程度なのに、優馬の顔はほころんでいたから。
恋をしている訳ではない。理性がそう告げていたけれど、感情は収まらなかった。
私の、私だけの優馬の視界に、他の女が入っている。
苦しくて、胸が張り裂けそうだった。これまで、誰も気にしていなかったのに。優馬も私も。
ただ、私と優馬だけの世界があった。だけど、他の人が侵入してくるかもしれない。
そんな危機感に襲われて、心に澱のようなものが溜まっていく感覚があった。
私の感情を置き去りにしながら、優馬はダンジョンへと向かっていく。
何度も挑み続けて、それでも苦戦しているCランクダンジョンに。
優馬を応援する心は本物だったはず。
だけど、他の不純物が入っているような気もしていた。
あの女から、できるだけすぐに遠ざかってほしい。そんな祈りも込めていたのかもしれない。
私にとって、何よりも大切な優馬。彼が遠くに行ってしまうような予感がして。
優馬がダンジョンに入っていくと、モンスターの姿が見当たらなかった。
他の女のことを考えすぎて、ダンジョンの調整を忘れていた。
だけど、今さら急にモンスターを発生させるのもおかしい。
そう考えて、とりあえず様子をうかがうことにした。
すると、よく分からない男が優馬を待ち伏せしている様子。
殺すか? そう考えていたが、まだ何の罪も犯していない。
わざわざ他人を攻撃するのなら、相応の理由が欲しかった。
何の理由もなく他人を殺すほど、堕ちてしまいたくなかった。
分かっている。ダンジョンという災害を起こしておいて、どの口がという話だ。
それでも、遊真の隣に居ていいと思える線だけは、越えたくなかった。
優馬の前に立った男は、ゆっくりと話しかけていく。
何か、言い聞かせたいことがあるかのように。その内容は、分からないけれど。
「君は、これからもダンジョンを攻略するつもりなのかい?」
「そうですね。必要なことですから。僕がやらなきゃいけないんです」
「笹木優馬君。君は大変優秀だ。疑いようはないよ。私が集めた情報だけでも、誰よりもダンジョン攻略をこなせていると思う」
私の優馬だから、当たり前だ。誰よりも最高のヒーローなんだ。
全然ひいきしなくても、勝手にダンジョンを攻略していくくらいには。
心も、技術も、何もかも。
目を焼かれそうな煌きがあって、あまりのまぶしさに負けてしまいそうなくらい。
「ありがとうございます。思っていたよりは順調ですね」
なんだかんだで、優馬は自分に自信がない。
きっと、全くうまくいかないことも想像していたはずだ。
だけど、私との日常を守るために前だけを見ている。
その姿勢こそが、私の求める勇気だよ。
やっぱり、自信にあふれていて、とても勇敢な人は私の好みじゃない。
優馬みたいに、心の弱さを抱えたまま頑張る人こそが好きだ。
私が優馬と出会ったのは、間違いなく運命だよ。
だって、求めているヒーローそのままなんだもん。
そんな優馬ではあるけれど、今回の敵にはどうするかな。
できれば、あまり殺すという選択はしてほしくない。
私と同じ所まで堕ちてこないでほしい。
それは、確かな本音ではあるから。今の顔を見る限り、できれば協力したいのだろうけど。
「だけど、君の冒険はここまでだ。どうしても先に進みたければ、私を倒してからにしてくれ」
どういう意味なんだろうな。優馬を傷つけるつもりなら、別の言い方もあるはず。
なんというか、止めたい? 理由は分からないけど、なんとなく感じた。
顔だけを見て判断するのは危険だけど、優馬に対する敵意は感じない。
どちらかというと、心配のようなものが見える。
ああ、分かったかもしれない。優馬は弱そうだもんね。頼りないもんね。
それは、戦いに向いていないと思うよね。でも、余計なお世話なんだよ。
「それは、殺し合いをしようという話ですか?」
「違う! 私は人を殺すつもりなどない。ましてや、君のような子供を」
本音に見える。君のような子供を、ね。
子供が戦うのが嫌だから、ここで諦めさせたい。そんなところかな。
まあ、一般的な感性で言えば、優しくはあるのだろう。
だけど、邪魔だとしか言えない。優馬が戦うためのダンジョンなんだから。
この男はどうすべきだろう。まだ判断がつかない。
わざわざ殺すほどではないと思う。だけど、それだけだ。
まあ、少なくとも優馬との戦いが終わってからで良いか。
殺すつもりはないのは見て取れるから。
「なら、すぐに始めますか?」
「そうだね。邪魔になりそうなモンスターは排除した。君には、ここで諦めてもらうよ」
なるほどね。万が一にも、モンスターに優馬を殺させたくないんだろう。
確かに、念入りにモンスターが殺し尽くされている。
なら、今のところはモンスターを出現させないでおくか。
この二人の戦いがどうなるのか、少し興味があるから。
負けたところで優馬は諦めない。だから、何も問題はない。
どっちが勝ったところで、悪くて多少遠回りをするだけのことだ。
優馬は覚悟を決めた顔をして、男に向き合っていく。
やっぱり、今みたいな優馬が一番カッコいいよ。
そうして、私の計画外の戦いが始まっていった。
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