第8話 山﨑梨沙の恋愛マスター 1

 並木先生から諭吉を1枚いただき、軽食を済ませてから次の集合場所へ向かう。


 今度は『恋愛マスター』という謎の依頼をお願いした依頼人と会う手筈となっている。


「さて、『恋愛マスター』なる訳の分からない依頼をした人はどこの誰だろうか」


 そんなことを思いつつ、スマホを触りながら集合場所で待っていると、「えっ!草薙くん!?」という驚いた声が聞こえてくる。


 聞き覚えのある声に違和感を感じつつ顔を上げると、そこには俺のクラスメイトである山﨑梨沙がいた。


「も、もしかして、私と同じクラスの草薙くんが恋愛マスターを引き受けてくれた草薙くんなの!?」


 その言葉で理解する。


(今度はクラスメイトの山﨑さんかよ。これで3大美女全員と関わることになるぞ……)


 山﨑梨沙やまさきりさ


 赤い髪を腰まで伸ばし、ツーサイドアップに髪を結んでいる笑顔の可愛い美少女。


 髪を黒いリボンで結んでいる点がチャームポイントらしく、クラスの人気者で教師からの受けも良い。


 しかも成績優秀でお嬢様らしい。


 ちなみに、根暗な俺に話しかけてくる唯一の女子で、最近はボディータッチまでしてくる。


「え、えーっと……草薙くん?」


 俺が固まってしまったことで不安になった山﨑さんが、上目遣いで問いかける。


 その姿にドキッとしつつも、俺は挨拶を行う。


「こほんっ、本日はレンタルサービスのご依頼、ありがとうございます」


「や、やっぱり草薙くんなんだ……ど、どうすれば……」


(うん、俺もどうすればって言いたい)


「そ、それで、今日は恋愛マスター?という依頼と聞いておりますが……」


「ちょ、ちょっと待って!」


 右手で待てのジェスチャーをしながら俺の言葉を遮る。


「お、おう……」


 その迫力に押され、少し待つ。


 すると、後ろを向いて何かをぶつぶつ言い始める。


「ど、どーしょ。草薙くんを堕とすアドバイスを貰うために恋愛マスターという依頼をしたのに、堕としたい男の子が来るなんて……」


 よく聞こえないが「うーん」だの「どーすれば」だの悩んでる声が聞こえてくる。


 すると、ふとおかしな点に気がつく。


(待て。なんで山﨑さんは俺のことをクラスメイトの草薙だと分かったんだ?)


 山﨑さんの登場で気づかなかったが、普通なら長谷川さんと同じようにクラスメイトの草薙だとは気づかない。


 だって今の俺は学校の俺とは違う格好をしており、目元まで伸ばしている前髪をオールバックにしているから。


(こ、この事はすぐにでも聞かないと!今日だけ上手く変装できてないのか?)


 そんなことを思ってしまう。


 しばらく心の中で原因を考えていると「そうだよ!これはチャンスだよ!」という一際大きな声が響き渡る。


 周囲にいた人たちが注目するレベルで。


「草薙くん!私は草薙くんに恋愛マスターを依頼しました!」


「そ、そうですね。それについて詳しく知りたいんですが……」


「それを説明するために、今から近くの公園に行くよ!」


 とのことで、俺たちは近くの公園に足を運ぶこととなる。


 その道中、俺はずっと考えていたことを山﨑さんに聞く。


「ねぇ、山﨑さん。なんで今の俺がクラスメイトの草薙だと分かったの?」


「うーん、確かにいつもと髪型は違うけど、私は草薙くんだってすぐに分かったよ?というより、普通気づくと思うよ?」


「そんなことないよ。今まで何度も知り合いに会ったことあるけど、気づかれたのは山﨑さんが初めてだから」


「そ、そうなんだ。く、草薙くんの初めてを私が……」


 なぜかそこで照れる山﨑さん。


「だからなんで気づいたのかが気になって。なんで分かったの?」


「なんでと言われても説明はできないけど、毎日草薙くんの顔を見てるからかな?」


「た、確かに、山﨑さんとは毎日教室で話してるから変装がバレても仕方ないか」


 普通に接する機会が多すぎてバレたようだ。


「あ、ここの公園に寄るよ!」


 バレたことにショックを受けていると、目的地である公園に到着する。


 そこでベンチに座るように言われた俺は山﨑さんの隣に腰掛ける。


「さて、草薙くん。私は草薙くんに恋の必勝法を教えてもらおうと思ってます」


「恋の必勝法?」


「うん。私には好きな人がいるんだけど、その人が全然振り向いてくれないんだ。だからその人を堕とすための必勝法を教えてもらうために依頼したんだよ」


「なるほど、だから恋愛マスターか……って、好きな人がいるの!?」


「お!食いついたね!」


 嬉しそうに山﨑さんが言う。


「だ、だって今までたくさんの男子に告白されても断ってきたから、恋愛に興味がないのかと……」


 俺は山﨑さんに告白してないが、数多の男が山﨑さんに振られたことは耳にしている。


 その中にはサッカー部のエースやバスケ部のエースなど、様々な男が告白したらしい。


「恋愛に興味がないから断ってたわけじゃないよ。私、好きな人がいるから断ってたんだ」


 3大美女の1人である山﨑さんに好きな人がいるという噂が広まったら、校内は大変なことになりそうだ。


「ちなみに私は好きな男の子と結ばれるために、その男の子には話しかけたりボディータッチまでしてるんだ。本人は全く気づいてないみたいだけど」


 なぜか俺のことをジトーっとした目で見ながら山﨑さんが言う。


「へぇ、鈍い男もいるもんだな」


「うん、分かってた。これくらいで気づいてたら、レンタルサービスなんて利用してないよね」


「はぁ」とため息をつく山﨑さん。


 しかし、落ち込んだ様子は一瞬でなくなる。


「ねぇ、草薙くん!私に好きな人がいるって知ってどう思った!?」


「そうだな。山﨑さんは可愛くて優しい女の子だから好かれた男は幸せ者だなぁって思ったよ」


「ほんと!?」


「あぁ。だから、全力で山﨑さんの恋を応援しようと思った」


「うぅ……なんでそうなるの……」


 嬉しそうな顔から一転、山﨑さんが突然落ち込む。


(学校では人の目を気にしてあまり話せないけど、山﨑さんって表情がコロコロ変わって面白いな)


 そんなことを思っていると、突然山﨑さんが立ち上がる。


 そして俺の方を向き、ビシッと指を指す。


「草薙くん!私は好きな人を堕とすために草薙くんに恋愛マスターを依頼したんだよ!だから草薙くんには男の子の堕とし方を教えてもらうよ!」


「任せろと胸を張っていえるわけじゃないが、山﨑さんの恋が実るように全力で手伝おう。お金も発生するからな」


 お金をもらう以上、中途半端なことはできない。


「うんうん!なら私に恋の必勝法を教えてね!恋愛マスター!」


 満面の笑みで山﨑さんがそう言った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る