第29話 真実の暴露
「私は先日、透花様よりこちらの魔骨について相談を受けました。この魔骨が透花様の前に現れた理由を知りたいと」
私は懐に入れていた魔骨を眼前に突き出した。透花様の下に出現した、鳥の形をした魔骨を。
「当初はあまりにも情報が少なく、透花様のご依頼を解決することは不可能かのように思えました。しかし、後日再び透花様のお館を尋ねた時──私は、この子の声を聴くことができました」
「声?」
首を捻る五百旗頭伯爵に、私は頷いた。
「はい。私の神力の一つに、魔骨の声を聴くというものがあります。魔骨が死者の意志を宿しているというお話は、誰しも聞いたことがあるでしょう?」
少しだけ、私は嘘を混ぜた。
正確には、私が持つ魔骨の声を聴く力は神力ではない。けれども異能と説明するよりは、より広く知られている神力と言い換えたほうが納得することができるだろう。人は未知の力よりも、よく知る力を信じる生き物だから。
「この力によって、私は魔骨が透花様の前に現れた理由を知り、声に導かれてとある場所に行きました。その場所の名は、山城小学校。鬼辰戦争時、敵の襲撃を受けて三人が亡くなった惨劇の場で、私は……私たちは、全てを知ることとなりました」
そこで私は一度言葉を止め、魔骨に見せられた明臣様の最期を思い浮かべ……鋭く大志を睨み、彼に言った。
「明臣様を斬った時、随分と嬉しそうな顔をしていましたね。達成感に満ち溢れたような……とても人を殺した直後の顔とは思えませんでしたよ。薬師院大志様」
「出鱈目だ──ッ!!」
大志の否定の怒号が響き渡った。
「私はそんなことしていない! 隊長や他の隊員は、敵の奇襲を受けて死んだのだ! 帝国政府もそれを認めていて、これは覆しようのない事実! 嘘をつき、私を陥れようとしている奴らの策謀だッ」
勢いに任せ、大志は私と史輝を指さして捲し立てた。決して上手いとは言えないけれど、どうにか演技と勢いだけでこの場を切り抜けようとしているらしい。いや、もしかしたら、庶民である私よりも貴族である自分の意見のほうが信頼されると考えているのかもしれない。
そんな事実はないのだけれど……話を聞いていた者たちは半信半疑、どちらを信用すれば良いのかわからない、と言った様子だった。
変に大志に気が傾いても面倒。そろそろ、最後の手札を切ろうか。
駄目押しをするため、私は首から下げたネックレスに手を伸ばす──と。
「大志さん、貴方……」
「ち、違う! 待ってください、透花様ッ!」
神殿中央にいる二人を見ると、修羅場の雰囲気。
私の力や実績を知っている透花様は完全に私を信用しており、大志が自分の婚約者を殺した犯人であると断定している様子。近くにいたくない、と大志から距離を取っている。それをまずいと思ったのか、大志は必死に弁明の言葉を連ねる。
もはや、円満な結婚など不可能だ。最初からあり得なかったことではあるけれど、これで互いの親族も納得することはなくなった。
徐々に声が大きくなり、騒がしくなる神殿内。一旦静かになるのを待とうか、と動きを止めて周囲を見回していると──五百旗頭伯爵と目が合った。
喧騒が響く状況でも落ち着き、静観している彼の視線から感じられるものは、期待、それから信頼。『まだ何か、証拠を持っているのだろう?』と私に視線で問うているのが、一目で理解できる。
本当に察しの良い人だ。
苦笑し、私は向けられた期待に応えるため、首元のネックレスに触れた。
「薬師院大志様が事実を否定なさるのであれば、ご覧に入れましょう。私が持つ、もう一つの神力を……私たちが見た、悲劇の記憶を」
注目が再び私に集中する中、私は片手で握りしめた黒い骨のネックレスに祈り──神力を行使した。
途端、ざわついていた周囲が静まり返り、その場にいる全員が沈黙する。驚きに目を見開く者、頭に手を添える者、目を閉じて集中する者など、反応は様々。けれど。その全員の頭には今、全く同じ記憶が流れている。魔骨が私に見せた、真実の記憶が。明臣様の最期が。
共有。それが、私が持つ神力の名称だ。自分が見聞きした声や記憶を他者と共有することができるという、数多ある神力の中でも前例のない能力。この力を使うことで、私はこの場の全員を味方につける。言葉だけでは信じることができなくとも、直接目の当たりにすれば、半信半疑の者たちは確実にこちらへ傾くから。
「──っ」
唐突に胸に響いた痛みと押し寄せた疲労感に、私は僅かに身体のバランスを崩した。一瞬視界が白に染まり、足元がふらつき倒れそうになる。しかし、事前にそれを察知していたのか、倒れる前に史輝が私の身体を抱き寄せて支えてくれた。
「やはり、無茶でしたね。一度に大勢と記憶を共有するなんて」
「ごめんね。ありがと」
私は史輝の身体に寄りかかりながら、誤魔化すように笑った。
共有という能力は、行使する度に私の体力を著しく奪うのである。以前、史輝と魔骨の記憶を共有した時も疲弊したが、今はそれ以上。共有する時間や人数が多くなるに比例して、疲労の度合いも大きくなるのだ。
そういう理由もあり、普段は極力使わないよう、史輝にも念を押して言いつけられているのだ。
「これが、真実か……」
