昏い欲望(1)

 優馬はダンジョンに向かうと決めた。予定通りではあるけれど、心配する気持ちもある。

 もし優馬が死んだら、私も死ぬつもりではある。だって、彼だけがこの世界を生きる意味だから。

 一応、ダンジョンは私の能力で生み出したもの。だから、制御もできる。


 だからといって、殴る時に加減を間違えれば死んでしまうように。

 うっかり優馬を殺してしまうことだって、あるかもしれない。


 その後の世界で、私は何を目標として生きていけば良いのか。

 だから、死ぬのはちょうど良いことだと思う。

 いくらチート能力だからって、死者を生き返らせることはできないはずだから。


 優馬と話し合いをして、彼が死なないように条件を突き詰めていった。

 将来のことなんて、私のチート能力でどうにでもできる。

 だからこそ、休みをしっかり取ってほしいというのが本音だった。


 結局、休日だけダンジョンに向かうことに決めたみたい。

 だから、休みの日にすることは決まっている。優馬を眺めることだ。

 私の願いを叶える能力で、ダンジョンの中は自由に覗ける。

 つまり、優馬の活躍をいくらでも見られるということ。


 優馬は私のために戦っている。だから、きっととてもカッコいい瞬間が多いはず。

 普段はヘタレで情けないだけの人だけど、私を守るときには、全部変わるから。


 素敵な姿を見るために、優馬が向かうダンジョンには、相応の試練を用意するつもりだ。

 初めは、私をかばって噛まれてから怖くなったらしい犬でいこう。

 きっと、恐怖に震えて、それでも立ち上がってくれるはず。ヒーローにふさわしい姿を見せてくれるはず。


 その前に、日常の大切さを教えてあげよう。

 一度私が死ぬかもしれないと感じたからこそ、私との生活に色を感じるはず。


 私だって、大好きな優馬との最後の時間かもしれないから、しっかり楽しむんだ。

 万が一の時には、一緒にあの世に行ってあげるからね。


 学校に通うことで、優馬は私と過ごす時間を味わってくれるはず。

 だから、ダンジョンに挑むための活力になってくれるだろう。

 想い人が、私を好きで居てくれる。とても幸せなことだ。


 間違いなく私と優馬は両想い。もしかしたら、ただ告白するだけで全部うまく行ったのかもしれない。

 でも、もう引き返せないから。引き返すつもりもないから。


 優馬が輝く英雄になる姿を、絶対に見たいんだ。

 子供の頃に、犬からかばってくれたように。

 スタンピードで、スライムから守ってくれたみたいに。


 これから優馬がダンジョンに挑む中で、もっとカッコいい姿だって見られるはず。

 未来に向けてワクワクを感じながら、学校へと優馬を迎えに行く。


「今日も迎えに来たよ、優馬君」


 そう言いながら笑顔を見せると、こちらに見とれているような顔をしてくれる。

 可愛い顔だという自覚はあるけど、優馬の好みだと分かって気分がいい。

 私は間違いなく、優馬のヒロインなんだ。そう思える。


 私達はいつも通りに雑談をしながら、通学路を進んでいく。


「スタンピードの時は、本当にありがとう。優馬君のおかげだよ」


 優馬は顔を真っ赤にしながら、大したことじゃないと返してくる。

 とても素敵だったのにね。同じ状況で同じことができる人間が、何人居ることか。


 私がただの女だったとしても、きっと優馬を好きになっていたと思う。

 それくらいには、彼の勇気は尊いものだったから。

 本当は怖くて、逃げ出したくて、それでも私のために立ち上がった。


 どれほどすごいかなんて、言葉にできないくらい。

 恐怖を知らないわけじゃない。むしろ、人より臆病なくらい。

 それなのに、必死の決意で敵に挑むんだから。


 優馬の覚悟を笑う人間なんて、全員死んでいいよ。

