初めてのダンジョン(1)

 ダンジョンに挑むと決めた僕だけれど、今日は学校に通うことになっている。

 愛梨と相談した結果だ。ダンジョンを攻略する以外にも、僕にだって未来があるから。

 そんな説得では、次のスタンピードへの焦りには勝てなかったけれど。


 毎日ダンジョンに向かっていては、疲れから失敗してしまうかもしれない。

 そう言われて、納得する部分があった。急ぎすぎて死んでしまっては、結局は愛梨を守れないからね。


「今日も迎えに来たよ、優馬君」


 そう言いながら笑顔を見せてくれる愛梨。

 今みたいな時間を守るために、僕は戦うんだ。

 それを忘れないためにも、学校に通うことは必要かもね。

 愛梨が居てくれるから、ダンジョンに挑む意味があるんだから。


 いつも通りに学校へと向かう。そういえば、何人かは犠牲者が出たみたいだ。

 悲しいけれど、愛梨ではなくて良かったという思いが拭えない。

 愛梨が死んでいたら、僕が生きる理由がなくなってしまうから。


 学校にたどり着くと、死んだ人以外にも見かけない顔があった。


「そういえば、刀也が居ないね」


「居なくてもいいと思うけどね。いくらなんでも、私は嫌いだよ」


 そう言うのも納得してしまうくらいには、乱暴なやつだった。

 本音のところでは、居ないほうが良いというのは同感だけど。

 でも、流石に愛梨みたいに言葉にはできないかな。


「刀也のやつもバカよね。愛梨に嫌われてるの、気づいてないんだから」


「私が刀也を好きになることなんて、天地がひっくり返ってもありえないよ」


「だよなー。あいつ、ダンジョンに挑んでいるらしいぜ。モンスターにやられればいいのにな」


 クラスメイトと話しているが、本気で嫌われている。

 少しだけ気分がせいせいするけれど、僕だってダンジョンに挑むんだから。笑う訳にはいかない。

 命をかけるんだから、他者の命だって雑に扱わないほうが良いはずだ。


「つまらない嫉妬で、優馬に突っかかるんだものね。余計に嫌われるだけなのに」


「そんなことにも気づかない頭なんだろうさ。俺だって、あいつは嫌いだよ」


「僕も嫌いだけど、死んでほしいとまでは言えないかな」


「優馬君は良い子ちゃんだよね。私は嫌いじゃないけどね」


 愛梨から嫌われないのなら、どんな評価でも構わないけど。

 結局のところ、僕にとって大切な存在は一人だけだからね。


「ダンジョンに挑むやつは、もう何人も死んだみたいだな。誰か攻略してくれればいいけど」


「そうなのよね。私達にとっても、他人事じゃないっていうか」


「きっと、大丈夫だよ。私達にはヒーローが現れるはずだから」


 愛梨はちらりとこちらを見る。期待してくれるのは嬉しいけれど、重い気もする。

 それでも、やることに変わりはない。愛梨が平和に過ごせるように、頑張るだけ。


「近場にSランクダンジョンがあるのが怖いんだよ。何でなんだろうな」


「言っても仕方ないわよ。幸い、Eランクダンジョンだって近くにある。誰かが慣れてくれるって、期待するしか無いわ」


「人手が足りないみたいだからね。なかなか難しいとは思うけど」


「私も、待っているしかできないからね。悲しいけれど」


 僕は愛梨に戦ってほしくない。だからダンジョンに挑むんだ。

 ただひとり大切だと思う人だから。

 ずっと、幸せに生きていてほしい。できることならば、結ばれたい。


 最低でも、ダンジョンなんかのせいで死ぬことのないように。

 そのためならば、恐ろしいダンジョンに挑むことだってできる。

 本当は、誰かに助けてほしい。でも、期待できる状況じゃないから。


 クラスメイトに話したところで、バカにされて終わりだろう。

 とてもじゃないけど、頼ることなんてできはしない。

 愛梨を守れそうな人なんて、僕しか居ないんだ。


「愛梨に何かあったら、僕は泣いちゃうと思うよ」


「優馬君に何かあったら、私は死ぬよ」


「クッソ重いわね! いくらなんでも言いすぎよ」


「完全に脈がないのに、刀也のやつもよくやるよ」


 愛梨を死なせないために、僕は生きなきゃいけない。大変だ。

 誰かを守ったって満足感のもとで死ねるなら、悪くない気もしていた。

 だけど、愛梨が死んでしまうのなら意味がない。

 僕にとって、本当に全てと言える人だから。


「僕が死んでも、幸せになってくれたほうが嬉しいけど」


