新章 過去に戻って計画の実行

第1話過去に戻れるとしたら

ここで話は一気に展開することになる。

まだ前置きを読んでいない読者には戻ってもらうことをおすすめする。

急に話が切り替わるがここまで付いてきてくれた読者には何と言えばいいだろうか…。


あれほど女に執着していた俺が出所後、鳴りを潜めているのには理由が存在する。

それを全て打ち明けるには時間がかかりそうだ。


刑務所で刑務作業をしていたある日の出来事だった。

「何で捕まった?」

そんな話は日常会話だった。

「俺は…をして」

「俺は…でだ」

「俺も…だ」

そんな自慢でもない話が刑務作業中は暇なためそこらで行われていた。

その度に看守に注意を受けて黙る。

それの繰り返しだった。

俺は模範的な囚人だったため刑務作業中は殆ど一人だった。

特別な場所を任されることが多い。

例えば看守部屋の掃除などが代表的だった。

模範的な囚人は当時、俺以外には存在しなかった。

一人で作業を行う日々が続いていた。

「今日から新人が入る。二人目の貴重な模範囚だ。面倒見てやれ」

看守長に紹介された目の前の老人が新人らしかった。

軽く会釈をして二人で作業を行うようになって数日が経過した頃。

老人は重たい口を開く。

「この世に…もしも…過去に残れる能力があったら…お前さんは何に使いたい?」

そんな世間話だった。

「何言ってる。そんな能力は何処にもない。もしかして元漫画家か?」

嘲笑うような返事に老人は嫌な顔を一つもしない。

むしろ元漫画家などという言葉を受けて喜んでいる節さえあった。

「漫画家か…褒め言葉として受け取るよ。でも勘違いしてないか?漫画のように過去を変えられることは滅多に無いんだ」

「話を合わせてやるよ。漫画でだって滅多にないだろ?主人公は必死に四苦八苦してどうにか最終的に未来を変える物語ばかりじゃないか。簡単に未来を変えるお話じゃつまらないからな」

「それを言ってるんだよ。最終的に必ず未来を変えるのが漫画じゃないか」

「そうじゃない漫画だってあるはずだろ?俺たちが知らないだけで…」

「知らないなら俺が言っていることも少しは聞いてほしいな」

老人は作業の手を止めずにこちらを見ることもない。

「お前さんは何をして捕まった?」

いつもの刑務作業中の囚人の会話に似た言葉だったが、何処か重みのようなものが違って思えた。

「ん?持っていてはいけないものを持っていたんだ」

「ほぉ。薬か?」

「いや、そっちじゃない。それも危険だが。物理的に危険なものだ」

「なるほど。詳しくは聞かないが。どうしてそれを持っていて捕まる羽目になった?」

「あぁ…自首したんだよ」

「どうして?奇特なやつだな」

「何でも良いだろ。罪の意識から解放されたかっただけだ」

「じゃあもしも。それを手にすることのない過去に連れて行ったとする。お前はどうする?」

「どうする?どうもしないだろ。それを持っていないんだ。何もする必要はない。悠々自適に日常を送るさ」

「それが間違いなんだ。運命って言うのはとんでもない魔力を秘めていてな。必ずまたお前の手にはそれが存在する未来がやってくる」

「運命?魔力?あんたはいい大人にしては夢見がちな発想を持っているんだな。それなら孫の話し相手も楽勝だっただろ?」

「ふっん。知らないのか?IQが違いすぎると人間は会話を成立させることができないんだぞ?」

「子供をバカにしているんだな」

「そうじゃない。私のIQが高すぎるが故だ」

「自慢か?IQが高すぎてブチ込まれたのか?」

「鋭いな。流石模範囚をやっているだけある」

「何だよ。今度は煽てるってか?面倒くさい老人だな」

模範囚の刑務作業中に看守はあまり顔を出さない。

何故ならば俺たちは模範囚であるため悪巧みをすることは殆どないと少なからず信頼されている。

「何故俺のIQが高いか。それも分かるか?」

「ん?まだ話は続くのかよ。折角一人だったのにな…」

「良いから。想像してみてくれ。俺のIQの高さの所以を…」

「また話を合わせれば良いんだな?まぁ簡単に想像するに過去を何度も改変しようとして普通の人間が思うよりも長く生きているんじゃないか?例え過去の中で生き続けていたとしても。あんたの中では時間が進み続けている。知識や経験が常人よりもあるって話だろ?」

「ふっん。まさか言い当ててくるなんてな。自分こそ歳の割には子供っぽいこと想像できるじゃないか」

「俺は捕まる前はエリートなヒモ生活を送っていたんだ。恋人に抱くだけのフレンドに…随分と勝手な生活を送っていたよ。自由すぎて暇な時間もあった。そんな時に心を満たしてくれたのは漫画やアニメだったから。空想や妄想に浸るのは不得意じゃない」

