第2話 レンタル彼氏

「ふぅ、今日のバイトも疲れたなぁ」


 7月ということで蒸し暑い中、長い前髪で目を覆った俺は夜道をふらふらしながら歩く。


 近所の高校に通う俺、『草薙優斗くさなぎゆうと』は、毎日のように学校終わりにバイトをしている。


「お父さんとお母さんがいなくなって貯金も心許ない。妹のモモに何不自由ない生活をしてもらうためには俺が稼がないと」


 疲れ切った身体に鞭を入れ、帰路につく。


「ただいまー」


「おかえりー!お兄ちゃんっ!」


 玄関を開けて帰ったことを知らせると、血の繋がった妹の『草薙くさなぎモモ』が玄関まで来てくれる。


「今日もお疲れ様!ご飯できてるから先に食べるー?」


「あぁ、先に食べるよ。いつもありがと」


「ううん!お兄ちゃんの方が疲れることをしてるんだから気にしなくていいよ!」


 妹は中学生だが、夜遅くまでバイトをしても俺が帰ってくるまで寝ずに待ってくれる。


 ピンク色の髪をツインテールに結んだ可愛い妹は、今ではたった1人の家族。


 そんな妹を俺は大切にしている。


 再び「ありがとう、モモ」と感謝を伝え、靴を脱いだあと、リビングまで移動して妹の手料理を食べる。


 すると、モモが俺の前の椅子に座り…


「今日はお兄ちゃんに大事な話があるの」


 真剣な表情で口を開く。


「お兄ちゃんは今高校2年生で進路のことを考える時期。本当にお兄ちゃんは大学に行かないの?」


「あぁ、行かない。高校を卒業したら就職してお金を稼ぐ。モモが何不自由なく生活できるように」


 俺は常々そのようにモモへ言ってきた。


 それに対してモモは毎回良い反応をしてくれなかった。


「なるほど、お兄ちゃんの意思が固いことはよく分かったよ」


 そう言ってモモが一拍置く。


「なら私も大学には行かない!お兄ちゃんと同じように高校を卒業したら働くよ!」


「な、なんだと!?」


 前から反対されていたが、まさか強行手段に出るとは思わなかった。


「いつまでもお兄ちゃんにおんぶに抱っこというわけにはいかないんだよ!」


「お前はまだ子供だからそれでいいんだ。何の問題もない」


「その理屈で言ったらお兄ちゃんも子供だよ!」


「………」


(困った。俺の妹が賢すぎる)


 とりあえず俺は空気を変えるために「こほんっ!」と咳払いを行う。


「いいか、モモ。お前がちゃんと大学に行って社会人になるまでのお金は俺が稼ぐ。だから心配しなくていいんだぞ」


 俺は諭すようにモモに言う。


「お、お兄ちゃんのわからず屋ーっ!」


「わからず屋!?」


 まさか怒鳴られるとは思わなかったので聞き返す。


「私は私のことを心配してるんじゃなくて、お兄ちゃんのことを心配してるんだよ!毎日毎日夜遅くまでバイトしてるお兄ちゃんを!」


「安心しろ。体調に問題は……」


「違うよ!私はお兄ちゃんの将来を心配してるの!学校では友達もいないって聞いてるし、彼女さんもいない!」


「俺はモモが元気でいてくれたらそれでいいんだよ」


 本心で想っていることをモモに伝える。


 だがモモは納得せず、真剣な表情で話し始める。


「私は違うよ。お兄ちゃんも幸せになってくれないとダメだよ。2人だけの家族なんだから、2人とも幸せじゃないとダメなんだよ。どちらか片方だけが頑張るなんてダメだよ」


「………そうだな」


(それはズルい。そんなこと言われたら、これ以上抵抗できなくなる)


「お兄ちゃんが私のために頑張ってくれてるのは理解してるから。でも、これからは自分の幸せのために時間を使っていいからね」


 そう言ってモモが席を立つ。


「ったく。中学2年生のくせに。妹にここまで言われたら大学に進学しないとダメだよな」


 そんなことを思いつつ、俺は晩ご飯を食べた。




「しかし、どうしたものか……」


 食事を終え風呂を済ませた俺は、自分のベットに転がり考え込む。


「金が足りない」


 俺が大学に進学するとなると金が足りない。


 うちの特殊な家庭事情では奨学金も当てにはできないからだ。


 元々不仲だった両親が俺とモモ、それに最低限生活できる金とこの家を残して行方をくらましたのが数年前。


 周りの大人たちは俺たちを助けようとしなかったため、俺はモモと2人きりの家族となった。


(まぁ、両親に会える機会ができても俺とモモは会う気なんてないんだけどな)


 両親が消えたのは数年前ということで、モモが小さかったこともあり、2人きりの家族となる選択をしたのは俺だ。


 だから俺は選択した責任を持たなければならない。


「とにかく今は金だ。金が急ピッチで必要だ」


 俺は現在高校2年生。


 月日は7月なので、大学進学まで1年半しかない。


 さっそく求人サイトを閲覧し、高収入のバイトを探す。


 すると、1つの求人に目が止まる。


『レンタル彼氏派遣会社!ビビるくらい……いや、ビビり上がるくらいの高収入!楽しくてやりがいのある仕事と絶賛の声続出中!始めるなら―――今でしょ!』


 それは果てしなく胡散臭い求人だった。


(ビビり上がるくらいの高収入って文章おかしいだろ。確かに高収入だけど)


 詳しく見てみると、『〜時間〜円』と言った形でレンタル彼氏を提供する会社らしい。


 胡散臭いとは思うが、そんなことを言ってる場合ではないので、とりあえず連絡してみる。


 求人のところには学生可と書いてあったので俺でも問題なさそうだ。


 すると驚くほどあっさり面接日時が決まった。




 そして面接当日。


 気合を入れるため、髪をオールバックにセットして臨むと、一言も喋らずに採用が決まる。


 何でも顔が満点らしい。


 そして、面接官を勤めていた男性から仕事をするためのマニュアルを簡単に説明され、さっそく次の土曜日に1件、日曜日に2件、仕事をすることとなった。


「せっかく面接の練習をしたのに時間の無駄だったなぁ」


 そんなことを呟きつつ、面接官から告げられた仕事を復唱する。


「それで土日に俺が担当する相手の要望が『偽の彼氏役』と『愛人兼ヒモ役』、そして『恋愛マスター』って……俺に何を求めてるんだ?この人たちは」


そんなことを思う。


(まぁ、いいや。仕事の内容は分からないが、しっかりと稼がせてもらおう)


 俺は気分良く家に帰った。


 その3人が、俺の通う学校で3大美女と呼ばれる女性たちとは思いもせずに。

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