　バンドのメンバーは、お母さん以外は皆（みな）、パンク・ロックというのか派手（はで）な服装（ふくそう）で。ちょっと十代（じゅうだい）には見（み）えないような、毛羽（けば）毛羽（けば）しいメイクで超絶（ちょうぜつ）ギターソロをプレイしている。黒髪のお母さんが作（つく）った曲（きょく）は、かなり激（はげ）しくアレンジされていて、プロ仕様（しよう）としか言（い）いようがないレベルになっていた。

　他校（たこう）からのバンドメンバー（高校生（こうこうせい）なのだろうか？）は、演奏（えんそう）能力（のうりょく）が高（たか）すぎて、高校の文化祭レベルを遥（はる）かに超（こ）えている。生徒の出（だ）し物（もの）として、これはどうなのかと私は思うけれど、きっと学園長の娘さんが手（て）を回（まわ）して出演（しゅつえん）許可（きょか）が下（お）りたのだろう。

　しかし最（もっと）も優（すぐ）れていたのは、バンドの中（なか）で一人（ひとり）だけ学校の制服（せいふく）姿（すがた）である、髪を染めたお母さんの歌唱（かしょう）であった。卓越（たくえつ）、という表現（ひょうげん）が浮（う）かぶ。バンドの演奏が、彼女の声（こえ）の前（まえ）では霞（かす）んでしまうのだ。並（なら）び立（た）つ者（もの）のない、女王（じょおう）の威厳（いげん）がステージ上（じょう）にはあった。一曲目（いっきょくめ）が終（お）わって、会（かい）場（じょう）は大（だい）喝采（かっさい）だ。

「素敵（すてき）ですわ、お姉さま」

　校庭（こうてい）に設営（せつえい）されたステージを見上（みあ）げながら、学園長の娘さんが言（い）った。椅子（いす）は用意（ようい）されてなくて、観客（ギャラリー）は皆（みな）が立（た）ち見（み）である。学園長の娘さんと黒髪のお母さん、そしてクラスメートは一（いっ）箇（か）所（しょ）に集（あつ）まって、中央（ちゅうおう）でステージを観（み）ている。

「彼女……こんなに歌（うた）が凄（すご）かったの？」

「いや、カラオケで聴（き）いたことはあったけど、ここまでじゃなかったよ。才能（さいのう）が開花（かいか）してるわ……」

　黒髪のお母さんとクラスメートは呆然（ぼうぜん）としていた。誰（だれ）もが分（わ）かる。これほどの才能（さいのう）は周囲（しゅうい）が放（ほう）っておかない。髪を染めたお母さんは歌手（かしゅ）としてメジャーデビューを果（は）たすだろう。髪を染めたお母さんは、あっという間（ま）に大人（おとな）の世界（せかい）へプロとして羽（は）ばたいて、私たちを置（お）き去（ざ）りにするのだ……黒髪のお母さんたちの心（こころ）には、そんな考（かんが）えが浮（う）かんだようだった。

　二曲目（にきょくめ）が始（はじ）まった。バラードの要素（ようそ）もあって、それでいて今風（いまふう）のテンポが速（はや）い曲調（きょくちょう）だ。そして曲（きょく）は中盤（ちゅうばん）の間奏（かんそう）部分（ぶぶん）に差（さ）し掛（か）かる。髪を染めたお母さんは一息（ひといき）ついて──客席（きゃくせき）にいる、黒髪のお母さんへと手（て）を振（ふ）ってマイクで呼（よ）びかけた。

「おーい、最愛（さいあい）の人（ひと）ぉ！　素敵（すてき）な曲（きょく）を作（つく）ってくれてありがとう！　そんな貴女に言（い）いたいことがあるから聞（き）いて！」

　髪を染めたお母さんは、学校の勉強（べんきょう）をしていないから視力（しりょく）が良（よ）い。中央（ちゅうおう）にいた黒髪のお母さんを見（み）つけて、良（よ）く通（とお）る声（こえ）をかけている。『何（なん）だ何（なん）だ？』と観客（ギャラリー）の視線（しせん）が向（む）いてきて、目（め）立（だ）ちたくない黒髪のお母さんはビックリしていた。

