昏い欲望(2)

 今日は優馬が初めてのダンジョンに挑む日だ。

 当然、見送りに向かう。私の大切さを、何度でも思い出してもらうために。


「頑張って。逃げてもいいから、無事に帰ってきてね。ヘタレでも良いんだから」


「もちろんだよ。愛梨を死なせる訳にはいかないからね」


「なら、安心だね。優馬君は臆病だから、ちょうど良いよ」


 臆病な優馬だからこそ、ヒーローにふさわしい。

 心の恐怖を乗り越えて、強大な敵に挑むんだから。

 本当に、ヘタレだからこそ大好きなんだ。それでも、私のために立ち上がってくれるから。


「じゃあ、行ってくるよ。必ず帰ってくるから」


「約束だよ。裏切ったら、死んだ後でも呪っちゃうんだからね」


 というか、私も死ぬ。何なら、世界を滅ぼしたって良い。

 だけど、優馬は私の言葉を受けて微笑んだ。応援だと思ったんだろうな。間違ってはいないけれど。

 優馬が死んだら、魂を手に入れられたりしないかな。それなら、私まで死ぬ必要はないんだけどね。


 そして、優馬は私に手を振って去っていく。

 だけど、私の視界には常に優馬がいる。チート能力様々だよね。


 ダンジョンに向かった優馬は、手続きをして門からEランクダンジョンへと入っていく。

 チュートリアルとして用意したダンジョンだ。罠もなければ、厄介なモンスターも居ない。


 それでも、死人が出る程度の難易度ではあるからね。しっかりと頑張ってね。

 心のなかで応援しながら、ワクワクした気持ちで優馬を見る。


 優馬以外の人には、ちょっと普段より危ない目にあってもらう。

 うっかり邪魔をされたら敵わないからね。


 優馬は悲鳴を耳にして、ちょっと悩んでいたみたい。

 だけど、目の前にスライムが現れたことによって、行動は決まったようだ。


 当たり前だよね。私の命だってかかっているんだ。

 優馬は私だって後を追うという言葉を信じている。

 だから、自分の命を簡単には危険にさらせない。


 前回の苦戦から学習したみたいで、効率よくスライムを追い詰めている。

 うんうん。やっぱり良いね。成長は大事なヒーローの素質だよ。


 すぐにスライムは倒されて、優馬は一息つく。

 だけど、先ほどの悲鳴を思い出したみたいで、そちらに向かっていく。もう手遅れなんだけどね。


 現場にたどり着いた優馬は、敵討ちをしてから遺体に手を合わせる。

 やっぱり優しいよね。所詮は他人なんだから、適当でも良いのに。


 流石に死体を連れて帰ろうとはしないみたいだけど。

 それは当然だよね。優馬は私のために生きて帰る覚悟をしている。

 だから、余計な荷物なんて背負っていられないんだから。


 ダンジョンを歩きながら考え事をしている様子の優馬。

 何を迷っているのかは分からないけど、焦りが見える。

 そうだよね。私がスタンピードに巻き込まれたら、終わりだもんね。


 いつ起きるかなんて優馬には分からない。

 もしかしたら、ダンジョンに潜っている間に私が襲われるのかもしれない。

 そんな不安を抱えて戦っているのが、手に取るように分かる。


 優馬の想いを感じるだけで、気分が良くなってきちゃう。

 私のために尽くしてくれて、私で心を一杯にしていて。

 輝くヒーローになれる人が、私だけを想っているんだ。


 ちょっと、上り詰めちゃいそうになっちゃうくらいには良い気持ち。

 優馬は素敵すぎるよね。罪な男だよ。私をメロメロにしちゃって。


 そんな優馬も、弱い心は持っているみたいだね。いや、知っていたんだけどね。


「何をするのが正解なんだろうな……」


 そう、漏れ出したような声で言っていたからね。

 やっぱり、ダンジョンは怖いのだろう。不安でいっぱいなのだろう。

 それでも、私のために戦うしか無いのだろう。素晴らしいよ。


 守るべきものがなければ、震えて待っているだけで良かったのにね。

 私に死んでほしくないから、頑張るしか道がないんだよね。

 ああ、可愛いな。抱きしめてあげたくなる。いっぱい甘やかしてあげたくなる。


 でも、最後の最後までお預けだね。

 優馬のことだから、緊張の糸が切れるきっかけになりそうだし。

 私は英雄になって欲しいだけ。苦難を与えたいわけじゃない。


 だから、優馬がうっかり死んじゃいそうなことはしない。

 輝く姿を見たいのだから、追い詰めることが目的ではないよ。


 優馬は進むことを決めたみたいなので、続けてゴブリンをぶつけていく。

 小汚い緑の小人。当然、弱い。


 戦い方に慣れてもらうための存在だから、人型も用意しないとね。

