初めてのダンジョン(2)

 ダンジョンには、入口となる門がある。その中に入っていくと、一瞬で景色が切り替わった。

 先ほどまでは現代日本のアスファルトでできた町並みだったのに、今ではあたり一面に草原が広がっている。

 まったく、不思議なものだ。科学的な説明はできるのだろうか。


 とはいえ、理由を考えても分からないだろう。

 僕がやるべきことは、ダンジョンの攻略。

 ゲームみたいな仕組みだということは噂になっている。

 だから、本当に攻略が鍵になる可能性は十分なはずだ。


 今のところ、他の人とは出会っていない。

 さっき侵入していった人の姿も見えない。何かあるのだろうか。

 そう考えていると、悲鳴が聞こえる。

 助けに行こうか悩んでいると、僕の前にスライムがあらわれた。前に出会った時と同じ、マスコット然とした見た目だ。


 誰か知らないけど、助けは期待しないでくれ。

 僕は自分のことで必死なんだ。誰かの手助けをする余裕はないみたいだ。


 とりあえず、一体だけならば前回と同じやり方で倒せるかもしれない。

 持ってきた鉄のバットで、スライムに攻撃を仕掛ける。


「当たってくれよ!」


 スライムには、こちらに飛びかかって来ようとされた。だが、先手を打ってバットをぶつけられた。

 やはり、前回の戦いでの経験は大きい。これが初めてだったら、もっと混乱していたと思う。


 今回は、さほど手間取らずに倒せた。

 成長したのか、単なる慣れなのか。他のモンスターだって居るに違いないのだから、慢心はできない。


 そういえば、悲鳴はどうなったのだろうか。

 音がした記憶のある方へ向かうと、すでにスライムに殺されている人が居た。

 残念だけど、助けに行く余裕はなかった。スライムを倒して、少しだけ手を合わせて、次に向かう。


 入り口から真っすぐ進んでいくことが、今の僕にできること。

 ダンジョンの構成は未だによく分かっていないから。

 限界になったら引き返せるように、だけど少しでも進めるように。


 どうしてスタンピードなんてものが起こってしまったんだろう。

 それがなければ、単にゆっくり進むだけで良かったのに。

 次にスタンピードが起きて、愛梨が巻き込まれないように、ギリギリまで急がなくちゃいけない。

 それでも、次がないなんて保証はされない。


 諦めたら、どれだけ楽になれるだろうか。誰かに任せられたら。

 でも、明らかにダンジョンを攻略する手は足りていない。

 そうじゃなかったら、僕みたいなただの学生が参加できるわけ無いんだから。


「何をするのが正解なんだろうな……」


 つい弱音が出てしまった。暗闇の中を歩いている感覚がある。

 たったひとりで、誰の助けもなく戦う。ダンジョンには他の人も挑んでいる様子だけど。

 とてもじゃないけど、信頼なんてできない。ピンチになったら見捨てられるだろう。


 考え事をしていると、次のモンスターが現れた。

 これは、ゴブリンで良いのだろうか。緑色の小人で、木の棒を持っている。どこで用意したんだろう。

 小汚い感じが出ていて、あまり触れたいものではない。すえた匂いまでする。近づくのも、本音では嫌だ。


 まあ、敵に触られることは好ましいことではない。なにかスキルがあるのかもしれないし。

 ゲームじみたダンジョンだなというのは、全体的に感じる。

 スライムは倒したら消えてしまうし、入り口として門から転移するというのもそれっぽい。


 だとすると、僕の死体もいずれ消えてしまうのだろうか。それは嫌だな。

 死んでしまったとしても、愛梨の元へ帰ることすらできないんだから。


 まあ、考え事は後で良い。まずはゴブリンを倒さないと。


「さあ、行くぞ」


 逃げ道だけは確保しておきたいけど、平原だし簡単か。

 なら、危なくなるまでは戦おう。バットを構えて、敵の持っている木の棒をながめる。


 こちらに振り下ろしてきたので、バットで受ける。

 以前のスライムほど強い衝撃じゃなくて、なんとか耐えきれた。

 受けたのは失敗だった気もするけど、うまく行ったからそれでいい。


 反撃として、バットを振り下ろしていく。受けられる。

 今度は横から振る。脇腹に当たる。

 それでも、まだ倒れてはくれない。やっぱり、耐久力が高い。


 スライムの時にも感じたけれど、簡単には死んでくれない。

 モンスターという存在のイメージからすると、当たり前ではあるけれど。

 ダンジョンでも、すでに死人はたくさんいるんだから。脅威に決まっているよね。


「何度でも、殴り続けるだけだ」


 本当に大事なことだ。死ぬまで殴れば死ぬはず。

 ダメージを受けている様子ではあるから。諦めるのが一番悪い。

 次あたりに、変なところで油断することが続くだろう。


 だから、しっかりと死ぬまで叩こう。

 ゴブリンは怯んでいるので、続けて殴れる。

 ゲームでのイメージ通り、弱いことだ。

 それでも、死ぬまでは気を抜かない。


 ゴブリンが倒れたのを確認して、構えを続けたまま様子を見る。

 すると、ゆっくりと姿が薄れて、そのまま消えていった。


