決意の形(1)

 初めてのダンジョンを攻略したけれど、まだ攻める気にはなれない。

 そこで、他のEランクダンジョンでもレベル上げをしていた。

 ある程度停滞したかなって頃に、Dランクダンジョンに挑むつもりで。


 急ぎたいところではあるんだけど、死ねば全てが無意味になる。

 だから、焦りとはしっかりと戦わないといけない。


 愛梨は僕が死んだら死ぬと言っている。おそらく本気だ。

 つまり、僕は2人分の命を背負っているんだから。


 スタンピードなんて低い可能性だから、安全なところで待っていろと言われるかもしれない。

 でも、ダンジョンについては何も分かっていないんだ。楽観が通じるとは思えない。

 何もしなくて、愛梨が犠牲になってしまったら。後悔なんてものじゃ済まない。


 僕が死ぬリスクと、スタンピードで愛梨が襲われるリスクと、どっちが高いのか。

 分からないけれど、ダンジョンで強くなるのなら、どっちにも対策できるから。

 少なくとも今は、できるだけ強くなるように進めていきたい。


 ダンジョンに潜った日は、愛梨が食事を作って帰りを待ってくれている。

 僕がダンジョンに向かう日は、僕の家で待ってくれているんだよね。

 だから、それも生きる活力になってくれる。どんなご飯を食べられるのだろうかと期待することで。


 いつだって、愛梨の料理は美味しい。僕の好みをよく知ってくれているし、腕もいい。

 ちょっと茶色いかなって気もするけど、僕も男だからね。好きなメニューなんだ。


 今日は何を用意してくれているだろうか。

 そんな事を考えながら、何度目かのダンジョン攻略を進めていく。


 同じEランクダンジョンでも、見た目もモンスターも違う。

 いま挑んでいるダンジョンは、電車で1時間くらいのところにある。


 初めて挑んだダンジョンは緑の平原だった。

 いま居るところは、学校のグラウンドが広がったみたいな感じかな。


 走れば土埃が舞うし、鬱陶しくはある。

 とはいえ、モンスターはそれほど脅威ではなくなっていた。


 ゾンビみたいな敵が居て、取りつかれたら大変なようではある。

 誰かが助けを求めていて、それを救助した時に感じたことだ。

 茶色い手足にしがみつかれていて、とても苦しそうだった。


 だけど、僕からすれば動きが遅いだけで、力も弱い。

 本当に、さしたる脅威ではない。つい、油断してしまいそうになるほどだ。


 それでも、僕の命は大切にしないといけないから。気を抜けない。

 愛梨が待ってくれているんだ。ご飯を用意してくれているんだ。

 そう考えて、ダンジョンを奥に奥に進んでいく。

 すると、また結界のようなものに囲まれた。つまり、ボスだ。


 今回のボスは、包帯でぐるぐる巻きにされたゾンビって感じかな。

 外見では分かりにくいけれど、動きがゾンビっぽい。

 ということで、相手に取りつかれないように気をつけながら、バットで殴っていく。

 特に苦戦することもなく、手早く倒すことができた。


 ここで気をつけないといけないのが、僕の身体能力が上がっているだけだということ。

 技量によって効率的に倒せているわけではないから、より強い敵には行き詰まってしまう。

 今のうちから、できるだけ立ち回りなんかも気をつけておかないとね。


 ダンジョンを攻略したことを門番に報告して、愛梨の元へと帰っていく。

 僕がドアを開けると、駆け寄ってきて笑顔で出迎えてくれる。

 もう、半分くらい家族みたいな付き合いになっているな。嬉しいことだけれど。


「おかえりなさい、優馬君。今日も大きなケガが無さそうで、良かった。ご飯できているよ」


「ありがとう。今日は何かな? 愛梨のご飯はいつも美味しいから、楽しみだよ」


「嬉しいな。優馬君のことを考えて、腕によりをかけて作ったんだからね」


 そのまま用意されていたご飯は、唐揚げ、焼き魚、後はドレッシングが一杯のサラダと味噌汁。

 なんていうか、男の料理にサラダを足したみたいな感じだよね。僕の好物に合わせてくれているのだと思うけれどね。


 どれも良くできていて、夢中で食べる。いつも視線を感じるんだけど、愛梨の方を見るとニコニコしている。

