歪んだ想い(1)
優馬の幼馴染であるところの私は、いわゆるTSチート転生者だ。
女神を名乗る存在に、願いを叶えようと言われてこの世界に生まれた。
前世と全く同じような生活ができる環境で、チート能力を持って。
だけど、そこまで興味を惹かれる事柄もなかった。
私は清楚系の美少女になれて満足していたし、幼馴染も平凡だったから。
今では、優馬のことは誰よりも気に入っているんだけどね。当時は、ただのヘタレとしか思っていなかった。
前世の私のほうが、よほど優れた男だったと思っていたくらいには。
それが変わったのは、私が犬に襲われた時。
子供の体にとって、犬というのはとても大きくて怖かった。思考が止まって、何もできないくらいに。
全力で迫ってきていて、チート能力を使うことすら思い浮かばないくらいに焦って。
だけど、優馬は私をかばってくれた。自分だって震えていたのに、私が危ないと認識したら、すぐに。
牙が彼の腕を引き裂いて、とても痛々しかった。それなのに、犬が去って行って、私が安全だと思ったらふにゃりと笑う。
「愛梨ちゃん、大丈夫だった?」
なんて言いながら。
その時だったのだろう。優馬がヒーローのように見えたのは。
前世から私は考えていた。
本当のヒーローというのは、恐れを知らない存在じゃない。
恐怖に怯えながらも、それでも大切な誰かのために立ち上がる人。
そんな人間は居ない。心のどこかで理解していたけれど。
だけど、優馬は違った。犬からは遠ざかっていたし、私よりも怖がっていた。
にも関わらず、私を助けるためだけに立ち上がったんだ。
ただのヘタレなんかじゃない。本当の勇気を持ち合わせた存在なんだって思えた。
「ありがとう。優馬君のおかげで、私は無事だったんだよ」
私は軽い言葉しか返せなかったけど、本気で感謝していた。優馬と出会えたことに。
前世でも、今世でも諦めていた。私が理想のヒーローと出会うことは。
だけど、優馬ならあるいは。物語のような、輝ける英雄になってくれるかもしれない。そんな期待を抱いた。
「ケガがなくて良かった。怖かったけど、頑張って良かったよ」
自分は大怪我をしているのに、私の心配をする。
私には、優馬がとてもキラキラして見えた。子供なのに、いや、子供だからこそかもしれない。本物の勇気と優しさを持った人だと、心の底から信じられた。
「病院に行こう。ちゃんと、治してもらわないと」
それから、優馬の両親に連絡をして、謝って、病院に付き添って。
彼は痛かったはずなのに、私を安心させるために笑いかけてくれた。
だから、私の心は決まった。優馬のために力を尽くそうと。
それからの日々では、ずっと優馬のそばに居た。
他者から排除されないために女を演じていたけれど、明確に優馬を意識した行動に変わっていたんだ。
だけど、かつて見た輝きが、だんだん失われていくような気がした。
相変わらず優しいけれど、いじめられてすら反撃しないような人になって。
優馬は私を大事にしてくれている。私だって、優馬から好んでもらえるように動いた。
前世では男だった私は、どんな事をすれば優馬がときめくのかは、よく知っていたから。
それで、美人で可愛くて愛嬌のある私に好かれている優馬が目をつけられた。
所詮はつまらないチンピラで、殴り返せばどうとでもできそうな相手。
それでも、優馬は何もしようとはしない。見ていて腹が立ってきた。
私が同じ状況だったなら、後悔するまで反撃していたのに。
相手がどうなったって、知ったことじゃない。
自分を軽んじるような人、ボコボコにしてやるのが手っ取り早いのに。
だから、優馬と話し合ったりもしていたんだ。
確か、中学生の頃だったかな。完全にヘタれていた優馬を相手に。
「ねえ、どうして反撃しようとしないの? やっぱり、度胸が足りないの?」
