新しい手段を(2)

 僕の行く手をはばむ敵がやってきた。なので、全力で立ち向かう。


「行きますよ!」


 バットを構えて、防御の姿勢に入る。

 相手は即座にこちらから離れていく。慌てて追いかける。


 曲がり角の先に向かうと、急に刃が襲いかかってきた。

 頑張って避ける。また敵は逃げていく。


「殺すつもりですか! なら、逃がしませんよ!」


「Cランクダンジョンに入れる人間が、さっきの一撃で死にやしないよ!」


 確かにそうかもしれない。僕だって、もっと危ない攻撃を受けたこともある。

 それでも、多少のケガをしても、命に関わることはなかった。


 なら、相手は僕を殺すつもりはないのだろうか。実際、他人と戦った経験が少なくて、よく分からない。

 考え事を捨てて、また追いかけていく。今度は曲がり角に警戒する。


 攻撃は来ないので、安心して進んでいく。すると、急に足を取られて転びかける。

 そこに、敵の剣が襲いかかる。なんとかバットで防御する。


 一応、鉄を切れる剣ではないのか。なら、本気の殺意はないのかも。

 装備を見る感じだと、ちゃんと切れる剣くらい用意できそうに見える。


 なんというか、金がかかっていそうというか。

 でも、厄介な敵だ。また逃げていったので、足元を確認する。

 すると、糸のようなものが張られていた。

 つまりは、僕を妨害するために罠を仕掛けていたってことだ。


 狡猾というか、戦術を考えているというか。僕の頭にはない行動を仕掛けてきた。

 このままだと、負けてしまうかもしれない。考えろ。相手の嫌がることは何だ。


 毎回、逃げる相手を追いかけてきた所に仕掛けを用意されている。

 なら、慌てず慎重に動くことが鍵になるだろうか。


 そうなると、ただ慎重に動いても効果は薄いだろう。

 ブラフが必要になってくるはずだ。簡単なところだと、声か。


「鬱陶しい奴め、逃がさないぞ!」


 敵が視界から消えるまで走って、それからは足音だけを立てる。今度は階段だ。

 そのまま進んでいくと、上から何かが降ってきた。警戒していたので、すぐに避ける。

 すると、煙が出てきた。煙幕だったか。


 絶対に煙に紛れて攻撃してくると分かったので、足音に警戒する。

 聞こえてきた音に合わせて、バットを振り抜く。剣で防御した敵は、そのまま吹き飛んでいった。

 そして階段を転がり落ちていったので、慌てて様子を見に向かった。


 痛そうにはしているが、間違いなく無事だ。ホッとした僕は一息つく。


「大丈夫ですか?」


「ああ。君の力は、私を遥かに超えている。このまま戦ったところで、勝てないだろうな」


「なら、僕がダンジョンに挑むことを認めてくれますか? 邪魔さえしないのなら、認める必要もありませんが」


「悔しいが、そのつもりだ。君のような子供に、戦わせたくはなかったのにな。同じCランクダンジョンに挑んでいるのに、私の成長は頭打ちなんだ。それでも、大人である私が戦いたかったのに」