「よし、順調だ。でも、しっかりと気を張っておかないと。ちゃんと生きて帰るために」


 愛梨が待っているんだ。俺が死んだら、死ぬとまで言われた。

 だから、何があっても、絶対に帰るべきなんだ。


 改めて決意を固めて、続けてモンスター達を倒していく。

 すると、だんだん楽になっていくことに気がついた。

 慣れもあるだろうけど、疲れを感じないんだ。


「まさか、ゲームみたいに敵を倒せば成長できるのか……?」


 今の仮説が正しいとなると、どこまで急ぐのかが大事になる。

 レベル上げに時間をかけるか、できるだけすぐにSランクダンジョンを目指すか。


 愛梨がスタンピードで襲われる可能性がないのなら、ただ慎重で良かったんだけど。

 僕の目標は愛梨を守ること。ダンジョンを攻略することじゃないから。

 そこを見誤らないためにも、まずは生き延びることを優先しよう。


 ある程度敵を倒し続けていると、レベル上げという仮説に確信が持てた。

 どう考えても、僕の動きが早くなっているし、バットも軽くなっている。

 つまり、ダンジョンの中でモンスターを倒すのは重要な手順になる。


 そのままモンスター達を倒しながら進んでいくと、最奥らしき場所にたどり着く。すると、結界のようなものに囲まれた。

 慌てて周りを見回すと、犬のようなモンスターがいた。額に角が生えている以外は、犬と変わらない。

 というか、大きい犬だ。だから、すぐに逃げられないか確かめた。


 一応、結界の外に出ることはできるらしい。そこから犬が出てくることはない。

 感覚からすると、目の前にいる犬はいわゆるボスだろう。

 どうする。犬と戦うか。逃げて体制を整えるか。


 見た感じの動きだと、勝ち目は十分にある。

 だけど、犬だ。あの牙を腕に突き立てられたときを思い出してしまう。

 唸り声を上げている。怖い。怖い。変な汗が出てくる。飛び掛かられたら、どうしよう。


 でも、ここで逃げて、愛梨が犬に襲われた時にまた逃げるのか?

 そんな姿勢で良いのか? 弱いままの僕でいたら、結局愛梨を守れない。


 勝ち目がない敵に挑むわけじゃないんだ。ただ、恐ろしい見た目をした敵に挑むだけのこと。

 そんな状況で逃げ出すやつが、愛梨を守れるものか。

 スタンピードが起きてしまえば、複数の敵に囲まれる可能性だってあるんだ。


 さあ、気合を入れろ。心に火を灯せ。目の前に居るのは、勝てる相手なんだ。


「今ここで、犬は逃げなくて済む相手にするぞ!」


 愛梨を助けられる人間になるんだ。ここで、自分の恐怖に打ち勝ってみせる。

 自分自身のトラウマになんて、負けはしない。もう一度愛梨が犬に襲われたって、守りたいんだから!


 結界の中に入っていき、犬に向けてバットを構える。

 さあ、戦いの始まりだ。動きは十分に追いかけられる。なら、行ける。


 犬は口を開いて、こちらに噛みついてくる。

 そこにバットを差し込むと、噛みちぎれない様子。

 すぐに犬は飛び下がって、こちらに唸り声を上げてくる。


 犬に噛まれた過去が目の前に見える。

 でも、そんな恐怖になんて負けてられない。愛梨のために、絶対に勝つんだ。


「行くぞ! お前を倒して、過去と決別する!」


 犬に怯えるだけの自分とは、もうサヨナラだ。

 また噛みつこうとされたので、今度は顔面にバットを合わせる。

 すると、直撃して苦しんでいた。なら、やれるはず。


 しっかりと敵の動きに警戒しながら、今度はバットを振り下ろしていく。直撃する。

 キャンキャンと悲鳴を上げていて、少し高揚してしまいそうだった。


 本物の犬だったら、心が傷んだかもしれないけれど。

 でも、角が生えているようなバケモノなんだ。人を襲う怪物なんだ。

 だから、さっさと殺してしまわないと。被害者を出さないためにも。


 何度も殴り続けて、やがて犬は倒れる。

 そして、他のモンスターと同じように消えていった。

 同時に、僕の周りを囲んでいた結界も消え去っていく。


「とりあえず、ボスらしき敵は倒せた。まずは帰ってから、様子を見ようかな」


 そのままダンジョンから脱出すると、同時に入り口の門が消えていった。


「何があったか知っているのか!?」


 入り口を管理していた警備員らしき人に、すごい剣幕で問いかけられる。


「ボスらしきものを倒したので、そのせいかもしれません」


 そう説明すると、話を聞かせてくれと連れて行かれた。

 しばらく僕の経験したことを話すと、どこかに連絡し始めた。

 会話を終えた警備員みたいな人は、お礼を言ってから僕を解放してくれた。


 帰り道に着きながら、今日を振り返る。

 なんだかとても疲れたな。犬とも戦うし、知らない人と話す羽目になるし。

 でも、とても達成感がある。これで、まずは一歩だ。


 愛梨との平和な生活のために、もっと頑張っていくぞ。

 しばらくはEランクダンジョンでレベル上げをして、次はDランクダンジョンだ。

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