新しい手段を(1)
Dランクダンジョンの攻略は順調に進んで、今はCランクダンジョンに挑んでいる。
だけど、状況はあまりよろしくない。完全に行き詰まっている。
敵の動きが明確に変わって、パターンを読めなくなった。
フェイントをしてきたり、不意打ちを仕掛けてきたり。
ダンジョン自体が入り組んだ場所になったこともあって、とても苦戦している。
敵の剣が当たってしまった時なんて、死んだかと思った。
普通に怪我をしただけで、数日後には治っていたけど。
ダンジョンに潜り続けることで、僕も化け物になっているのかもしれない。
それでも、愛梨が笑顔で僕を受け入れてくれるから。それだけでいい。
放課後にもダンジョンに通うことにして、隣町に何度も向かっている。
その中で、毎日挨拶してくれる人がいる。金髪に染めている、明るい印象の人だ。
「こんにちはっ。今日もダンジョンですか?」
「そうですね。頑張っていきたいと思います」
「ご無理はなさらず。あなたが死んでしまったら、私は悲しいですっ」
「ありがとうございます。帰りを待ってくれる人もいるので、死んでられませんよ」
「なら、その人を悲しませないようにしないといけませんね。応援してますねっ」
こんな感じで、お互いに名前も知らないけれど、顔は覚えている。
誰かから応援されることが心地よくて、力が湧いてくるんだ。
できるだけ早く、今のダンジョンを攻略したいな。
この人が死んじゃったら、僕は悲しい。彼女と同じ気持ちだ。
ただ挨拶するだけの関係ではあるけれど、笑顔で居てほしいと思えるんだ。
やっぱり、会話をするだけでも変わるものだな。
あるいは、僕に好意的な反応を返してくれるからかもしれない。
だとすると、僕も簡単なものだな。学校で親しい人は少ないから、そのせいかもしれないけど。
単純に親しみを込めた会話というのは、あまり経験がない。
この人は、僕を心から案じてくれていると思える。挨拶しているだけなのに、不思議なものだ。
そうか。もしかしたら、ダンジョン攻略を応援してくれているからかも。
僕は家族にもクラスメイトにも伝えていないからね。
命がけの戦いは苦しいけれど、それを応援してくれるのが支えになったのかな。
まあ、何でも良い。僕のやるべきことは変わらない。
Cランクダンジョンをできる限り素早く攻略して、僕自身も生きて帰る。それだけだ。
僕が死ねば、愛梨も死ぬ。いま会話をした人だって、悲しんでくれる。
だったら、生きる理由が増えただけだからね。負担が増えた訳じゃない。
いつも通りになった日常をこなして、ダンジョンへと入っていく。
門番も慣れたもので、顔だけ見て通してくれるようになっていた。
でも、ダメだな。それだけ苦戦しているという証拠だ。
結構な期間を停滞していた証だ。
いや、やめよう。焦り過ぎたら命を落としかねない。
生きて愛梨にまた会うんだ。そのために、とにかく生きないと。
そう考えていると、違和感に気がついた。
「あれ? いつものモンスターが居ない?」
いつもは門を通るとすぐに敵が現れる。血に染まったチーターみたいなやつが。
それで、倒したあとに石でできた遺跡みたいなところを進んでいくんだ。
だけど、今回は居ない。誰かが倒しているのだろうか。
今のところ、このダンジョンに入っているのは僕だけだと思っていたけれど。
新しい誰かが、Cランクダンジョンに挑み始めたのだろうか。
「門番の人も、教えてくれても良いのにな。とはいえ、個人情報になっちゃうか。誰がダンジョンに入ったかなんて」
口にして気づいたけれど、これまでも他の誰が入っているとか、聞いたことがないな。
刀也に襲われたダンジョンだって、何人が挑んでいるのかなんて知らなかった。
そう考えると、門番の行動はおかしい訳ではないのか。
他に誰がいるか教えてほしいって、こちらの都合だもんな。
極端な話、この前の刀也みたいなやつが誰かを殺そうとしてもおかしくはない。
