歪んだ想い(2)

 ようやく、優馬を活躍させるための第一歩が始まる。

 まずは事件が起こる前兆として、地震を引き起こしてみる。

 建物が崩壊したりしない程度に加減して、それでもハッキリと分かるくらいに。

 それから、モンスターを私のところまで呼び寄せた。同時に、様々なところでダンジョンの外にモンスターを出現させていく。


 とはいえ、まずはチュートリアルだ。

 優馬の前に、対応できないほどのモンスターを出すつもりはない。だから、ただのスライムだけを用意した。


「念のために、公園にでも行く?」


 なんて、地震の時の対応を考えている優馬を前に、私は怯えているフリをする。

 すぐに気づかれて、彼は私の視線を追いかける。

 当然、優馬はスライムの存在に気がつく。私の手を取って逃げようとする。


「愛梨、こっち!」


 そう言いながら。優馬の顔を見なくても、怯えきっているのは分かる。

 だけど、私を逃がすために必死になっているんだ。

 自作自演であるにも関わらず、優馬のカッコよさに震えそうなくらいだった。


 私の手を引っ張る優馬の力強さを堪能しながら、彼より少し遅く走る。

 どう考えても足手まといなのに、絶対に見捨てようとしない優馬。やっぱり最高だ。


「優馬君、私のことは良いから……!」


 なんて言ってみる。答えは分かりきっていたけれど。


「ダメだよ! 愛梨だけは何があっても見捨てないから!」


 案の定、そう返ってくる。私への好意がハッキリと伝わって、とても気分がいい。

 他の誰かだったら、きっと今の言葉じゃなかっただろう。そもそも見捨てていたのかもしれない。

 私のヒーローは、私だけを見てくれている。最高だ。素敵だ。幸せだよ。


 だけど、まだまだ満足しきることはできないから。

 スライムの動きで優馬を誘導して、もっと追い詰めてみる。


 逃げるだけでは、今回の事件は終わらないよ。

 強敵に立ち向かう優馬の姿、じっくりと見せてもらうからね。


 そう考えて、行き止まりへと追い詰めていった。

 優馬の考え方はよく分かる。恐ろしいスライムから少しでも離れたいんだ。

 だから、少しスライムの動きを制御してあげるだけで、簡単に誘導できた。


 気づいていないみたいだから、言葉で後押しをしてあげる。


「優馬君、前!」


 ってね。そうすれば、優馬は私をかばうために動こうとする。

 少し震えてあげると、すぐに気がつくんだ。そして、私のために立ち上がってくれる。

 事前に用意しておいた、金属バットを手にとって。決意を込めた瞳でスライムに向かい合う。


 ああ、やっぱり優馬は最高だよ。自分だって、とても怖いだろうに。

 それでも、私を守るために勇気を振り絞ってくれる。カッコいいなあ。


「愛梨、僕が時間を稼いでいる間に逃げて!」


「そんなことできない! 死ぬのなら、一緒にだからね!」


 優馬が死んだ後の世界になんて、私は興味ない。だから、本音でもあった。もちろん、鼓舞するための言葉でもあるんだけどね。

 私はこれから先も、彼以上に好きになれる相手になんて、きっと出会えない。分かり切っているんだ。


 優馬は私の言葉を受けて、完全に覚悟を決めたみたいだ。

 スライムの動きを観察して、しっかりと勝とうとしている。

 流石は優馬。破れかぶれになったりせず、本気で私を守ろうとしてくれる。


 スライムは優馬に飛びかかっていく。優馬はいったん避けようとして、結局はバットで受ける。

 本当に幸せだな。私を守るために、危険だとしても防御を選ぶんだから。

 そこまでしてモンスターから助けようとしてくれる人に、誰が出会える?


