第6話 並木彩の愛人兼ヒモ役 1

 長谷川さんにレンタルされた翌日の日曜日。


 今日は午前中に『愛人兼ヒモ役』という謎の依頼を受け、午後からは『恋愛マスター』という謎の依頼を引き受けている。


 まずは『愛人兼ヒモ役』の依頼を行うため、集合場所で待っていると、スマホが鳴る。


「ごめんなさい、少し仕事が長引いてしまって。もうすぐ待ち合わせ場所に着くから探してもらえるかしら。スーツを着てるからすぐに分かると思うわ」


 とのことで辺りを見回す。


 すると、スマホを耳に当てたスーツ姿の美女が目に入る。


(って、並木先生やん!)


 その姿を見て俺は驚く。


 並木彩なみきあや


 俺の学校で社会科講師として勤めている先生で、俺のクラスの副担任。

 

 黒い髪を腰のあたりまで伸ばした綺麗な髪と、スーツの上からでも大きさを主張している巨乳が特徴的だ。


 そして、その容姿と仕事のできる美女ということで、生徒から絶大な人気がある。


 そのため、先生なのに校内の3大美女に含まれている。


「あれ?草薙くん?どこにいますか?」


 俺がまさかの登場人物に固まっていると、本気で俺のことを探している声が電話越しに聞こえてきたため、深呼吸をして並木先生に話しかける。


「お仕事お疲れ様です。そして、本日はレンタルサービスのご依頼、ありがとうございます」


「あ、あなたが草薙くんなのね。無事会うことができて良かったわ」


 ホッとした顔で並木先生が挨拶をする。


「初めまして。私は並木彩よ。教師をしてるわ。よろしくね」


「俺は草薙優です。今回、愛人兼ヒモ役とのことを聞いておりますが間違いはないでしょうか?」


「えぇ。間違ってないわ」


「……そうですか」


 正直、間違いですと言ってほしかった。


「ふふっ、愛人兼ヒモ役と言われて困ってるわね」


 そんな俺を見透かしたかのように笑う並木先生。


「はい。まず並木さんのような方がレンタルを利用することに驚いてますし、愛人兼ヒモ役という理解不能な要望にも驚いてます」


「そうね。その辺りは移動しながら説明するわ」


 とのことで、移動する俺たち。


「今、向かってるのは私のアパートよ」


(またこのパターンかよ)


 出会って間もない男を自宅に招く人に2日続けて出会う。


 しかも、今回はおそらく一人暮らしをしている並木先生の自宅。


 もうちょっと危機感というものを持ってほしい。


「実はこれから私の母が家を訪ねてくるの。その時、どうしても私には男がいることを証明しなければならないのよ」


「な、なるほど……なぜ愛人兼ヒモ役なんですか?」


 彼氏のフリなら何となく理由に想像はつくが、愛人となると全く分からない。


 それに加えてヒモ役まで必要らしいので理解不能だ。


「そ、それは……言えないわ」


「わ、分かりました」


 教えてもらわないと柔軟な対応ができないのだが、どうにも言いづらそうなので、深くは追求しない。


「えっと、それで具体的になにをすればいいですか?」


「これから母が訪ねてくるのだけど、私とは真剣ではなく遊びのような関係だと装ってもらえればいいわ」


(おい、これに関しては運営の人選ミスだろ!)


 今回の依頼なら、チャラそうな男か30代くらいの男の方が良いと思う。


「仮に上手く振舞ったとしても、俺が相手なので遊んでるようには見えないと思いますよ?」


「あら、そうかしら?身なりはしっかりしてカッコいいから問題ないと思うわ。それに、あまり変な男だと逆にバレるわ」


「並木さんがいいのなら……」


 確かに並木先生のようにしっかりした女性となると、チャラくない男のほうが現実味が出るかもしれない。


「ちなみに学生ということは聞いていたから、ヒモということにもしているわ。私が彼を養ってるとね」


「だからヒモ役も要望にあったんですね」


「えぇ。とにかく、私に養わせたいと思わせるようなヒモらしい振る舞いをして、たまにドキッとするような素振りをしてくれたら問題ないわ」


(問題しかないと思う。てか愛人兼ヒモ役ってただのクズ男なんですが)


 今の話を聞いてクズ男をお願いされたことを理解する。


 しかも難易度が高い。


(まぁ、仕事だからやるけど……ヒモらしい振る舞いってなんだよ)


 そんなことを思う。


「着いたわ。ここが私のアパートよ」


 並木先生と会話をしていたら、いつの間にか先生の家に到着したようだ。


「散らかってるけど適当に座ってちょうだい。コーヒーでいいかしら?」


「あ、はい。お願いします」


 生活感の塊のような部屋に案内され、そこら辺に置かれているクッションに座る。


 一応、出会って間もない男を連れ込んだにも関わらず、俺のことなど気にする様子なくキッチンでコーヒーを入れる並木先生。


「それと言い忘れていたのだけど、私と草薙くんは私のアパートで同棲してることになってるから」


「同棲ですか……同棲っ!?」


「えぇ。『一人暮らしをしていたから私が家に呼んだ』ということにしてるわ。ヒモに相応しいと思わないかしら?」


 なぜか得意気な先生。


 伝え終えたことにとやかく言う必要はないが、まさか同棲していることになってるとは。


「それで、私は草薙くんのことを下の名前で呼びたいのだけど、ゆーくんと呼んでいいかしら?」


「あ、はい。構いませんよ。なら俺は彩さんと呼びましょうか?」


「えぇ。それでお願いするわ」


 今回は昨日と違い事前に話し合うことができたため、ここまでは100点満点だと思う。


 すると、タイミングよく“ピンポーン”とチャイムが鳴る。


「ちょうど来る予定の時間になったから多分お母さんよ。というわけで、私の愛人兼ヒモ役をよろしくね。ゆーくん」


「わ、分かりました」


 こうして、俺は彩さんの愛人兼ヒモ役をすることとなった。

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