「ネットで発表（はっぴょう）されてる、貴女の曲（きょく）を聴（き）いてさ。すぐに分（わ）かったよ、貴女が私を愛（あい）してるって。嬉（うれ）しかった。だから私も、貴女を好（す）きになってさ。そして貴女の曲（きょく）に歌詞（かし）を付（つ）けて、歌（うた）ってみたくなった！　作詞（さくし）はスムーズにできたよ。だって曲（きょく）が、私への愛（あい）から生（う）まれたって分（わ）かってたし。それで、『私も貴女を愛（あい）してる』って気持（きも）ちを込（こ）めて歌詞（かし）にしただけ！」

「ちょっと……止（や）めてよ……」

　黒髪のお母さんが、ひたすらアタフタしている。一向（いっこう）に構（かま）わず髪を染めたお母さんは続（つづ）けた。

「そしたらさ！　自分（じぶん）で言（い）うのも何（なん）だけど、曲（きょく）も私の歌（うた）も凄（すご）いことになって！　バンドのメンバーからは『天才（てんさい）だ！』って褒（ほ）められちゃった。でも私だけの力（ちから）じゃないよ。貴女の曲（きょく）が、そして貴女の愛（あい）があったから、私の才能は花（はな）開（ひら）いたの。貴女が居（い）なかったら、私は複数（ふくすう）の彼（・）女（・）ち（・）ゃ（・）ん（・）たちの間（あいだ）をフラフラしてるだけのバカで終（お）わってたわ！　貴女が私を変（か）えてくれたの。だから今度（こんど）は、私に貴女を変（か）えさせて！」

　ギャーン、とタイミング良（よ）く、ギタリストが楽器（がっき）を掻（か）き鳴（な）らす。間奏（かんそう）部分（ぶぶん）は続（つづ）いていて、つまり髪を染めたお母さんによる、黒髪のお母さんへの告白（こくはく）はまだまだ続（つづ）くようだ。

「バンドのメンバーから言（い）われたわ！　『貴女は自分（じぶん）の才能（さいのう）から逃（に）げられない。どこまでも世（せ）間（けん）が、貴女を追（お）ってくる』って！　それは貴女も同（おな）じよ。たぶん私たちは一生（いっしょう）、世間（せけん）から、好（こう）奇（き）の目（め）から逃（のが）れられない。だったらさ、一緒（いっしょ）に打（う）って出（で）ようよ！　『好（す）きな人（ひと）を好（す）きだと宣（せん）言（げん）して、何（なに）が悪（わる）い！』って言（い）ってやるの。二人（ふたり）で世界（せかい）を変（か）えましょう！」

　髪を染めたお母さんと、黒髪のお母さんの視線（しせん）が合（あ）う。目（め）から目（め）へ、情熱（じょうねつ）のエネルギーが伝（つた）わっていくのが私には分（わ）かる。常（つね）に俯（うつむ）きがちだった、黒髪のお母さんの目（め）には、今（いま）や炎（ほのお）が灯（とも）っていた。

「そういう訳（わけ）だから、私を好（す）きでいてくれてる子猫（こねこ）ちゃんたち、ゴメンね！　私には最愛（さいあい）の人（ひと）がいるの！　お詫（わ）びと言（い）っては何（なん）だけど、これからも私を応援（おうえん）してくれれば、新（あたら）しい世界（せかい）を見（み）せてあげる。私は世界（せかい）を切（き）り開（ひら）いてみせるわ！　だから、どうか私たちを祝福（しゅくふく）して！」

　あちこちから『キャー！　お姉（ねえ）さま、素敵（すてき）ぃ！』と歓声（かんせい）が上（あ）がる。そんな中（なか）、学園長の娘さんとクラスメートが、黒髪のお母さんへ話（はな）しかけた。

「告白（こくはく）に応（こた）えてあげては、どうですか。返事（へんじ）は早（はや）い方（ほう）がいいですよ」

「そうそう、あのバカに言（い）われっ放（ぱな）しってのも腹（はら）が立（た）つでしょ。私たちが道（みち）を切（き）り開（ひら）くから、前（まえ）に行（い）きな！」

　クラスメートたちが集団（しゅうだん）で、『はいはい、道（みち）を開（あ）けてー』と強引（ごういん）に割（わ）って入（はい）っていく。頷（うなず）いて、黒髪のお母さんは前（まえ）へ進（すす）んでいった。気（き）を利（き）かせたバンドのメンバーは、まだ間奏（かんそう）を続（つづ）けている。そしてステージの前（まえ）へと辿（たど）り着（つ）いた黒髪のお母さんは、全力（ぜんりょく）で叫（さけ）んだ。