「自分こそ自慢のつもりか?ただ話が合うのは助かるな。それで本題に戻るのだが…過去に戻れるとしたら…どうする?」

「ん?今度こそハーレム計画を完全に成し遂げるかな」

「ハーレム計画?それは大層な夢だな。そんな満ち足りていたお前さんが持ってはいけない危険物を所持?何だか辻褄が合わないな…」

「そんな所でIQの高さを披露しなくて良い。考えるだけ疲れるぞ」

「そうか。女の一人がそれを持っていたんだな?お前さんをやってしまうために…」

「答えを口にするな。どうにかバレずに罪を被ってここに居るんだ。今後絶対にそれを口にするな」

「わかったよ。約束だ。必ず守ろう。じゃあこうしよう。お前さんが過去に戻ってハーレム計画を完成させてみろ」

「俺には上手い話だが…あんたに特はあるのか?」

「IQが同じぐらいだと相手のことも思いやれるって本当なんだな。俺の損得まで計算してくれるのか?」

「当たり前だ。人間が無償で何かをしてくれるとは思っていない。必ず裏に隠された理由があるんだ。あんたもそうだろ?何よりも出会って数日しか経ってないんだぞ?俺にしか特のない話なんて持ちかけるわけ無い。それぐらい誰にでも分かるだろ」

「そんなこと無い。上手い話に反射的に飛び込んでしまう人間は少なからずいる。お前さんぐらいの年齢ならまだそれもあると思ったんだがな…。いや、バカにしているわけじゃない。でも、もしも俺の損得を気にしてくれるなら…もう少し話に付き合って欲しい」

「なんだ?言ってみろ」

刑務作業を行いながら俺と老人の話は続いていく。

「ある組織に狙われている」

「何だ。また夢見がちな妄想か?」

「違う。話は最後まで聞け」

「あぁ。もう茶々は入れないよ」

「よし。それでだな。自分の運命を変えるのは非常に困難だ。けれど他人の運命を変えるのは実は容易いんだ。だからお前さんには過去に戻ってもらう。そこで俺に会いに行ってくれ。そして言うんだ。酒を飲んでも、例え身近な家族にも自分の秘密は話すな。そう伝えて欲しい」

「あんたの秘密?今まさに話しているじゃないか」

「お前さんには…言って良いんだよ…」

「何でそんなに信頼されているんだかわからないが…過去にいるであろうあんたは何処に居るっていうんだ?」

「詳細はこのメモ用紙に書いてある。それを頼りにするんだ」

「頼りにって…過去に物を持ち込めるのか?」

「俺からの物であれば大丈夫だ」

「どういう理屈だよ…」

「いつか分かればそれでいい。じゃあ過去に戻ってくれるか?」

「もしかしてボケてきているのか?そんな能力は現実には無い。そう話しただろ?もう忘れたか?」

刑務作業も終盤に差し掛かった頃、看守が部屋へと入室した。

「どうだ?問題ないか?」

看守は俺に問いかけてくる。

それに頷いて返事をすると看守は再び口を開く。

「よし。問題ないのであれば片付けに入ってくれ。十分後にまた来る」

再び頷くと看守は部屋を出ていった。

「どうするんだ?俺は明日から口を開かないぞ?今だけがチャンスなんだ」

「なんだ?あんたこそ何処か焦っていないか?」

「それが分かるのはお互い様だぞ。お前だって焦っている。いいや、期待しているんだ。過去に戻って上手にやれば捕まる心配がないって期待している。俺には分かる」

「降参だ。老人には華を持たせてやるよ」

「良い心がけだ。じゃあ俺の前に立て。俺を正面から見ろ」

そうして初めて目の前の老人の姿を見て俺は…。




ふっと気付くと現実とは思えないことが起きている。

目の前にはクイーンサイズの俺と曲のベッドが置いてある。

ここは確実に過去であり曲と共に暮らしていたマンションの一室だ。

それに間違いはない。

ということは老人の言っていた言葉は事実だったと伺える。

老人に言われていた言葉を思い出す。

メモに目を落として俺は唖然とする。

そこに老人の居場所を伝える頼りなど何処にも記されていない。

ただ一言。

「能力のことは誰にも話すな。決して誰にも。このメモは誰にも見せずに燃やして捨てろ。以上」

そんな一言を目にして俺は嫌気が差す。

ベランダに出るとメモ用紙に火をつける。

灰になるまで紙が燃えると灰皿にそれを捨てる。

そうして俺のやり直しのハーレム計画は幕を開けるのであった。

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