第28話 魔骨探偵の乱入

 桜の木の下で全ての真実を知った後、私はまず、弥生さんに連絡を取った。透花様に最も近く、また最も信頼を得ている彼女の協力を取り付けるために。

 そのために、私は彼女に全てを話した。明臣様の死の真相や、大志が透花様と婚約を結んだ狙い、そして、悪に利用されようとしている透花様の現状を、全て。

 電話口の向こう側で、弥生さんは終始無言で私の話を聞いていた。一瞬、嘘をついていると疑われているのではないかと思ったけれど、協力してほしいと頼むと即座に快諾。さらには、透花様には知られないよう配慮しつつ、弥生さんの部下全てを協力させるとも告げて。

 微かではあるが、電話越しに聴こえる弥生さんの声には怒りがこもっていることを、私は確かに感じ取っていた。

 予想以上の協力者を得て、作戦を実行することとなった。

 詳細は非常に単純。婚姻の儀式を執り行う当日、式場に乗り込み大志の目論見や悪事、明臣様の死の真相を突き出すだけ。無論、入手した数々の証拠も共に。

 婚姻の儀を執り行っている最中の大志は、自分の夢が叶うと有頂天になっているはず。天国から地獄に落ちる絶望は罰としてはこれ以上ないものだろう。身勝手な目論見のために命を、幸福を、人生を、他者の尊厳を貶めた大志にはそれを味わってもらう。

 これ以上ない絶望を、味わってもらう。


「魔骨探偵、と言ったか」


 神殿内に一歩足を踏み入れると、突如現れた私と史輝を見ていた五百旗頭伯爵が厳かな声音で言った。表情や声からは、式を邪魔された怒りなどは一切感じられない。向けられる視線は、純粋な興味だ。


「噂には聞いている。巷で度々起きる謎多き魔骨事件を次々と解決する、切れ者であると」

「彼の五百旗頭伯爵閣下に御認知いただいているとは、身に余る光栄でございます」


 芝居がかった口調で言い、私は恭しく首を垂れる。

 次いで顔を上げ、私は五百旗頭伯爵の予想外の反応をそのまま伝えた。


「失礼ながら、かなり意外に感じております。てっきり、即座に帰れと一蹴されると思っておりました」

「二人だけならばそうしたかもしれんな」


 前置きし、五百旗頭伯は弥生さんを見た。


「だが、他でもない弥生が連れてきた者だ。最も信頼篤い従者が式を中断させることを承知で通したと言うなら、話を聞かないわけにはいかんだろう」


 弥生さんに対する信頼を口にした後、五百旗頭伯爵は『斎主、少し待て』と困惑していた斎主に命じた。

 想定以上に器が大きいだけではなく、臨機応変に動くこともできる。噂以上の人格、才覚の持ち主なのだな。と、私は柄にもなく感心してしまった。史輝が嫌う典型的な馬鹿貴族とは大違いであり、透花様の親らしいな、とも。

 予想していたトラブルもなく、自分たちの目的が果たせそうだ。

 私は早速史輝に声をかけようと彼に顔を向けたが、直後、響き渡った声に意識をそちらへと向けた。

 

「追い出すべきです!」


 そう声を上げたのは、大志だった。

 彼は恨みを持つ相手のように私を睨み、片手に握った空の盃を力強く、震えるほどに握りしめた。その瞳に宿るものは怒り、そして動揺と焦りだ。狼狽えているのが、一目でわかる。

 だが、あからさまに動揺が露見するのはまずいと思っているのだろう。怒りで無理矢理隠している様子だ。


「今は私たちにとって一生に一度の、大切な儀式の最中なのです! 例え透花様が依頼をしていたとしても、せめて儀式が終わるのを待つのが礼儀というもの。部外者に邪魔されることは、許容できない!」

「私も息子と同意見です」


 大志に同調したのは、五百旗頭伯爵の隣にいた中年の男性──大志の父である、薬師院子爵だった。彼もまた、鬱陶しそうな瞳で私を睨んでいる。子供が子供ならば、親も親。そんな言葉をそのまま言い表しているようだった。

