第6話数年後のこと

恋人の身代わりとなり刑務所に入れられてから数年が経過していた。

模範的で問題を起こさない囚人だったため少しだけ刑期が短くなった。

そして本日は出所の日だった。

刑務所に入っている間、休日になると曲は面会に来て近況を報告してくれた。

俺はそれをただ黙って聞くだけだったが、おかげで孤独を感じることはなかった。

着替えをませて刑務所の外に出る。

塀の向こうでは曲が車で迎えに来ていた。

「おかえり。今までお疲れ様でした」

深く頭を下げる曲に俺は軽く苦笑をすると片手を上げた。

「こんなところ早くおさらばしようぜ」

助手席に乗り込んだ俺に曲は続くように運転席に乗り込んだ。

「何か食べたいものとかしたいことはない?」

お互いが少しだけ老けた様な気もするのだが曲は以前と同じ様に美しかった。

「まずはタバコ吸いたいな。中じゃ吸えなかったから」

「そう言うと思って…」

曲はコンビニ袋を鞄から取り出すと新品のタバコとライターを渡してくる。

「車内で吸って良いのか?前までは禁煙だっただろ?」

「私のために捕まってくれた恩人にそんな堅苦しい事言うわけ無いでしょ」

「そうか。じゃあ失礼して…」

タバコの封を切ると中から一本取り出して咥えた。

そのままジュッとライターで火をつけると久しぶりのタバコに体中が悲鳴を上げている。

きっとこれは喜びの悲鳴だ。

歓喜の悲鳴を全身に浴びながら久しぶりの一本を十二分に楽しむ。

曲は車を発進させており俺は助手席でタバコを楽しんでいた。

新品の灰皿まで用意されており、何もかもが至れり尽くせりだった。

「ムショの中はどうだった?」

曲は世間話でもするように口を開くが俺はあまり思い出したくなくて首を左右に振る。

「今は良いだろ。やっと出られたんだ。あまり思い出したくない」

「そんなに酷かったの?」

「さぁな。曲だったら耐えられなかったんじゃないか?」

「そっか…。じゃあ本当に恩を感じないとね…」

「そんな必要はないさ。恋人を助けるのは当然だろ?」

「そうなのかな…」

曲は少しだけ気まずそうな表情を浮かべるので俺は軽く頭を撫でてやる。

「過ぎたことを悔やんでも何も始まったりしないぞ?この先に待っている未来に想いを馳せよう」

そんな慰めの言葉を口にすると曲は驚いたような表情を浮かべる。

「どうしたの?何処でそんな言葉を覚えたの?」

「また母親気取りか?何だか懐かしいな…ムショの中でだよ。本を読むぐらいしか時間を潰せるアイテムがなかったんだ」

赤信号で車が停まると改めてこちらに向き直った曲は全身を見つめるようにして視線を彷徨わせていた。

「そう言えば…なんかガッチリした?」

「あぁ。毎日運動の時間はあるからな。それにひょろっこいと狙われるんだ」

「狙われる?」

「………まぁ…その話は追々な」

「そっか。本当に大変だったんだね」

「そうでもないさ。曲のためだと思ったら大したことない」

「………本当にありがとうね」

それに軽く頷くと二人揃って曲と同棲していたマンションへと向かうのであった。


久しぶりに帰ってきた家で俺はリビングのソファで寛いだ。

こんなに足を伸ばして楽な姿勢でいられるのは何年ぶりだろうか。

「何か飲む?お酒の用意してあるよ」

キッチンに向かった曲は冷蔵庫の扉を開けてこちらに向き直る。

「ホントか!?じゃあビールくれ」

「はい。久しぶりなんだからゆっくり飲んでね?簡単に酔うよ」

「あぁ。ありがとうな」

缶ビールのプルタブを開けるとそのまま口に運ぶ。

ゴクゴクと飲んでいくと身体が生き返ったような錯覚を覚えた。

「完全復活だ…あぁ〜染みるな…」

思わず漏れた言葉に曲は軽く苦笑していた。

「何かつまみ作るよ」

「頼んだ」

リビングのソファでテレビを眺めながら恋人である曲が作るつまみを心待ちにしていた。

三十分もしない内に曲はつまみを作って持ってくる。

それを大事にいただきながら飲酒は続くのであった。


その日の夜は久しぶりだった為、お互いにお互いを激しく求め合う。

心地の良い疲れに身を任せて泥のように眠るのであった。

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