第15話 報告

 姿を見せた透花様に、私と史輝は彼女のほうへと顔を向けた。

 やや慌てた様子で、屋敷内を走ってきたのか微かに呼吸が乱れている。そこまで急いでもらって申し訳ない……と思いながら、私は彼女の手元を見やった。そこには以前にも見た、魔骨が納められた箱が持たれている。


「ん……?」


 近付く透花様に違和感を覚え、私は僅かに首を捻った。

 何処か、少し疲れているようにも見える。目に見えて疲弊しているわけではないけれど、今の透花様には以前は見られなかった疲労が見られた。身体的というより、精神的な疲労が。

 もしかしたら、実家から何か気疲れするようなことでも言われたのかもしれない。貴族というのは特権を与えられている代わりに、厄介なしがらみが多いものだから。

 胸に抱いた心配。しかしそれを告げる前に、私は立ち上がって透花様に謝意を伝えた。


「透花様。本日は貴重なお時間を頂き、深く感謝申し上げます」

「いえ、お気になさらず。今日は偶々時間が空いていましたし、そもそも依頼しているのは私ですからね。申し出には応じる義務があります」


 乱れていた呼吸を整えた透花様は木箱をテーブルの端に置き、弥生さんの淹れた紅茶を飲みつつ言葉を返した。こうも謙虚に答えることができる貴族は珍しい。改めて、透花様が良識のある人で良かったと思った。

 少し雑談でも挟んでから本題に入ろうか。昨日の大志が言っていたことを参考に──不本意ではあるけれど──考えたが、その提案をする前に、透花様のほうから本題へと入る言葉が告げられた。


「それで……この魔骨について何かわかったことが? 事前に言われた通り、ここへ持ってきましたけど」

「……」


 雑談は本題が終わってから。

 そんな意思を感じた私は苦笑しつつ、透花様の問いに答えた。


「一週間ほど魔骨に関する本や論文を読み漁り、情報を集めましたが……魔骨の正体に繋がる、と言えるものを見つけることはできませんでした」

「そう、ですか……仕方ありませんね。そもそも魔骨自体、謎だらけの代物ですし」


 期待した結果を出すことができなかった私を叱責することもせず、理解を示してくださった透花様。

 数瞬の静寂を挟み。私は『ですが』と言葉の続きを口にした。


「一つだけ。重要と言えるかは不確かですが……役に立つかもしれない文献は見つけることができました」

「! それは?」


 声色を変えて瞳を輝かせた透花様からは、大きな期待が感じられる。問題を解決する一筋の光になるかもしれない。と、浮足立っているのがわかった。

 真っ直ぐに向けられる視線を受け止め、私は、喫茶店で史輝と話したことを伝えた。

 魔骨は時に奇妙な形状をしたものが見つかること。それらは何か目的を果たすために存在しており、それを達成するために最適な形状に変化しているのではないか、と考えられていること。何度も透花様の下へ戻ってくるのは、目的が果たされていないからである可能性があること。

 伝えた情報の中には憶測や推測なども多分に含まれている。どれも確実と言えるものではなく、全てが的外れである可能性も否めない。ただそれでも、例え憶測だとしても、現時点では最も参考になる手がかりに違いはない。

 それらを聞いた透花様は神妙な面持ちになり、テーブルに置かれていた木箱の中から、例の魔骨を取り出した。取りの形状をした、奇妙な魔骨を。


「つまりこの魔骨は、私に何かを伝えようとしている、と?」

「勿論、確実にそうとは言い切れません。しかし、魔骨が持ち主に危険を知らせた。言葉を贈った。そう言った逸話は多く存在します。可能性は否定できませんし……」


 一度言葉を止め、私は透花様が持つ魔骨を注視した。


「一度だけではありますが、私はこの魔骨のものと思しき声を聞いていますから」


 誰か。

 その言葉は今にも消えてしまいそうなほどか細く、力なく、それでいて、大きな意志を宿したものだった。とても気のせいだと無視することができない、強い思いが込められたもの。

 何とか、私に声を届けてくれると嬉しいのだけれど。

 そんな思いを胸に魔骨を見つめていると、不意に、透花様が私に問うた。


「声を聞いている、ですか?」

「……あぁ、言っていませんでしたね」


 既に透花様が私の力を知っている前提だった。

 その認識を改め、私は透花様に自分が持つ能力について教えた。


「私は魔骨の声を聞く能力を持っているんです。通常の人には聴くことのできない彼らの声を聞き届けることができる。だから、私は彼らが何かしらの意志を持っていることを知っているんです。伝えたいことがある、と」

「……」


 やや驚いた表情を作り、透花様は気が付いたように言った。


「もしかして、音葉様がこれまでに解決してきた魔骨事件は……」

「全てとは言いません。しかし、この力にかなり頼っていることは事実です。だからこそ、この子には苦戦を強いられているわけですが……」


 如何せん、私の力は声を聴くことができなければ何の意味もない。

 この魔骨が何を求めているのか、何を伝えようとしているのか。これまでの事件は明確な意志を聴くことが、感じることができたからこそ、解決にまで持っていくことができたのだ。それが封じられているとなると……かなり厳しい。

 今回の訪問も、中間報告よりも魔骨の声を聴くことを目的に行ったものだ。当初はもしや? と淡い期待を胸に抱いていたものの……今はそれが儚い願望に過ぎないことになりそうで、やや落胆している。透花様が合流してからずっと耳を澄ませているが、残念なことに声を聴くことは叶わなかった。

 本当に、気難しい魔骨だこと。


「……駄目、みたいですね」

「声が聴こえないということですか?」

「はい。耳を澄ませて待っていますけど、何も聴こえません」


 諦め交じりに言い、私は紅茶を啜った。

 ここで魔骨から何も得られないとなると、再び書庫に籠って情報収集をするしかない。これ以上の有益な情報は得られないと思うけれど……何とか、根気強く調べるしかないだろう。どれだけの時間がかかるかわからないけれど。

 今日の目的はこれで終わり。本来ならば帰宅し、すぐに調べものを再開したいところなのだが……頭には先ほどの、弥生さんのお願いが残っている。

 話し相手になってあげてほしいという、頼みごとが。

 実際、透花様は何か鬱憤を蓄積していそうな表情をしているのでガス抜きは必要だろう。精神的に参ってしまうような事態になる前に、出来る限りのことはしたい。

 少し愚痴でも聞くとしようか。

 カップをソーサーに戻した私は、鬱憤を溜め込んでいる様子の透花様と、他愛ない話をすることにした。

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