 当然、親としては息子の大事な日を台無しにされたくないと思うものだろう。神殿内にいる人は大半は私たちに疑念の目を向けている。こんな時に何なんだと、好意的ではない視線が多く注がれた。このままでは、五百旗頭伯爵も周囲に流されてしまうかもしれない。

 だが、それでは困る。誰も話を真面目に聞いてくれないのであれば、ここに来た意味が、使用人たちに協力してもらった意味がなくなってしまうから。

 やや強引ではあるが、私は事前に用意していた言葉を、手札を切った。


「魔骨は全てを語ってくれましたよ」

「──ッ!」


 私の言葉に大志は明らかに動揺した。力が一瞬抜けたのか手にしていた盃をその場に落とし、カラン、と盃と床に衝突する音が反響した。

 心当たりがないわけがない。なぜなら、大志は今の状況を危惧して、態々私の下へ魔骨の破壊を依頼しに来たのだから。

 大志が狼狽している間に、透花様は手にしていた中身の入った盃を斎主が持っていた盆の上に戻し、私に問うた。


「音葉さん、それは……あの魔骨が私の元に現れた理由が、わかったということですか??」

「……」


 力の籠った透花様の問う声に、私は何も答えなかった。

 知りたいと思う気持ちは、十分に理解できる。けれど、それを私の口から伝えるのは適切ではない。この場にはもっと、透花様に真実を伝えるに相応しい方法があるのだから。

 今か今か、と答えを待つ透花様から目を離し、私は史輝に言った。


「史輝、それを」


 私の指示を受け、史輝は無言で両手に持っていた棒状の物──それを包んでいた黒い布を丁寧に剥ぎ取った。布の下から現れた物を見て、透花様は口元を両手で多い、大志は苦々し気に奥歯を噛み、その他の者たちは一部を除いてそれが何なのか理解できていない様子だった。

 十人十色の反応が見られる中、静寂を切り裂く最初の声を発したのは透花様だった。


「それ、は……明臣さんの……」

「はい。刀です」


 史輝が持っているのは、土の中から掘り起こした明臣様の刀だ。しっかりと土や汚れは取り除いてあるので、今は鞘が光を反射するほどの美しさとなっている。

 刀が明臣様の物であると確信した者たちは口々に、何故関係のない魔骨探偵がそれを持っているのだ、と疑問や疑念を声に出した。

 場の空気が一変したことを嬉しく思いつつ、私は五百旗頭伯爵の傍に座っていた男性に声をかけた。


「これが贋作ではないか、確認していただきたく思います──竜宮閣伯爵閣下。明臣様のお父上である貴方様ならば、鑑定ができるかと」

「……見させてもらおう」


 私の提案を受け、竜宮閣伯爵は眼鏡を着用し、史輝から刀を受け取った。それをじっくりと、隅から隅まで観察し、鞘から白刃を抜き放ち、刀身を光に当てながら頷いた。


「間違いない。これは……私が明臣に贈った刀だ」

「ご確認いただき、ありがとうございます」


 私が頭を下げると、竜宮閣伯爵は訝しげな目を向けた。


「どういうことだ? 何故、戦死した明臣の刀を君たちが持っている?」

「それは──」


 私は大志を見やり、告げた。


「そちらの薬師院大志様が、よくご存じなのではないかと」

「……何?」


 竜宮閣伯爵を始め、神殿内にいる者たちに視線が全て、大志一人に集中する。彼は今、とても平常とは言えない様子だった。呼吸は不規則に乱れ、額から溢れた汗が頬を伝っていく。不快なはずだが、それを拭う余裕もないようだ。

 当たり前と言えば、当たり前だ。この状況で冷静でいられるはずがない。大志はこれから自分が犯した罪をこの場で、多くの貴族がいるこの場で、洗いざらい暴かれることになるのだ。精神的な疲労は計り知れない。失神してもおかしくないとすら思える。

 注目が集まっても尚、大志は口を開こうとはせず、ただ黙って私を睨みつけていた。

 何も言わないのならば、仕方ない。事情を知っている私が、代わりに言ってあげよう。

 親切心を胸に、私は刀を入手した経緯を一から説明することにした。

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