 どうせ、くだらないガラクタなんだからね。

 勝てるかどうか分からない。それを理解して挑む勇気は、最高なんだから。


 例えば、優馬を目の敵にしている刀也なら。

 挑むだけならできるだろう。でも、自分が負けないと思っているだけだから。

 つまるところ、ただの蛮勇でしか無い。汚らわしい感情だよね。


 学校に到着すると、その刀也の話題が出た。


「そういえば、刀也が居ないね」


「居なくても良かったんだけどね。いくらなんでも、私は嫌いだよ」


 確かな本音だ。もっと言えば、死んで欲しい。わざわざ殺すほどの興味はないけれど。

 周囲に嫌われている人間だから、今くらいの発言では周りはなんとも思わない。

 私を好きになっているみたいだけど、身の程知らずにもほどがある。


 優馬は私には同調しない。お優しいことだ。

 ハッキリと死ねばいいって言ってしまえばいいのに。

 それくらいでは、優馬の輝きは薄れないんだから。


 クラスメイトは、私に同意してくれるみたいだけどね。

 まあ、どうでもいいことではある。そこまで興味はないかな。


「刀也のやつもバカよね。愛梨に嫌われてるの、気づいてないんだから」


「私が刀也を好きになることなんて、天地がひっくり返ってもありえないよ」


 私が優馬に出会っていなかったとしても、絶対に好きにはならなかった。

 本当に、どうしようもない小物でしかないから。

 私のために立ち上がることなんて、どう考えてもありえない。


「だよなー。あいつ、ダンジョンに挑んでいるらしいぜ。モンスターにやられればいいのにな」


 全くだよ。わざわざ殺そうとは思わないけど、死んでくれたほうが嬉しいね。


「つまらない嫉妬で、優馬に突っかかるんだものね。余計に嫌われるだけなのに」


「そんなことにも気づかない頭なんだろうさ。俺だって、あいつは嫌いだよ」


「僕も嫌いだけど、死んでほしいとまでは言えないかな」


「優馬君は良い子ちゃんだよね。私は嫌いじゃないけどね」


 むしろ好きだ。でも、もっと敵意くらい持っていてもいいのに。

 攻撃してやってもいいのに。私は、いじめられる優馬をどんな気持ちで見ていたか。

 いっそこの手で刀也を殺したいと思ったときすらあったのに。


 優馬の輝きを奪った、ゴミみたいな存在。結局は、優馬の優しさだったのだろうけれど。

 でも、そんな優しさなんていらない。優馬を傷つける人間なんて、排除してくれて良い。

 私が手を出すことは、きっと望まれない。だから我慢はするけれど。


「ダンジョンに挑むやつは、もう何人も死んだみたいだな。誰か攻略してくれればいいけど」


「そうなのよね。私達にとっても、他人事じゃないっていうか」


「きっと、大丈夫だよ。私達にはヒーローが現れるはずだから」


 優馬が、優馬だけが、ダンジョンを攻略する資格を持っているんだ。

 他の誰かになんて、ヒーローはふさわしくない。仮に強かったとしてもね。

 私が見た輝きは、きっとこれからもっと増していくはずだから。


「近場にSランクダンジョンがあるのが怖いんだよ。何でなんだろうな」


 ただひとつ、優馬の最後の試練として作ったダンジョンが、Sランクダンジョンと呼ばれる。

 ちょうど良い運命だよね。優馬の輝きを、すぐそばから見ていられるのだから。


「言っても仕方ないわよ。幸い、Eランクダンジョンだって近くにある。誰かが慣れてくれるって、期待するしか無いわ」


 優馬のためのダンジョンなんだから、攻略にはちょうど良い形じゃないとね。

 私の手で、しっかりと道筋を作っておいてあげるね。

 優馬だって、運命みたいに思えるはずだから。


「人手が足りないみたいだからね。なかなか難しいとは思うけど」


「私も、待っているしかできないからね。悲しいけれど」


 そして、優馬の活躍をそばで見ているんだ。