 本気で顔に悔しさと申し訳無さのようなものが見える。

 つまり、この人は僕を心配してくれていた。やり方は、ちょっとどうかと思うけど。


 でも、言葉で説得されたところで、僕は止まらなかったか。なら、正しい方法だったのかもしれない。

 どちらにせよ、この人が諦めてくれたのなら、またダンジョンに挑むだけだ。


 ちょっと時間を取られてしまったから、今日はここまでだけど。


「気遣ってくれたんですね。ありがとうございます。でも、僕は大丈夫です」


「ああ。私よりも、よほど見込みがあるだろう。でも、私も協力するよ。この街の警察署に来てくれれば、装備を融通する」


「警察官なんですか? それでも、武器なんて持てるものなんですか?」


「私は特別ではあるが、スタンピード対策だよ。最低限、市民を守る手段を構築するためだった」


 確かに、納得できる話ではある。警察の役目なのかは怪しいけれど。

 今度スタンピードが起こった時も、街中にモンスターが現れるのだろう。


 だから、確かな戦力は必要だ。いざという時に、対策があるのとないのでは大違いだから。


「そうなんですね。なら、あなたも市民を守るために?」


「ああ。だが、限界が見えてしまった。だから、君に託すよ。今回の戦いで、私の装備の有用性は理解できたと思う」


「そうですね。モンスターにも通じたんですか?」


「その通りだ。理解してくれるのなら、話は早い。今後の君の戦いで、役立ってくれるだろう」


「分かりました。警察署に向かえば良いんですね。明日、行きますね。誰が取り次いでくれますか?」


「ああ、すまない。名乗っていなかったな。加藤かとう拓人たくとを呼んでくれ。それが私の名だ」


 さっきの戦いで、思い浮かんだ戦い方もある。

 だから、装備を手に入れられるのなら、更に戦いの幅が広がるはずだ。


 加藤さんと言ったか。この人の提案、受けてみよう。

 僕としても、バットだけで戦うことには不安を感じていたわけだから。


「分かりました。知っていると思いますが、僕は笹木優馬です。よろしくお願いしますね」


「ああ、よろしく頼むよ。不甲斐ない大人で済まないが、君しか居ないんだ」


 なら、僕が戦って正解だった訳だ。

 愛梨を守りたい一心だったけれど、間違っているのではないかとも疑っていた。


 でも、今なら僕の戦いに意味はあるのだと自信を持てる。

 ただ自己満足のための戦いじゃなかったのだと。


 命をかけてまで戦っている、愛梨の命まで背負っている。

 それなのに無駄だったと思い知ってしまえば、きっと心が折れていた気がする。


 まあいい。今日は疲れちゃったから、帰って休もう。

 ここで無理をしたとしても、命を落とすだけだ。


 Cランクダンジョンは、これまでのダンジョンとはレベルが違う。

 不安要素を抱えたまま戦っていける場所じゃないんだ。


「分かりました。今日は帰りますけど、加藤さんはどうしますか?」


「私も戻るとしよう。報告しないといけないことがあるのでな」


 それからは、お互いに門まで向かっていって、別れた。

 今日も愛梨がご飯を用意してくれていて、落ち着いて過ごせた。


 そして次の日。放課後に警察署へと向かう。

 装備を加藤さんに譲ってもらって、バットから剣に新調した。

 加藤さんが使っていたものとそっくりだ。それ以外にも、彼が使っていた装備を渡される。


 煙玉、鋼糸、スタングレネード、警棒、そして通信機。防弾チョッキみたいに見えた衣装も。

 補充はこの警察署以外にも、僕の自宅に一番近い場所でもいいとのことだ。


「優馬君、頑張れよ。そして何よりも、無事に生き延びてくれ。そうすれば、私が手を貸した甲斐がある」


「分かりました。手を貸していただき、ありがとうございます」


「いや、気にすることはない。これからも、何か相談事があれば言ってくれ」


「はい。では、行ってきます」


 そしていつも通りに門へ向かうと、いつもの女の人が挨拶してくれた。


「あ、装備を変えたんですね。なら、前よりも安全そうですか?」


「そうですね。だいぶ楽ができると思います」


「なら、安心ですね。今日も頑張ってくださいっ」


 今のダンジョンを攻略したらお別れだと思うと、少し寂しい。

 だけど、門が消えてしまえば、この人は安全になる。


 僕の知らないところで、幸せに生きていてくれれば良いな。

 そう考える程度には、この人に親しみを感じていた。


 だけど、まずは目の前のダンジョンだ。

 せっかく加藤さんに手を貸してもらったんだから、できるだけ進みたい。


 いつものように門番にギルドカードを見せ、ダンジョンへと入っていく。

 すぐに血染めのチーターみたいなモンスターが現れる。


 試し切りとして、渡された剣で戦う。

 敵は一度こちらに跳んできて、僕が剣を合わせようとすると右へとステップする。


 ここが厄介なんだよな。Dランクダンジョンまでと違って、明らかに僕の動きに合わせてくる。

 だけど、チーターの動きにはもう慣れた。そのまま着地前に首へと剣を薙ぐ。


 簡単に敵の首が落ちて行って、恐ろしい切れ味だと感じた。

 これは、昨日に加藤さんが持っていた剣と同じなのだろうか。実は、昨日は刃引きされていたとか?