やがて、記憶を見終えた五百旗頭伯爵が天井を見つめ、ポツリと呟いた。
見れば、記憶を見た者たち全員が同じように、小さな息を吐いて沈黙している。薬師院子爵や大志の顔色は最悪と言っていいほどに白く、これから自分たちに待ち受ける運命に恐怖しているようだった。
そんな彼らには一瞥もくれず、五百旗頭伯爵は私に問うた。
「今のものが、捏造されたものである可能性は?」
「あり得ません。もしも、そうであったならば……私はこの首を差し出すとしましょう」
嘘ではない。私はそれくらいの覚悟を持ってここにいる。そもそも、関わるべきではない貴族間の揉め事に自ら首を突っ込んでいるのだ。生半可な覚悟では、この場に立つどころか、来ることだってできやしない。
それに、私には記憶を捏造するような能力はないので、それ自体あり得ないことではあるが。
「……明臣さん」
透花様がその場に膝をついた。
両の瞳から大粒の涙を流し、零れ落ちたそれが、床にぶつかり弾け飛ぶ。
私が今見せた記憶は、透花様にとっては辛いものだ。最愛の人が殺された時の光景なんて、心が壊れてもおかしくない。
けど、見なくてはならない。真実を直視しなければ、先に進むことはできないのだから。今の透花様を見ているだけで胸が締め付けられる。ひと段落したら、よく耐えられましたね、と抱きしめ慰めてあげたい気持ちになった。
大粒の涙を流す実の娘に同情の目を向けていた五百旗頭伯爵は、ふと彼女から視線を外し、隣で呆然としている大志を睨んだ。
「これ以上の弁明はなさそうだが……やることは多い。犯罪の立証や、軍への報告。これから忙しくなるわけだが……その前に」
五百旗頭伯爵は刀を両手に持つ竜宮閣伯爵に目を向け、尋ねた。
「どうしたい。貴殿のご子息が命を奪われているが」
竜宮閣伯爵の言葉に、場の全員が注目した。
彼にとって、大志は息子の仇である。その手に持った明臣様の刀で首を刎ね飛ばしたとしても、誰も文句は言わないだろう。勿論、その場合は罪に問われることになるだろうが……情状酌量は見込める。
どうするのだろう。と興味深く皆が待つ中、竜宮閣伯爵は首を左右に振った。
「どうもこうもあるまい。今の華蓮は、裁量権が全て裁判所に委ねられている。法の支配に乗っ取り、それに従うまでだ」
「……そうだな。もう、昔とは違うのだった」
私も意識を改めねば。と苦笑した五百旗頭伯爵。
てっきり、この場で打ち首を見ることになると思っていた者たちは、安堵の息を吐いた──と。
「畜生──ッ! なんでこうなるんだ──ッ!!」
計画が成就直前で壊され激高したのか、大志は取り繕っていた化けの皮を自ら剥がし、本性を現して髪を掻き毟り叫ぶ。
「あと少しだったんだぞッ!! 今更何年も前のことを掘り起こしやがって──ッ!!
「因果応報でしょう。悪事を働けば、それは必ず自分に返ってくる。ただ、それだけです」
「──ッ、クソッ!!!」
感情に任せて好き放題に宣う大志に、私は至って正当な言葉を投げた。
己の野望のために、欲望のために、他者を手にかけるような真似をしたのだ。この場で即座に打ち首にされないだけ、マシというもの。
感情が粗ぶっている大志は私に正論を返されたのが気に食わなかったのか、人を殺しそうなほどに恨みの籠った目で私を睨みつけ──。
「全部お前のせいだ……お前さえ、いなければ──ッ!!」
懐から黒い銃を取り出し、その銃口を私へと向けた。
なぜ、そんなものを持っているのか。そんな疑問を抱いたのも束の間、私の意識は銃口に吸い寄せられる。
多少の距離はあるものの、十分に射程距離内。大志が引き金を引けば凶器の弾丸が射出され、私の命を一秒とかからず散らすことだろう。後に残るのは悲鳴と絶叫、そして身体から解き放たれた赤い鮮血。
ここで死ぬのか。
静まり返った空間の中、私は自分の死を予感しながら、大志が銃の引き金を引いたのを目の当たりにした──が。
「な──ッ」
引き金を引かれた後、私の命を奪う弾丸は射出されなかった。
なぜなら──いつの間にか大志の傍に移動していた史輝が、腰に差していた刀を抜き放ち、大志が持つ銃を両断していたから。ゴト、と重量を感じさせる音を響かせて床に落ちる銃の半身。何が起こったのか理解できない、と言った様子で呆然とそれを見下ろした大志の首に、史輝は刀の刀身を触れさせる。
「失礼。事前に、こういう未来が視えましたので」
「……ッ」
「無駄な足掻きはやめたほうがいい。これ以上無様な姿を晒すようなら……お前の首が胴体から離れることになるぞ」
史輝が放つ猛烈な殺気と怒気に屈し、大志は手に残っていた銃の半身を床に落とした。
助かった……。
命があったことに感謝しつつ、私は動揺が悟られないよう注意を払いながら、五百旗頭伯爵に言った。
「我々の役目はここまでです。あとは──お任せいたします」
「……あぁ。ご苦労だった」
労いの言葉に一礼を返した私は、戻ってきた史輝と共に神殿の外へ出る。
背後から、五百旗頭伯爵の婚姻の儀を取りやめる決定を告げる声が聞こえたが、私も史輝も、振り返ることはなかった。
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