高揚と安心(1)
優馬は初めてのダンジョンを攻略して、それでもあまり自惚れていなかった。
うんうん。私の優馬は、やっぱり違うよね。少し成果を出したくらいで、自分を天才だなんて思ったりしない。
同時に、慎重ではあるけれど、勇気を持ってダンジョンに踏み込むことができる。
私の思い描いていたヒーローって感じで、相変わらず最高だ。
今の優馬が挑んでいるダンジョンは、まだEランク。
すぐにDランクに挑まないあたり、ちゃんとしているよね。
本当は、一日でも早く解放されたいはず。
私と普通に過ごす日常を、待ち望んでいるはず。
だけど、それでも自分を制御している。
素晴らしい限りだよ。あまりにもカッコいい。
自分の感情に向き合って、それでも私を生かすために耐え忍ぶ。
優馬が死んだら、私が死ぬ。本音だと理解してくれているのは感じるから。
そんな優馬の帰りを待つのは、とても楽しい。
私の顔を見ると、安心したって顔をしてくれるのが特に良い。
だから、優馬の活躍を覗き見ながら、食事の用意をしていく。
彼の両親は、割と優馬を放っておいている。
だから、私が面倒を見ると言うと、安心したような顔をした。
正直に言って、この両親から優馬が生まれたなんて、とても信じられない。
トンビが鷹を生むなんてものじゃない。だからこそ、よりヒーローとしての適性を感じる。
恵まれていない環境でも、それでも立ち上がる。そして、戦いに挑む。
なんて素敵なんだろうね。優馬の高潔さとでも呼べるものは、とても稀有だから。
だって、愛されて育っていないのに、他者を気遣えるんだから。
前世でも、今世でも、優馬以外に知らないくらいの人格だ。
今思えば、私を犬から助けた時の優馬は、理由なんて持ち合わせていなかったはずだ。
現在は好意を持ってくれているのが明らかだ。
だけど、当時は私ともただの友達くらいでしかなかった。私からも、大して良い感情を向けていなかった。
ああ、優馬の素晴らしさは留まるところを知らないね。
私が見た勇気は、本当に尊いものだったと改めて理解できたよ。
そんな優馬に私の料理を食べてもらう瞬間は、とても良い。
今日、帰ってくる瞬間が今から待ち遠しいくらいに。
まだダンジョンに入ったばかりだからね。
アンデッド系のダンジョンに仕上がっているけれど、どんな反応をするかな。
優馬は、心霊系のホラーは苦手みたいだけれど。
今のところは、幽霊のような敵はぶつけないでおいてあげる。
というか、優馬は対抗手段を持っていないからね。
特別な武器とか、魔法とか、そういうものがないのなら、倒せるのはおかしいだろう。
そうなると、まだまだ先になりそうではある。
優馬に魔法を覚えさせるにしろ、エンチャントの付いた武器を与えるにしろ。
結局、いつも通りのダンジョンとして攻略しているみたいだった。
当たり前か。普通のモンスターと、そこまで変わらないからね。
ただ、余裕ができてきたみたいで、人助けをしている瞬間もある。
根本的には、優馬はお人好しだよね。身の程をわきまえているだけで。
自分の命を危険にさらしてまで、誰かを助けようとしない。
誰よりも大切な私の命もかかっていると、しっかり理解しているから。
やっぱり、私は優馬のヒロインだ。気分が良いな。
今の段階でも、最高のヒーローになるとしか思えない優馬だからね。
私だって、特別な女だと言って良い。優馬と出会わなければ、TS転生した私は、きっと誰とも結ばれなかったし。
優馬の動きを見ながら、料理を仕上げるタイミングを考えていく。
そろそろボスみたいだから、下味くらいは付けておかないとね。
唐揚げに味を染み込ませるには、それなりに時間がかかるから。
鶏肉を揉み込みながら、優馬の立ち回りを眺めていく。
今のところは、あまり上手とは言えないかな。
とはいえ、当然のことだ。最近まで、戦うことを知らなかった人間なんだから。
落ち着いて戦えるだけでも、相当な素質と言って良いはず。
それでも、所詮はEランクダンジョンのボスだ。簡単に倒せていた。
優馬も自分の緩みに対策したそうだし、これは次に行くかもね。
なんというか、ちょっと調子に乗った顔をしてから、すぐに顔をしかめていたから。
私の見ていない所でも、可愛い顔をしてくれるんだ。眺め甲斐があるよね。
まあいい。これから帰ってくるから、出来上がる時間は簡単に調整できる。
電車から降りたタイミングで火を入れ始めれば良いよね。
思惑通りに、料理が完成した頃に優馬が帰ってきた。
当然、笑顔で出迎えてあげる。
「おかえりなさい、優馬君。今日も大きなケガが無さそうで、良かった。ご飯できているよ」
そう言うと、すぐに頬を緩めてくれる。ちょろい。
でも、私にしか見せない顔なんだよね。私にだけちょろいとか、最高かな?