 剣には詳しくないから、見た目だけでは分からないんだよね。

 まあ、何でも良い。有用な武器を手に入れた事実だけを知っておけば。


「この剣、かなり切れ味が良いよね。良いものを貰ったな。というか、銃刀法は本当に大丈夫なんだろうか」


 まあ、加藤さんは警察署にいた訳だから。それに、門番だって素通ししていた。

 だから、手続きとかを代わりに実行してくれたのだろう。


 さて、次の敵だ。オレンジになったゴブリンって感じ。小さくて小汚いのは相変わらずだ。


 今度は加藤さんの戦術を真似て、一度逃げてみる。

 追いかけてきた所に、曲がり角で待機しておく。


 足音を確認して、ちょうど良いタイミングで剣を突き出す。

 すると、うまく剣が突き刺さってくれた。なるほど。こういう手が有効なのか。


 それからの戦いでも、螺旋階段の上から飛び降りてみたり、事前に煙幕を巻いておいたり、いろいろと試してみた。

 搦め手と言って良いのかわからないけど、加藤さんを意識した戦術は、このダンジョンの敵には有効だった。


 そのまま順調に進んでいき、最奥。そこで予想通りに結界に囲まれる。

 つまり、ボスだ。今度の敵は、赤鬼みたいに見える。


 身長でいうと2メートル後半くらいあって、額に二本の角が生えている。肌は真っ赤。手には金棒を持っている。

 いわゆる鬼のイメージにピッタリで、強敵を予感した。


 剣を構えると、鬼は金棒を振り下ろしてくる。

 手に持った剣で受けられるイメージは湧かなかったので、頑張って避ける。


 すると、耳が割れそうなほどの爆音が響き渡った。

 幸い、地面は壊れていない。ダンジョンというのは、ビックリするくらい頑丈だ。


 僕が受けていたら、ひとたまりもなかっただろう。

 威力と引き換えなのか、僕でも十分に対応できる速さではある。


 だけど、Cランクダンジョンのボスだ。油断はできない。戦術を理解しているはず。

 敵はもう一度金棒を振り下ろし、僕が右側に避けると横に薙いできた。


 今度はバックステップをすると、駆け寄ってもう一度振り下ろしてくる。

 だから、避けつつ剣で攻撃しようとすると、金棒で受けられた。


 甲高い金属音とともに僕の剣は弾き返される。

 そのまま、また敵は金棒を横に振ってきた。


 今度はしゃがんでよけ、突きを繰り出す。

 すると、右側に跳んで避けられた。


 反撃されたことを気にしているのか、敵は金棒を構えたままじっくりとこちらを見ている。

 そのまましばらくして、また同様の攻防があった。


 今のままでは、剣を相手に当てられない。

 だけど、敵は剣を防御したり、かわしたりしている。


 つまり、当てられさえすれば良い。

 鬼は先ほどのように、こちらを見ている。


 頭に走ったひらめきのままに、僕はスタングレネードを投げる。

 鬼がそれに注目していることを確認して、僕は目と耳を塞いだ。


 それでも感じる強い光と音。だから、うまく行ったと確信した。

 案の定、光が消えた後の敵は、まともにこちらを見られていない。


 そのまま敵の首元に剣を振り、鬼の首は落ちていった。


「やった! Cランクダンジョンを攻略できたぞ!」


 だけど、まだ油断はしない。一応、帰るまでが遠足だから。


 しばらく時間をかけて門から脱出し、門番に話をする。

 そして、今日も愛梨が待つ家へと帰っていった。


 さあ、この調子で他のCランクダンジョンも攻略して、次はBランクダンジョンだ!


 そんな事を考えている中のある日。

 僕と挨拶を交わしていた人が、家へとやってきた。

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