決意の形(2)

 僕はこれからDランクダンジョンに挑むわけだけど、そろそろ、近場だったら平日に挑んでも大丈夫かもしれない。

 ある程度ダンジョンに慣れてきたという感触はあるし、体力もついた。


 学校には通わないと、今後の生活も困るし、愛梨との時間だって少なくなる。

 だから、基本的には放課後になるだろうけれど。

 それでも、電車ならすぐに通えるダンジョンも多いからね。


「じゃあ、今日も待っているからね、優馬君」


 そう言って送り出される。

 やっぱり、愛梨が応援してくれるだけで元気が出るな。


 穏やかで、それでも意志を感じる声。

 僕のことを心から案じているとよく分かる。

 だからこそ、絶対に無事に返ってくるんだ。

 それだけで、僕も愛梨も幸せになれるはずだから。


 電車で2、3時間かけて目的のダンジョンへと向かう。

 そして、Dランクダンジョンの入口である門にたどり着いた。


 門番が待っていて、ダンジョン攻略の身分証明書をみせる。

 一般的にはギルドカードと呼ばれていて、手続きをすればもらえる。


 僕はいくつかのダンジョンを攻略した頃に、そのダンジョンの門番から登録を勧められた。

 そこで、攻略したダンジョンが照合されているらしい。

 無謀にも高いランクのダンジョンに挑んで、死ぬ人間を減らすためらしい。


 どういうことかというと、Dランクダンジョンからは、ギルドカードがなくては攻略できない。

 それも、Eランクダンジョンを攻略した実績を持つ人だけ。


 確かに納得できる方針ではある。

 ダンジョン攻略の手は、いくらでもほしいだろう。

 それでも、無駄死にをされれば困るだろうからね。


 しっかりと成長してもらって、問題解決に貢献できる人材を選定できる。

 それを考えれば、ギルドカードの存在意義は十分に分かる。


 カードを受け取った門番は、ICチップを読み込んで、画面を見る。

 すると、とても驚いたような顔をしていた。


「もう、いくつものダンジョンを攻略しているんですね。お願いします。できるだけ早く、このダンジョンを攻略してください。ここは私の故郷なんです」


「努力はしますけど、期待はしないでくださいね。僕は僕の命を優先します」


「当たり前です。こんな若い子に、命をかけさせて情けない限りですが。それでも、全てを押し付けないだけの良心はあります」


 門番の言葉が本音かは分からないが、言葉だけの応援に意味なんて無い。

 初戦は他人なんだから、命をかける義理だって無い。


 それでも、わざわざ失礼な態度を取る理由はもっと無い。

 ダンジョン攻略は命がけなんだ。不必要に敵を増やすのは、愚か者の行動だよ。


「ありがとうございます。では、頑張ってきますね」


「はい。応援しています」


 門番に送り出されて、Dランクダンジョンにつながる門へと入っていく。

 相変わらず景色が突然切り替わるが、今回は建物の中みたいだった。


 なんというか、長方形の部屋の中にいる。

 金属でできた壁に囲まれている感じで、それぞれの壁に扉らしきものがある。


 そして、目の前にはモンスターがいた。

 剣を持った鎧という様子だ。僕はバットを構えていく。


 ここで問題になるのは、バットで敵の剣と打ちあって良いのかということ。

 一刀両断にされてしまえば、僕は武器を失う。そもそも、バットごと僕を切り捨てられない保証はない。


 そうなると、敵の攻撃は横から弾いた方が無難だな。

 方針を決めた僕は、敵が剣を振り下ろす横からバットを当てていく。


 これまでは両手で振っていたバットだけど、今は片手でも十分だ。僕も強くなったものだな。

 いずれは人間の限界を遥かに超えて、僕自身がバケモノになってしまう気すらする。


 だけど、愛梨だけは絶対に受け入れてくれるから。恐怖はない。

 誰から遠ざけられたとしても、愛梨が居てくれるだけで十分だから。


「うん。Dランクダンジョンでも、敵は倒せそうだ」


 まだ油断する訳にはいかないけど、確かな手応えがある。

 剣を横から殴られて体勢を崩した敵に、続けてバットを叩きつける。


 バットが曲がったりしないか不安だったけれど、問題なく通じた。

 これなら、今のダンジョンはバットで攻略できそうだな。


 もしかしたら、これから先のダンジョンではバットでは通じなくなるかもしれないけれど。

 でも、少なくとも今は大丈夫。ちょっとだけ安心できた。


 そのまま何度も敵を殴りつけていると、倒れて消えていく。

 同時に、鍵の開いたような音がした。


 つまり、このダンジョンでは、敵を倒さないと先の部屋に進めないのか。

 困ったな。Eランクダンジョンでは逃げるという選択肢もあったけど、潰された。


 今はDランク。なら、以降はもっと厄介になりかねない。

 とてもじゃないけど、油断していたら生き延びることはできないだろう。


 次の部屋に入って、また敵と戦う。今度は違う種類だったけれど、同じ感じで倒せた。

 同様に部屋を進んでいき、しばらくして。


 とある部屋に入ったら、敵が居なかった。

 もしかして。そう思いながら、ゆっくりと部屋の中心部へと向かっていく。


 すると、また結界のようなものに囲まれた。つまり、ボスだ。

 同時に、骸骨の剣士のような敵が現れた。片手に剣を、もう片方の手に盾を持っている。定番って感じ。