優馬のことを見ているのがつらくて、つい口が悪くなる瞬間もあった。
いつか見た輝きは、もう遠いものなのだろうか。そんな気すらして。
勝手な期待だってことは分かっている。人はヒーローになんてなれやしない。
それでも、優馬なら。そう考えることを止められなかった。
「怖いんだよ。人を傷つけるのが。確かに、度胸が足りないのかもしれない」
なんて言う優馬は見ていられなくて。それでも、私には優馬だけだった。
私は美人に生まれたから、くだらない性欲を向けられることは多かった。
元が男だからこそ、どれだけ下卑た感情を持っているのか、よく分かるから。
優馬だけは違った。幼馴染として、ちゃんと大切な相手だと思ってくれた。
ただのヘタレになってしまっても、どうしても嫌いになれない理由だった。
「なら、私が代わりに攻撃してこようか?」
そんなセリフが、私を変えるきっかけになる。
さっきまで情けない顔をしていた優馬が、急に表情を変えた。
思わず見とれてしまいそうになるくらい、男らしいものに。
もともと、顔の形は悪くなかった。オドオドしているから減点だっただけで。
「やめて。愛梨を傷つけるくらいなら、僕がやるから」
それで分かった。優馬は、私が危険になりそうなら勇気を発揮できる人だって。
同時に、強い欲望が浮かび上がってきた。
私が本気で追い詰められれば、優馬は本当のヒーローになってくれるんじゃないかって。
だから、チート能力の使い所を決めた。これまで、全然役に立ってこなかった力の。
優馬に試練を与えるため。それだけのために使うって。
きっと、素晴らしい英雄譚の始まりになるだろう。そんな予感がしていた。
私は与えられたチート能力を活かして、現代にダンジョンを生み出すことに決めた。
物語でよくある、怪物を倒す英雄の戦場として。
どんな形のダンジョンにするか、難易度をどうするか。それらを考えている間に、私達は高校生になっていた。
何度もチェックして、計画が完成したと考えて実行に移す。
日本のあちこちに、ダンジョンと現実をつなぐ門を作る。
そして、ダンジョンの中に入った人間を、一部は犠牲にして、一部は生き残らせて。
私が想定していた通り、ただダンジョンが出現しただけでは、優馬は動かなかった。
当たり前だよね。大切な人が傷つかない限り、勇気を出したりはしない人だから。
だから、優馬が活躍できる機会を用意してあげる。
私にとっての最高のヒーローが生まれる舞台をね。
優馬が私に好意を持ってくれていることは知っている。だから、話は簡単。
ダンジョンから生まれたモンスターを、私達が過ごす世界に連れてくる。
そして、優馬と一緒にいるときに、私が襲われる。それだけでいいと考えた。
何日間かの間、計画に問題がないかを考えて、ちょうど良いタイミングを待った。
私達にとっての運命の日。私はいつも通りに優馬を迎えに行く。
ちょっと気合を入れた格好をしてみたりなんかして。
ドアの前に立って、チャイムを鳴らす。いつものように、優馬はすぐに出てくる。
私の顔を見ても、いつも通りの反応だった。少しだけ、ほんの少しだけ腹が立ったけれど。
でも、優馬がどんな人かはよく知っていたから、当たり前だとも納得した。
「優馬君。迎えに来たよ」
そう言うと、普段通りに嬉しそうな顔をする。陰気そうな印象の、目が隠れる髪からもハッキリと分かるくらいに。
おしゃれをしても気が付かない間抜けっぷりは、表情だけで許せてしまった。
結局は、私だって優馬が大好きなんだ。何度か巻き込むことをためらうくらいには。
計画だって、やめようか迷った瞬間はある。それでも、私は欲望を抑えきれなかった。
ずっと諦めていた、本物のヒーローが見たいという欲求に逆らえなかった。
優馬、ごめんね。あなたはこれから、たくさん苦しむことになる。
それでも、私と結ばれた先で、絶対に幸せにしてあげるからね。
