第4話 長谷川美羽の彼氏役 2
「じゃあ、草薙さんのことを名前で呼んでみて?」
「え、えーっと………」
妹さんの問いかけに長谷川さんが固まる。
そして数秒の沈黙後に口を開く。
「く、草薙……乃剣さん?」
(誰だよ、草薙乃剣さんって!せめて、まともな名前を言えや!)
本名など何でもよかったため、長谷川さんが名乗った名前を本名にしようとしたが、「乃剣です」とは名乗りたくない。
「乃剣さん?」
「わーっ!全く、美羽は照れ屋なんだからっ!」
「み、美羽!?」
俺が長谷川さんの名前を呼んだことで長谷川さんが驚いているが、とりあえず無視する。
「いつもは優って呼んでるけど結衣ちゃんの前で恥ずかしかったのかな?」
長谷川さんのミスを全力で取り返すため、有無を言わせぬ迫力で長谷川さんに言う。
もともと本名を名乗る予定はなかったので、本名に近い優と呼んでもらうことにする。
「あ、あぁ。結衣の前で、ゆ、優って名前を呼ぶのが恥ずかしかったんだ」
「そ、そうなんだね」
俺の鬼気迫る迫力に何かを感じ、結衣ちゃんはそれ以上追求してこない。
この空気を逃すわけにはいかないので、俺は話題転換を図る。
「自己紹介も終わったことだし、移動しようか。結衣ちゃんが行きたいところに行くって聞いてるけど、どこに行くの?」
「もちろん!我が家です!」
「「我が家!?」」
ということで、なぜか長谷川さんの家に行くこととなった。
「お、お邪魔します」
集合場所から10分ほど歩き、恐る恐る長谷川さんの家に入る。
ちなみに、移動時は周囲の人からたくさんの視線を感じた。
誘拐では無いことを心の中で訴えておく。
「遠慮しなくていいぞ」
「うんうん!ウチは飲み物を準備してくるから、先にリビングに案内してて!お母さんは仕事でいないから!」
そう言って玄関から消えた結衣ちゃんを見送る。
そして長谷川さんに一言物申す。
「おいっ!見知らぬ男……なんなら、今日会って1時間も経たない男を家に連れ込むのはマズイと思うぞ!」
「うぐっ」
ぐう根も出ない長谷川さん。
「で、でも、妹には半年付き合ってる彼氏って言ったし、アタシのことを常に想ってくれる優しい人って言ったから……。そ、それに毎日アタシに愛を囁くくらいアタシのことが大好きな彼氏って妹に言ってしまって……」
「どこのイケメンだよ!」
俺の知らないところで偽彼氏のハードルを上げていた。
「す、すまん!妹には後日、別れたって伝えるから!今日だけ!今日だけは妹の言う通りにしてくれ!」
なぜ妹に彼氏がいると見栄を張ったのかは理解できないが、ただならぬ事情があるのだろう。
真剣な表情でお願いしてくる。
「はぁ、分かったよ。これも仕事だと思って割り切るから。ただし、2度と出会って間もない男を家に連れてくるなよ。ましてや両親のいない日に」
「うっ、その通りだな」
俺の忠告を聞いて十分反省した長谷川さん。
そのタイミングを見計らったかのように「準備できたよー!」との声がリビングから聞こえる。
「とりあえず、長谷川さんのことを常に想っている優しい男を演じてみるよ。結衣ちゃんに見栄を張らないといけない理由があるようだからね」
「………怒らないのか?」
「ん?これくらいで怒るわけないだろ」
「そ、そうか。正直、途中で投げ出されることも覚悟してたんだが……ありがとう」
長谷川さんが嬉しそうな笑顔で感謝を伝える。
その笑顔は校内で3大美女と言われるのも納得できるほど、魅力的な笑顔だった。
「草薙さん!お姉ちゃんと放課後デートしてるって聞いてます!どこに行ってるのですか!?お姉ちゃんが教えてくれなくて!」
「放課後だから時間が限られる。だから、大抵は喫茶店や公園で話すことが多いかな。でも、俺は美羽が隣にいるだけで幸せだから、それだけで十分なんだ」
「毎晩、電話してるって聞いてます!どんなことを話してるんですか!?これもお姉ちゃんが教えてくれなくて!」
「特別なことは話してないよ。今日あった出来事や面白かったテレビの話、あとは美羽に愛を囁く程度かな」
「お姉ちゃん、お姉ちゃん!草薙さん、めっちゃお姉ちゃんのこと好きだよ!」
「そ、そうだな」
顔が若干赤い気がするが、黙ってくれた方がありがたい。
「よかったぁ、お姉ちゃんに優しい彼氏がいて」
そう言う結衣ちゃんには聞こえない声量で「本当の彼氏じゃないけどな」と呟く長谷川さん。
すると、結衣ちゃんが“パンっ!”と手を叩く。
「よし!せっかく3人いるからゲームしよ!」
とのことで、その後は外が暗くなるまでボードゲームやテレビゲームを楽しんだ。
「今日はありがと。アタシのお願いを叶えてくれて」
レンタルの時間が終了し、俺たちは近くの駅まで歩く。
結衣ちゃんは「せっかくだから草薙さんを駅まで送ってね!」と言って家で留守番している。
「気にするな。俺は金を貰えればなんだってする。だから感謝なんかしなくていいぞ」
俺は感謝する長谷川さんへ、感謝なんか要らないことを伝える。
すると、長谷川さんの足が止まる。
「金のため……か」
「ん?」
そんな長谷川さんの返答が気になり、俺も足を止める。
「アタシ、今日は結構楽しかったんだ。彼氏っていいなっとも思った」
そう言いながら長谷川さんは財布から諭吉を2枚取り出す。
「優は金のために無理して笑顔を作ってたかもしれないが、アタシは本心から楽しかった。ほんの少しだけでいいから、優も楽しかったと思ってくれたらアタシは嬉しいな」
そして俺に諭吉を2枚差し出す。
「もうお願いすることはないから。さすがに毎回諭吉が無くなるのは痛すぎる」
長谷川さんは俺に諭吉2枚と、仲介料としてレンタル彼氏派遣会社にもお金を払っている。
学生である長谷川さんには痛い出費だろう。
「何度も言うが今日はありがとう。また何処かで会った時は声かけるから。じゃあな」
長谷川さんが手を振って俺と別れる。
俺はその姿を見た後、手渡された2枚の諭吉を見る。
「俺も楽しかったよ。これでお金をもらっていいのか分からないくらいに」
俺は1人そう呟き、家を目指して歩いた。
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