 僕が美味しく食べているのを喜んでいるなんて、嬉しい限りだ。


「とっても美味しいよ、愛梨。いつもありがとう」


「当たり前のことだよ。優馬君は命をかけているんだから。支えるくらいはね」


 柔らかい声で、温かい表情で、胸にしみ入ってくるようだ。

 本当に、今の顔と声だけで、命をかけた対価としては十分だと思えるくらいには。

 僕は愛梨が心の底から大好きなんだって、よく分かる。


「愛梨が待ってくれていると思うだけで、力が湧いてくるんだ」


「それは良かった。ずっと、優馬君のことを待っているからね」


 それなら、きっと僕は最後まで頑張れる。

 愛梨だけが、僕の生きる理由と言っていいから。


 ダンジョンの問題が解決したら、必ず告白しよう。もしかしたら、先に言葉にされるかもしれないけれど。

 どちらにせよ、結果はきっと良いもののはずだ。そう信じられる。


「うん。そろそろ、Dランクダンジョンに挑もうと思うんだ。そろそろ、成長が頭打ちだから」


「まずは様子見をしてね。危ないことはしてほしくないからね」


「分かった。愛梨の所に帰ってくるために、慎重にやるよ」


「お願い。優馬君の居ない人生に、意味なんて無いんだからね」


 僕だって同じ気持ちだ。愛梨が居てくれなきゃ、何の意味もない人生なんだ。

 だからこそ、絶対に愛梨を失わなくて済むように、全力を尽くす。


 愛梨にだけは、全てを話そう。ダンジョンで起こった出来事も、僕の気持ちも。

 きっと愛の言葉だけは、もっと未来の話になるだろうけど。それ以外は全部。


 ダンジョンで僕の能力が上がっていることも、愛梨になら話せる。

 他の人になら、変な目で見られてしまうかもって思うけれど。


 だから、愛梨が居てくれるだけでいい。それだけで、僕は幸せなんだ。


 僕の幸せは、愛梨だけだから。ずっと一緒に居られるように。

 命も未来も、心だって、全てをかけてみせる。


「愛梨と一緒に居たいから、頑張るね。愛梨には幸せになってほしいから」


「優馬君なら、必ず私を幸せにしてくれるよ。だから、生きて帰ってきてね」


「もちろんだよ。愛梨のご飯を食べたい。愛梨の笑顔を見たい。そのために」


「嬉しいよ。優馬君を任せてくれたご両親には、感謝しないとね」


 両親は、僕のことを愛してくれているのだろうか。

 愛梨に任せれば手間が省けるって思っていないだろうか。


 いや、気にしても仕方がない。愛梨が居てくれるから、それで良いんだ。

 両親の心がどうであっても、僕のやるべきことは変わらないんだから。


 Sランクダンジョンを攻略して、ダンジョンという災害を終わらせる。

 儚い希望なのかもしれない。それでも、Eランクダンジョンは確かに消えたから。

 だったら、せめて近所のダンジョンだけでも攻略を終わらせたい。


 僕は、愛梨と平和にゆっくりと過ごしたいんだ。

 それだけで、全てが満たされていると思う。


 栄光も名声も、何も求めてはいない。

 ただ、愛梨がそばに居てくれるだけでいい。


 簡単な願いなのかもしれないし、とても贅沢なのかもしれない。

 どちらだったにせよ、僕の心は変わらないけれど。


「これからも、ダンジョンで戦っていく。怖くはあるけれど。でも、負けないよ」


「優馬君なら、きっと大丈夫。私のヒーローなんだからね」


「ありがとう。必ず、愛梨の期待に応えてみせるよ」


「うん。疲れたら、いつでも言ってね。全力で癒やしてあげるから」


 愛梨が癒やしてくれるなら、心の底から安心できるだろうな。

 なら、僕の心が折れることはきっと無い。


 改めて、しっかりとダンジョンに挑む決意を固めていく。

 よく分かった。僕は愛梨のためにしか努力できないって。


 だから、愛梨の笑顔をいつだって思い描いていよう。

 それだけで、全身から力が湧いてくるはずだから。


 僕の原点を思い返せた日から次の日。

 初めてのDランクダンジョンに挑むことにした。

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