 見守られているなんて知らないからこそ、本当の優馬が見られる。


 きっと、弱さだってさらけ出してくれると思う。

 その上で、必死に勇気を絞り出してくれるんだ。


 私を守るために全力な優馬は、とっても素敵。

 だから、どんな些細なことだって見守ってあげるね。


「愛梨に何かあったら、僕は泣いちゃうと思うよ」


「優馬君に何かあったら、私は死ぬよ」


 もう決めたことだから、ちゃんと私を守ってよね。

 私が死んでも、優馬は生きていてくれていいけれど。

 それでも、私を心の奥底に刻んでいてほしいな。


 いつか恋人ができた時にも、ふとした瞬間に私を思い出すくらい。

 自分の幸せの影で、失った私に思いを馳せるくらい。

 私を捨てた優馬なんて、もうカッコよくはないよね。


 そもそもチート能力があるから、私が死ぬことなんて無い。

 私が生きているのに、他の人を選ぶのなら。私は世界を滅ぼすよ。

 優馬が裏切る世界なんて、無い方が良いんだから。


「クッソ重いわね! いくらなんでも言いすぎよ」


 本気で私は死ぬつもりなんだけどね。優馬は冗談だとは思っていないから、別に他の人に誤解されようが構わないけれど。

 ダンジョンで優馬が死んだら、私が殺したようなものなんだから。責任を取るのは当たり前だよ。


「完全に脈がないのに、刀也のやつもよくやるよ」


 本当にね。どこまでバカなんだろうか。自分が嫌われているなんて、少しも理解していない。

 私に好かれるための行動もしないで、どうして私が惚れると思うのだろう。


「僕が死んでも、幸せになってくれたほうが嬉しいけど」


「優馬君だけが、私の幸せなんだよ。スタンピードの時にハッキリしたんだ」


 そして、優馬だけがこの世界に生まれた意味なんだよ。

 私の全ては、優馬のためにある。体も、心も、命も、全部。


「いや、優馬も優馬でおかしいわね。想い人に自分の居ないところで幸せになられてもいいなんて」


 そうだよね。私だって、優馬を私だけのものにできる方が嬉しいよ。

 私の後を追ってほしいとまでは思わないけれど。優馬には、できれば生きていてほしい。


 優馬。私を求めて。恋して。愛して。心の全部を、私のものにして。

 そうすれば、誰よりも幸せにしてあげられるから。願いを叶えるチート能力だってあるんだから。


 英雄になった優馬と、命がけで守った私。その夫婦は、きっと幸福の象徴になるから。


「まあ、割れ鍋に綴じ蓋って感じじゃないか? 良くも悪くもお似合いだよ」


 お似合いって言っているから良いけど。

 優馬を悪く言うのはどうかと思うんだよね。

 だって、この国を救う英雄だよ。誰よりも輝く素敵な人だよ。


「優馬君は、きっと何があっても私を助けてくれるからね」


「その期待に応えられるように、がんばるよ」


 優馬の目には、強い炎が灯っている。いつかのようだ。

 これなら、最初のダンジョンだって期待できる。

 物語のようなヒーローを、きっと見られる。


「お熱いことで。なにか進展でもあったの?」


「あまり茶化してやるなよ。俺が言うのも何だけどさ。こいつらなら、いずれくっつくって分かりきってただろ」


 そうだね。私は優馬が好きで、優馬も私が好き。

 両想いなんだから、結ばれるのは運命に決まっている。

 良いことを言うよね。いざという時は、少しくらい助けてあげてもいいかな。


 それから一日は、いつもより優馬のそばに居た。

 もしかしたら、最後になるかもしれないからね。優馬を私に刻んでおきたかった。

 顔も、声も、仕草も、何もかもを味わい尽くすつもりで。


 そして次の日。いよいよ優馬がダンジョンに挑む日がやってきた。

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