 Dランクダンジョンだとしても同じ。ボスを倒せということだな。


 まずは、敵の動きを観察していく。

 剣を振り下ろしてくる。これまでのザコより早い。

 避けると剣が地面にぶつかり、甲高い音とともに少し地面が震える。


 とんでもない威力だ。当たったら、とても無事では済まないだろうな。

 だから、慎重に攻撃をしていきたい。


 それからも何度か敵の攻撃を避け、ある程度法則が見破れた。プログラムで制御しているかのような動きだ。

 反撃に移ろうか。そう考えていると、扉が開いたような音がした。


 近づいてくるような気配があるが、こっちには入ってこない。

 ボスと出会った時に出現するものは結界のような見た目をしているし、1対1になる仕様なのだろうか。

 効率を考える人なら、2対1になるように協力してきてもおかしくはないし。


 なら、遠慮なくボスに集中させてもらおう。

 敵は、剣を振り下ろし、次に横薙ぎにし、最後に突く。

 この一連の流れを繰り返している。


 狙い目は、最後の突きだ。少しの動きで避けられるし、反撃に移りやすい。

 ということで、振り下ろしを横に避け、横薙ぎを後ろに避け、突きと同時に反撃を合わせる。


 うまく行って、敵は態勢を崩した。

 だけど、追撃に移ろうとしたら反撃の体勢に入られていた。


 やはり、これまでのボスより強い。

 一度攻撃を当てたら、一方的な状況になる敵も珍しくなかったからね。


 でも、それだけだった。

 同じ作業を繰り返していけば、やがて骸骨剣士は倒れていく。

 そのまま敵は消えていき、ダンジョンが攻略できたことになる。


 結界も消えていって、後は帰るだけだ。

 そう考えていると、突然ナイフで斬りかかられた。


 慌てて避けると、相手の顔が見える。金髪の、いかにもなヤンキー。

 刀也だ。ダンジョンに潜っているとは聞いていたけど、ここまで来たのか。


「何をするんだ!?」


「お前が死んでくれれば、愛梨は俺のものになるんだ。ダンジョンなら、死んでも犯罪にならないよな?」


 何をバカなことを。愛梨はそもそもお前をゴミくらいにしか思っていない。

 だけど、そんな説得は無意味だろう。撃退するしか無い。


 バットを右手に構えて、敵の様子をうかがう。

 すると、刀也はまっすぐに突っ込んできた。ナイフでの突きを左にかわす。

 続けて敵はこちらにナイフを振ってくる。後ろに避ける。


「どうしたどうした!? やっぱり、俺に手も足も出ないか!? お前みたいなザコに、愛梨は相応しくねえんだよ!」


 さて、どうしたものか。刀也の動きはとてもゆっくりに見える。

 だから、殺すのは容易いと思う。


 それでも、僕は手を汚したくなかった。

 人を殺した、血に汚れた手で愛梨に触れたくなかった。


 だけど、ここで負ける訳にはいかない。

 愛梨の気持ちも無視して、ただ自分の物にしようとするやつなんかに。


 なら、どうすべきか。

 敵の振ってくるナイフを避けながら、ゆっくりと考えていく。


 こうして見ていると、刀也は僕より明らかに弱い。

 それが、問題をややこしくしている。適当に反撃しただけで、死んでしまいかねないからだ。


 相手に負けを認めさせつつ、無力化する方法がほしい。

 そう考えながら、敵の動きに対応していく。


「お前みたいなヘタレには、反撃すらできないか!? それでよくダンジョンに挑んだものだな!」


 好き勝手に言ってくれるけれど、僕としては反論すらめんどくさい。

 ただ、少しいい考えが浮かんできた。ナイフを壊してからなら、料理は簡単じゃないか?


 方針が決まったところで、ゆっくりとチャンスを待つ。

 刀也は動きが遅い上に、単調だ。だから、すぐにタイミングはやってきた。


 僕に向けて、ナイフを突き出してくる。それをよけて、伸ばしきった手の先にあるナイフにバットを叩きつけた。

 すると、刀也の持っていたナイフは折れていく。


「バカな……優馬ごときに……」


 茫然自失といった様子の刀也。

 だけど、とりあえず数発殴っていく。痛い目を見せたほうが良いからね。愛梨に妙なことをされたら大変だから。


 殴られている刀也は、抵抗しようとしていた。

 それでも、僕が一方的に攻撃しているうちに、怯えきった目に変わった。


「ゆ、優馬。許してくれ。もうお前に手出ししたりしないから」


「愛梨にも近づかないことだね。破ったら、今みたいな軽いものじゃ済ませないから」


「ああ。分かった!」


 そう言いながら、刀也は部屋の隅っこまで逃げていった。

 だから、僕はいつもどおりにダンジョンから帰る。


 そして、門番のもとに戻ると、門が消えていった。

 疑問があったので、門番に尋ねてみる。


「ダンジョンを攻略したんですけど、他にも人が居たんですよね。どうなるんですか?」


「場合によりけりですね。生きていれば、そのうち戻ってくることもあります」


「分かりました。ありがとうございます」


「こちらこそ、ありがとう。君のおかげで、家族は無事でいられるはずです」


 刀也を殺してしまったんじゃないかと、ちょっと焦ってしまった。

 さて、今日も愛梨の元へ帰ろう。しばらくはDランクダンジョンの攻略を進めて、成長が落ち着いたらCランクダンジョンだ。

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