 モンスターらしいモンスター、武器を持ったモンスター、動物っぽいモンスター。

 色々なバリエーションが有る。それらが、更に優馬を成長させるだろうね。


 実際、武器を相手にしていることを意識した立ち回りをしていた。

 うんうん。しっかりと考えて戦っているね。


 勝つための手段をちゃんと考えて、その上で実行する。

 やはり、優馬は素晴らしい。いくら急いでいても、怯えていても、破れかぶれにならない。

 ヒーローとして、十分な素質だよね。性格以外にも、能力面での適性も高いんだ。


 惚れ直しちゃいそうだよ。本当に、いつまで見ていても飽きないな。

 怯えた顔をしたり、キリッとした表情をしたり、眺め甲斐があるよね。


 結局、大して苦戦せずにゴブリンを倒せたみたい。

 ザコとして用意しているから、あまり苦労していても困るんだけどね。


「よし、順調だ。でも、しっかりと気を張っておかないと。ちゃんと生きて帰るために」


 優馬は私の言葉をしっかり意識しているみたい。

 想い人なんだから、当たり前ではあるんだけどね。

 でも、とても嬉しい。私の居ない所でも、私で一杯になっているのが分かるから。


 それから気合を入れ直した優馬は、どんどん敵を倒していく。

 そして、動きもどんどん良くなっていく。

 いわゆるレベル制に近いシステムを用意したからね。強くなった優馬を見たかったから。


「まさか、ゲームみたいに敵を倒せば成長できるのか……?」


 なんて言う辺り、優馬も気づいたみたいだね。大正解だよ。

 きっと、いずれ優馬は誰よりも強くなる。その瞬間が楽しみだね。


 続けて敵を倒していった優馬は、まただんだん強くなっていく。

 ああ、いいな。成長を見守る瞬間は楽しいよ。


 そのまま優馬は順調に進んでいって、ボスの空間までたどり着いた。

 このダンジョンのボスは、優馬専用なんだよ。

 しっかりと準備をして、調整した存在なんだからね。


 ボス部屋的な場所にするために、結界を用意した。

 他の人に邪魔できないようにするためにね。

 だから、優馬と犬型のボスとの1対1を見ることができる。楽しみだね。


 角の生えた大きい犬だけど、優馬は過去を思い出しているみたい。予定通りだ。

 犬に追いかけられた私をかばって、噛まれた瞬間を。


 今の私は、傷口に塩を塗っているんだろうね。でも、乗り越えてくれるって信じているよ。

 優馬は誰にも負けない、最高のヒーローなんだからね。


 犬型の敵だから、優馬は恐怖に震えている。

 しばらく止まったままだったけど、すぐに目つきが変わる。ああ、カッコいい顔だ。


 決意を込めて、恐怖を克服すると決めた表情だ。

 私のためにダンジョンに挑んで、恐れを乗り越えて。最高すぎるよ。


 優馬を見ているだけで、興奮が抑えきれない。何なら達しちゃいそう。

 ああ、幸せだな。カッコいい優馬をいくらでも見られるなんて。


「今ここで、犬は逃げなくて済む相手にするぞ!」


 バットを構えた優馬は、強い意志を秘めた瞳で敵を睨む。

 モンスターに攻撃されて、攻撃をバットで妨害する。


 噛みつく動きだったのに、冷静に対処できている。

 もう、トラウマなんて乗り越えちゃったのかな。

 それとも、意志の力で必死に抑えているのかな。どちらでも、素敵だよ。


「行くぞ! お前を倒して、過去と決別する!」


 少しだけ、頭が冷えちゃった。

 私を助けてくれたことが、邪魔だったように聞こえてしまったから。


 分かっているよ。優馬は私のために頑張ってくれているんだって。

 だから、また落ち着いた気分で見ることができたけど。

 ほんの少しだけ、胸に棘が刺さったかのような気分だった。


 そのまま順調にボスは倒されて、犬は消えていった。

 必死な顔で敵と戦う優馬も、暴力の興奮に酔っている優馬も、どっちも好きだな。


 力に飲み込まれるところまで行ってしまえば、きっと失望するだろうけれど。

 優馬の頭の中にあるのは、私を守ることだけだから。まず大丈夫だろう。


 これから、優馬はもっと強くなって、もっと輝いて、やがて英雄になる。

 そんな優馬と私が結ばれる瞬間は、どれほど甘美なものだろう。


 幸せだろうな。楽しいだろうな。温かいだろうな。

 想像しただけで、少し震えてしまったよ。


 ねえ、優馬。私はずっと待っているからね。

 だから、幸せな結婚をして、その先まで過ごそうね。

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