ダンジョンの中には、監視なんて無いんだから。個々の良心に期待するしかない。
そのまま進んでいくけれど、モンスターに全く出会わない。
これは、完全にみんな倒されているな。
頼もしい同業者がいると思えば良いのか、厄介なライバルが現れたと思えば良いのか。
それもこれも、相手の人格次第だな。仮に出会うのなら、の話ではあるけれど。
とりあえずは、逃げ道を意識しながら進んでいこう。
いざという時には、すぐに逃げ帰れるように。
刀也の件があってから、どうしても人を疑ってしまうな。
あんまり良くない考えだとは思っているんだけど。でも、つい。
そういえば、刀也を最近見ていないな。学校に来ていないのは、いつものことだけど。
「楽なような、怖いような。とはいえ、ボスまで倒されたりはしないだろうな」
一発で攻略できるほど、簡単な場所じゃない。僕が一番分かっている。
だからこそ、協力できるのなら、そっちのほうが嬉しい。
頼りになる人だと良いな。僕だって、誰かとコンビを組むことに憧れはある。
ただ、これまでのダンジョンでは、僕より弱い人ばかりだっただけで。
今の段階では、僕より強いかどうかはわからない。
ただ、最低限の実力はある。Cランクダンジョンでも、犬死にしないくらいの。
まあ、それもこれも出会う前提の話だよな。
全く関わらないままダンジョンを終えることだって、きっとある。
とりあえず、今はダンジョンを攻略していくしかない。
そう考えて進んでいくと、必ず通らなければならない道に、人が居た。
ダンディなおじさんという雰囲気で、しっかりと装備を着込んでいる。
鎧という訳ではないけど、防弾チョッキか何かかな。つまり、同業者だ。
おそらくは、今日は僕より先にダンジョンに来ていた。それで、休憩でもしているのだろう。
なら、挨拶でもしようか。口を開こうとすると、相手が先に話しかけてきた。
「君は、これからもダンジョンを攻略するつもりなのかい?」
「そうですね。必要なことですから。僕がやらなきゃいけないんです」
「笹木優馬君。君は大変優秀だ。疑いようはないよ。私が集めた情報だけでも、誰よりもダンジョン攻略をこなせていると思う」
「ありがとうございます。思っていたよりは順調ですね」
Cランクダンジョンでは少し停滞しているけれど、それを考えてもいいペースだ。
当初の予定では、もっと苦戦しているはずだった。当たり前だよね。戦いを経験したことなんてないんだから。
だけど、Dランクダンジョンまでは、一日で攻略できることが主だった。
ハッキリ言って、普通じゃないと思う。愛梨が居なければ、絶対に油断していた。
だから、優秀と言われるのもおかしくはないと思う。なぜ、僕の名前まで調べたのか分からないけれど。
まあいい。他の誰かからの評価よりも、僕は愛梨を助けたいんだ。間違えてはいけない。
「だけど、君の冒険はここまでだ。どうしても先に進みたければ、私を倒してからにしてくれ」
「それは、殺し合いをしようという話ですか?」
「違う! 私は人を殺すつもりなどない。ましてや、君のような子供を」
なら、なぜ僕を妨害してこようとするのだろう。
分からないけど、殺し合いじゃないのなら十分か。勝って、力を認めさせればいいだけ。
「なら、すぐに始めますか?」
「そうだね。邪魔になりそうなモンスターは排除した。君には、ここで諦めてもらうよ」
男は右手に剣を構えていく。無骨で、飾りなどまるでない。銃刀法違反にはならないのだろうか。
そういえば、自前のバットを用意していたけれど、ダンジョン攻略では武器を使って良いのかもしれない。
いや、考え事は後だ。僕はダンジョンを攻略するんだ。なら、この人を倒して進むだけ。
さあ、戦いの始まりだ。この人の目的が何であれ、必ず勝つ!
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