優馬の好みも、嫌いなものも、私が大好きだってことも、何もかも知ってるから。
だから、私より優馬を幸せにできる人なんて、きっと居ないはずだから。
通学路では、本題が始まる前の第一歩として、ダンジョンの話題を振ってみる。
「そういえば優馬君。ダンジョンの映像は見た? 臆病な優馬君には、ちょっと刺激的だった?」
優馬が臆病なのは知っている。それでも、本当の勇気を持っている人だってことも。
図星を突かれたような顔をして、ちょっと傷ついたような雰囲気も出して。
なんというか、可愛らしいよね。癖になった皮肉っぽい言葉がやめられないくらい、反応が面白い。
私が傷つけられそうになったら、きっと誰よりも素敵な顔をする。
そんな優馬でも、普段はただのヘタレなんだって。
優馬の本当の顔は、私だけが知っていることだ。最高のヒーローになれる人だってことも。
「少しだけね。自分からダンジョンに入っていく人の気持ちは分からないよ」
実際、私も同感ではある。危ない所に好奇心で突っ込んでいくなんて、幼児だけで十分だ。
それでも、優馬にはダンジョンに潜って行ってもらうつもりなんだけど。
危険な場所を恐れて、それでも勇気を振り絞って行動する姿が見たいから。
悪い女だよね、私は。こんな幼馴染で、ごめんね。ただの可愛い女の子のほうが、きっと良かったよね。
「私だって、優馬君にダンジョンに入ってほしいとは思わないよ。すぐ死んじゃいそうだからね」
「僕は弱いのは確かなんだけど、縁起が悪いことを言わないでほしいな、愛梨」
「ごめんごめん。優馬君が心配なのは本当だよ。大切な幼馴染だからね」
私達はお互いに、相手をただの幼馴染だなんて思ってはいない。
だから、優馬が死ぬなんてことは絶対に許さない。どんな手を使っても、優馬の命だけは助ける。
もしチート能力でも助けられなかったら、私は死ぬ。
私に与えられたチート能力は、願望を形にする力。
それで優馬をヒーローに変えればいいなんて言う人もいるかも知れない。
でも、違う。私は優馬には優馬のままで居てほしい。
ただ私の望みを叶えるだけの人形になんてなってほしくない。だから、試練という形なんだ。
「ありがとう。でも、僕はダンジョンに入ったりしないから。安心してほしいな」
それじゃダメだから、ちょっとした計画を用意したんだよ。
私のために、かっこいい姿を見せてほしいな。
「そうだね。あ、今日もお弁当作ってきたよ。お昼は一緒に食べよ」
事件を起こすまでは、いつも通りに優馬と過ごす。
私だって、優馬との日常は大切に思っているんだからね。
それから登校して。優馬はまたいじめられていた。
主犯は
「お前は相変わらず気持ちわりいな。さっさと退学しろよ」
なんて言っていて。金髪も相まって、チンピラにしか見えない。
私に好意を持っているのは知っているが、何があっても刀也と結ばれることなんて無いだろうな。
本気でくだらないガラクタだとしか思えない。さっさと退学するべきなのは、刀也の方だ。
「僕は退学なんてしないよ」
「ちっ、覚えておけよ。女の前だからって調子に乗りやがって」
私が見ているから、あるいは教師の目には入るから、手を出さない。
正直に言って、どこまでもバカバカしいやつ。所詮は小悪党だ。
優馬は言われるがままで、ヘタレにしか見えない。
でも、その顔だけでも刀也よりは遥かに魅力的なんだから。
それからは、いつも通りに学業を終えて、放課後に帰路につく。
これもいつも通りに、優馬と一緒に帰っていく。
私はとても緊張していた。これからが本番なんだって。
優馬が本当のヒーローになる、その始まりが目の前にあるって。
そして、待ちわびた瞬間が訪れることになる。
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