「優馬君だけが、私の幸せなんだよ。スタンピードの時にハッキリしたんだ」


「いや、優馬も優馬でおかしいわね。想い人に自分の居ないところで幸せになられてもいいなんて」


「まあ、割れ鍋に綴じ蓋って感じじゃないか? 良くも悪くもお似合いだよ」


 酷いことを言われているはずなのに、お似合いだと言われるだけで嬉しくなる。僕も大概だな。

 でも、それでいい。愛梨だけが、僕を慕ってくれていたから。

 弱くて情けなくて頼りない僕を、たったひとりだけ肯定してくれていたから。


 愛梨はどう思っているのだろうか。つい表情を見てしまう。

 すると、ほんの僅かに頬を緩めていて。思わずにやけそうになった。


 やっぱり、愛梨は僕に好意を持ってくれている。

 さっきの言葉からも感じるけど、自然な動作からも伝わってくるようで。

 ダンジョンに挑む時に頑張るための力をもらったような気がした。


「優馬君は、きっと何があっても私を助けてくれるからね」


「その期待に応えられるように、がんばるよ」


「お熱いことで。なにか進展でもあったの?」


「あまり茶化してやるなよ。俺が言うのも何だけどさ。こいつらなら、いずれくっつくって分かりきってただろ」


 そんな風に思われていたのか。なら、もっと早く告白したほうが良かったかな。

 いや、今更だ。ダンジョンを攻略してからだって決めたんだ。

 愛梨の言いたいことを、しっかりと聞くって決めたんだ。


「じゃあね、しっかりやりなさいよ。私も、あんた達はお似合いだと思うわよ」


「もう授業か。またな。刀也なんかに邪魔されるなよ」


 僕達の関係を応援してくれる人もいる。それはとても嬉しい事実だ。

 だって、愛梨と僕とでは遠い存在かのように感じる瞬間もあったから。

 なんだかんだで、愛梨はみんなから好かれている。僕はどうだろうか。


 まあ、いいか。愛梨から大切に思われているのなら、それでいい。

 これまでの人生で、僕という人間を大切にしてくれた人は愛梨だけだから。

 他の友達は、僕が死んだとしても、知り合いの誰かが死んだくらいにしか悲しんでくれないはずだ。


 人生において大事な存在だと感じてくれる人は、たったのひとり。でも、それでいい。

 僕だって同じことだから。愛梨以外の人間は、ただの知り合い以上にはならないから。


 それからの一日は、いつも通りに過ごして終わった。

 愛梨との日常の大切さを実感できて、僕がどれだけ愛梨を好きなのかを理解できて、大切な日になった。


 そして次の土曜日。愛梨が見送りに来てくれた。


「頑張って。逃げてもいいから、無事に帰ってきてね。ヘタレでも良いんだから」


「もちろんだよ。愛梨を死なせる訳にはいかないからね」


「なら、安心だね。優馬君は臆病だから、ちょうど良いよ」


 これからダンジョンに向かう。最悪の場合、死んでしまうかもしれない。

 だから、愛梨の顔を僕の瞳に焼き付けた。

 穏やかで、清楚で、愛嬌のある大好きな顔を。


「じゃあ、行ってくるよ。必ず帰ってくるから」


「約束だよ。裏切ったら、死んだ後でも呪っちゃうんだからね」


 怖いことだ。絶対に死ねないな。でも、脅しのような言葉も愛梨の優しさだよね。

 本気で死んでほしくないと、全力で伝えてくれる言葉だから。


 愛梨に手を振って出かけていき、この街にあるEランクダンジョンに向かう。

 ダンジョンへとつながる門の前には警備員らしき人が居て、どうも入っていく人の確認をしているようだ。

 何人かの順番待ちをして、僕の番がやってきた。


「子供か。名前は?」


笹木ささき優馬です」


「念のために確認しておく。ダンジョンで死んだ場合、死亡手当が発生する。名前を偽っていないな?」


 学生証を提示すると、頷かれる。


「脅されていないな? 家族の許可は取ったか?」


 など、いくつかの項目の確認を受けた後、ダンジョンへの侵入を許可される。


「すでに死人は複数出ている。気をつけるんだぞ」


 もしかして、ぶっきらぼうなのにも理由があったりするのだろうか。

 死んでも感情移入しないようにとか、態度に腹を立てないか見ているとか。

 まあ、僕が気にするべきことじゃないな。さっさと進もう。


 そうして、僕は初めてのダンジョンへと向かうことになる。

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