「ありがとう。今日は何かな? 愛梨のご飯はいつも美味しいから、楽しみだよ」
優馬はいつも美味しいと言ってくれるから、作り甲斐がある。
顔を見ているだけでも、とても嬉しそうではあるけどね。
それでも、実際に言葉があると、やっぱり違うんだ。
「嬉しいな。優馬君のことを考えて、腕によりをかけて作ったんだからね」
優馬に喜んでほしくて、優馬の血肉を私の料理で構成したくて、手間をかけた。
私の願いはどちらも叶っていて、とても気分が高揚するんだよね。
勢いよく美味しそうに食べていて、とても満たされていく。
本当に幸せだよ。優馬との生活は。いつだって穏やかな気持ちになれる。
心がじんわり温かくて、いつまでも浸っていたいくらい。
「とっても美味しいよ、愛梨。いつもありがとう」
相変わらず、感謝の言葉をくれる。
こういう純朴なところも、ヒーローとしての素質だよね。
誰から見ても輝いていたら、ちょっと違うから。
「当たり前のことだよ。優馬君は命をかけているんだから。支えるくらいはね」
「愛梨が待ってくれていると思うだけで、力が湧いてくるんだ」
なら、私はヒロインとしてちゃんとできている。
変える場所を守る役割は、大切な仕事だからね。
ヒーローが戦うための活力は、無尽蔵じゃないんだから。
私がいることで、優馬は輝きを増す。
それが実感できることで、ちょっと興奮してくる。
変な顔をしないように、気をつけておかないとね。
きっと、私の顔が歪んだくらいでは、優馬は私を嫌わない。
だけど、優馬の前では最高に可愛い私で居たいからね。
「それは良かった。ずっと、優馬君のことを待っているからね」
「うん。そろそろ、Dランクダンジョンに挑もうと思うんだ。そろそろ、成長が頭打ちだから」
そういう風に作ったからね。ゲームバランスは大切だ。
絶対に勝てない敵なんて用意していないし、レベル上げだけで攻略できるようにもしていない。
強くなったことで楽々攻略なんて、ヒーローのやることじゃないんだよ。
優馬は相変わらず私好みだ。
ありもしない希望にすがって、レベル上げを追求もしない。
ちょっと強くなっただけで満足して、停滞したりもしない。
確かに一歩一歩進んでいって、それでも足りない時に勇気を振り絞る。
勝てない敵に挑むのなら、私を守るため。
それ以外の状況なら、ちゃんと勝ち目を見出してから戦う。流石だよ。
「まずは様子見をしてね。危ないことはしてほしくないからね」
「分かった。愛梨の所に帰ってくるために、慎重にやるよ」
優馬の心の奥底に、私は強く刻まれている。
それを感じるたびに、幸福感が大きくなる。
大好きな相手の、誰よりも大切な存在でいられること。前世では味わえなかったものだよ。
「お願い。優馬君の居ない人生に、意味なんて無いんだからね」
本当にね。優馬が見せてくれた、キラキラしたもの。
それがあったからこそ、生きていたいと思えた。
ただチートを持て余すだけの退屈な日々は、私の心を追い詰めていたから。
それなのに、いざという時にはチートを使えなかった。
だけど、優馬が私を助けてくれた。どんな未来が待っていても、絶対に忘れたりしない。
「愛梨と一緒に居たいから、頑張るね。愛梨には幸せになってほしいから」
「優馬君なら、必ず私を幸せにしてくれるよ。だから、生きて帰ってきてね」
すでに私は幸せだから。これから、もっと幸せになれるから。
それだけは、確定していると言って良い。優馬が生きているというだけでね。
「もちろんだよ。愛梨のご飯を食べたい。愛梨の笑顔を見たい。そのために」
私は優馬の希望になれている。優馬が私の希望であるように。
やっぱり、私達は運命で結ばれているんだ。
「嬉しいよ。優馬君を任せてくれたご両親には、感謝しないとね」
感謝と恨み、両方がある。
優馬を軽く見ていることは許せない。
それでも、私と優馬を出会わせてくれたこと、私に優馬の時間をくれたこと、それだけは恩だと思うから。
「これからも、ダンジョンで戦っていく。怖くはあるけれど。でも、負けないよ」
「優馬君なら、きっと大丈夫。私のヒーローなんだからね」
「ありがとう。必ず、愛梨の期待に応えてみせるよ」
「うん。疲れたら、いつでも言ってね。全力で癒やしてあげるから」
どうしても勇気が出ないのなら、体を使っても良い。
結ばれるのは、最後の最後が理想だけどね。
だから、もうちょっと軽いところからの方が、私の望みには合っている。
でも、優馬のことが一番大事だから。私の体を捧げるくらいで元気になってくれるのなら、軽いものだ。
だけど、きっと優馬は折れたりしない。私の前では、カッコつけたがりだから。
そんなところも素敵なんだけどね。弱さを知っているからこその感情だよ。
そして、次の日。優馬はDランクダンジョンへと挑んでいく。
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