 優馬はスライムの衝撃に負け、バットを顔面に直撃させてしまう。

 鼻から血があふれているけれど、全くためらわずに戦いを続ける。


「行くぞ、バケモノ! ただ倒されるのを待つだけだと思うなよ!」


 間違いなく、優馬自身を鼓舞するための言葉だ。

 絶対に怖いのに。逃げ出したいのに。私がいるからできない。

 本物の勇気というのは、いま目の前にある。そう確信できた。


 誰が相手だろうと、反論なんて許さない。

 私にとって最高のヒーローは、何があっても優馬から変わらない。


 優馬はバットを振って、スライムに攻撃を当てていく。

 こういうところで、しっかりと当てられるのもヒーローって感じ。

 彼は吹き飛ぶスライムを眺めながら、油断せずに構えている。

 どれだけでも見ていられそうだ。後で今の映像とか作りたいな。

 撮影はしていないけれど、願いを叶える能力ならばいけるだろう。


「当たった。何も通じないわけじゃない。勝てる手段はあるはず。やれる。やれるぞ」


 絶対に勝てない敵なんて、優馬にぶつけたりしないよ。

 他の相手なら、分からないけどね。私は輝くヒーローが見たいんだ。絶望してほしい訳じゃない。


「優馬君、頑張って……!」


「任せて!」


 うん。今の優馬になら、人生のすべてを預けられそうだ。

 きっと、真実を知らない私でも、似たようなことを考えたはず。

 誰にも負けない、最高にカッコいい私の幼馴染なんだから。


 スライムにもう一度バットをぶつけて、それでも倒れない。

 だけど、優馬は諦めないよね。私が後ろにいる限り、どんな敵にだって勝てるよ。


「何度でも来い! 何度だって叩いてやる!」


 なんて言葉は、まさに優馬の輝きを示している。

 決して折れず、最後の最後まで戦い抜くという決意を感じられる。


 実際、スライムの攻撃を受けて吹き飛んでも、また立ち上がろうとしていた。

 結構痛いはずだから、普通の人間なら心が折れてもおかしくない。

 それでも、私を守るために命を燃やすんだ。最高に素敵だよ。


「優馬君! 死なないで!」


「安心して。絶対に勝ってみせるから」


 本当に安心できる。どんな敵を目の前にしたって、優馬は折れない。

 私の求める、輝けるヒーローそのものなんだ。


「こっちを見て!」


 せっかくだから、ヒロインっぽい行動をしてみるかな。

 そう考えて、野球ボールをスライムに投げる。

 すると、私の方へと攻撃しようとしてくる。


「今だよ、優馬君!」


 優馬はいかにも男の子って顔をして、必死な様子でスライムにバットを叩きつける。

 うんうん。私が危険なら、それは全力になってくれるよね。


 スライムを何度も何度も叩き続けて、それでバットを持てなくなって。

 そんな姿が、何よりもキラキラして見えていた。

 スライムはもう死んでいたけど、伝えるのは野暮かなって思うくらいに。


「倒せた、のかな……?」


「うん、きっと。優馬君のおかげだよ。昔みたいに、また助けてくれたね」


 犬から私をかばってくれた瞬間から、私の恋は始まった。

 きっと、誰よりも熱い想いを抱えているんだ。

 そんな優馬を戦わせることに、罪悪感もあるけれど。

 でも、もっと優馬には輝いてほしい。誰よりも素敵になれる人だから。


「こんなに手の皮がめくれちゃって。頑張ってくれたんだね。犬から私を助けてくれた時みたいに、優馬君は私のヒーローだよ」


 間違いなく、私の心からの気持ちだった。

 優馬以上の人になんて、二度と出会えない。分かるんだ。


「たった一体のモンスターに、酷い有様だけどね」


「ううん。私のために全力だったって分かるから。ありがとう」


 私の言葉に喜んでくれる姿は可愛くて、さっきまでのカッコよさとのギャップも良かった。

 大変な計画を実行してしまったけれど、きっと素晴らしい未来が待っているって思えるくらいに。


「他にモンスターが居なかったら、病院に行こうね。結構ケガしちゃってるから」


「そうだね。念のために、検査くらいはしてもらった方がいいかも」


 私は病院になんて通えないって知っていたけどね。

 優馬くらいのケガでは診られないくらいに、大惨事になっていたから。

 それで、私が手当てをしてあげた。幸せで、記憶に残る一瞬だったよ。


 スタンピードと名付けられた今回の事件が終わって、優馬はダンジョンに入ると決意をしたみたい。

 間違いなく、私のため。なにか上り詰めそうな感覚があった。


「優馬君。何かあったの? 顔がいつもと違うよ?」


 答えは分かり切っていたんだけど、その答えを言葉にしてほしかったんだ。

 優馬の気持ちがあれば、どれだけでも幸せになれるから。


「ねえ、愛梨。スタンピードがあって、愛梨も危ない目にあったよね。だから、僕はダンジョンに挑もうと思うんだ。攻略すれば、この災害は終わるかもしれないから」


「優馬君がやるべきことなの? 私は大丈夫だよ。少しくらいは、強くなるから。ビビリな優馬君には、向いてないと思うよ」


 全く本心ではなかった。ビビリで臆病だからこそ、私のヒーローになってほしかったんだから。

 そんな私に向けて、柔らかく微笑む優馬。いい表情だよ。写真に残しておきたいくらい。


「ありがとう、心配してくれて。僕は何があっても死んだりしない。絶対に、愛梨の所に帰ってくるから」


「約束だよ。優馬君が死んだら、私も死ぬからね。だから、無茶はしないこと!」


 本心からの言葉だった。私のせいで優馬が死んで、のうのうと生きていくなんてできない。

 だから、最大限に優馬の安全には気を配るつもりだった。不自然にならない限界まで。


「もちろんだよ。愛梨が生きていてくれないなら、何の意味もないんだから」


「じゃあ、待っているから。終わったら、私から言いたいことがあるんだ。優馬君だけに、言いたいことが」


 大好きだって想いを伝えたら、絶対に応えてくれる。その瞬間が、いまから待ち遠しいんだ。

 優馬と結ばれるときは、前世を含めた時間で一番幸せなはずだから。


「分かった。愛梨、またスタンピードがあったら、絶対に逃げてね。僕が居るとは限らないから」


「一緒なら、優馬君が守ってくれるからね。安心して。優馬君のためにも、必ず生きてみせるから」


 私達は指切りをした。

 待っているからね。ヒーローになった優馬と私が結ばれる瞬間を。

 だから、頑張ってね。いつまでも、待っているから。

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